041 どっちが本当のあなた?
山中の妻、ひとみからのメッセージを受け取った帰り道。
車中で夕子は、混乱する思考を整理しようとしていた。
依頼を達成することはできた。このメッセージを見せれば、山中は満足してくれるだろう。
しかし夕子は、ひとみの男に対する考えが理解できずにいた。
男は自分にとってのアクセサリー。
確かに人間関係とは、共依存のことでもある。自分の利の為、利用することがあるのは否定しない。
でもそれを堂々と公言し、自分の生き方の軸にしている彼女のことを、どうしても理解できなかった。むしろ嫌悪に近い感情を持ってしまった。
そしてそれがあの時、明らかに態度に出てしまった。ひとみもそれを察していた。
しかしその時、隣にいる國澤が話を打ち切り、本題に進むことを提案してくれた。
今回の依頼、もし自分一人で行っていたらどうなっていたのだろう。
そう思うと、感情を優先しそうになった自分を恥じた。
そして同時に、國澤に対し感謝と敬意が芽生えていた。
彼はあくまで、第三者として冷静に状況を俯瞰し、最善の行動をとってくれた。
本当に助かった、そう思った。
「國澤くん、その……今日は本当にありがとう」
自分でも驚くぐらい、声が震えていた。
そんな夕子に静かに微笑み、國澤が首を振る。
「いや、俺はあくまでアポイントを取っただけだ。礼を言われるようなことはしてないよ」
「そんなこと……もし私一人だったら、こうしてメッセージも受け取れなかったと思う」
「そうかな。俺は朝霧、よくやってたと思うぞ」
「全然だよ。あの時だって私、ひとみさんに対して不信感が出すぎちゃって」
「はははっ、確かに顔に出てたな。でもそれは、先方も気にしてないって感じだったじゃないか。理解できないならそれでいいって」
「色んな考え方があるんだね……」
「そうだな。そう思うよ」
「國澤くんだってそうだよ。本当は今日だって、私に付き合う必要なんかなかったのに。ほんと、相変わらずお人好しだなって思った。そんなあなただから、私はあの時……」
そこで慌てて口を閉ざし、ペットボトルのお茶を流し込んだ。
「……」
――私今、何を言おうとしたの?
「ごめんなさい。今の忘れて」
「朝霧」
真顔でそう言った國澤が、煙草に火をつけた。
「俺はあの時のこと、許してもらおうなんて思ってない。言い訳するつもりもない。俺は君を傷つけた。それが事実なんだから」
「……」
唇を噛み、夕子がうつむく。
「確かにあの時のこと、引きずってないと言えば嘘になる。傷ついたのも本当」
「だよな」
「でもね、それ以上に気になってたことがあるの。どちらかと言えば、そっちの方が大きいぐらい」
「……」
「さっきひとみさんから話を聞いて、こんな恋愛観もあるんだなと驚いた。愛してるのは本当。でもそれは、あくまで彼女を輝かせている時だけのことで、それがなくなれば彼女は去っていくのかもしれない」
「かもしれないな」
「もし、高校時代に私が受けたこと。それがひとみさんのような人からであったなら、私はこんなに悩まなかったと思う。ああ、この人にとって、恋愛もただのゲームなんだなって割り切れたと思う。でも……
國澤くんはそうじゃない」
「……」
「あなたはいつも誠実で、自分より他人の幸せを優先する。そんな不器用な人だから」
「そうなのかな」
「うん、そう。久しぶりに会って、改めてそう思った。だから混乱したの。あの時、罰ゲームで私に告白してきたあなたと、誠実なあなた。どっちが本当のあなたなんだろうって」
「……」
信号待ち。車を止め、國澤が煙草を揉み消す。
夕子は静かに息を吐き、続けた。
「こんなこと、今更蒸し返しても仕方ないのかもしれない。でもね、國澤くん。私は再会したあの日から、ずっとあなたに聞きたかったの。あなたの真意が。もしそれで今より傷つくことになるとしても、私はこの疑問の答えがほしいの。
こんなこと、言うつもりじゃなかった。でも今日の國澤くんを見て、やっぱり知りたいって思った。それに國澤くん、ひょっとしたらあのことで、私以上に苦しんでる」
「……」
「どうしてあの時、私に告白してきたの?」
信号が青に変わり、再び車が動き出す。
國澤は新しい煙草をくわえ、火をつけた。
「……分かった。あの一件、朝霧には知る権利がある。でもな、これは言い訳なんかじゃないし、許してもらおうとも思ってない。このことだけは分かってほしい」
「分かってるよ」
そう言って自分も煙草に火をつけ、微笑んだ。
「國澤くんがそういう人だって、あの時から私、知ってるから。どんな時でも自分の非を誤魔化さず、黙って背負う。ほんと、不器用を絵に描いたような人なんだから」
夕子の言葉に國澤も微笑み、うなずいた。




