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幽霊さん。今日もお話聞かせてください  作者: 栗須帳(くりす・とばり)
第4章 真実を求めて

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040 真実の価値

 


「……」


 夕子が話し終えると、品沢も石川も、そして奈緒も無言でうつむいた。

 たった今、同志山中が成仏した。

 この世界にとどまる理由、未練が晴れたのだ。

 しかしそれは真実とは言えない、ある意味残酷な現実だった。

 山中はひとみが再婚したことすら知らず、この世界から消えていった。しかも彼女は彼のことを、ただのアクセサリーと思っていたのだ。

 そう思うとやるせない気持ちになった。

 今の動画にしても、虚飾にまみれたものではなかったのか、そんな風にも思えたのだ。


 しかし。

 自虐的に唇を歪める夕子に気づき、品沢が口を開いた。


「お嬢ちゃん、ありがとう」


 その言葉に石川も顔を上げる。そして驚いた。

 夕子の目に涙が光っていたのだ。


「あ、その……夕子さんが泣くことではないですよ」


「でも……私、山中さんを騙してしまいました……」


 夕子の涙に困惑し、石川が品沢を見上げる。品沢は微笑み首を振った。


「石川の言う通りだ。お嬢ちゃんは何も悪くない。やつの為にここまでしてくれたんだ、感謝してるよ」


「でも……」


「お嬢ちゃんは今、こう思ってる。山中に真実を隠し、いいところだけを都合よく切り抜いて安心させ、無理やりこの世界から退場させたと」


「……」


「それは違うよ」


「そう……でしょうか……」


「ああ、違う。なあお嬢ちゃん、以前にも言ったと思う。お嬢ちゃんは真面目すぎると思うよ」


「……」


「確かに真実というものは、それなりに価値のあるものなんだろう。カント、だったかな。彼もそのことに価値を置いていた。

 でもね、お嬢ちゃん。真実が常に正しいなんてこと、ないと思わないかい?」


「でも、嘘よりはいいと思います」


「はははっ、確かにそうだね。それも間違ってない。でもね、だからと言って真実だけを追い求めて、それを包み隠さずさらけ出していれば、この世界はもう消し飛んでいると思うよ」


「……」


「今回の山中の願いは、奥さんに感謝を伝えることだった。そしてそれは叶えられた。それにやつ自身も言っていたじゃないか。僕は君を束縛したくない、君は君の幸せの為、頑張っていくべきだって」


「はい……」


「それがたまたま、やつが伝えるより先に、彼女がそう行動しただけのことなんだ。大体、死んだやつのことをずっと引きずっていたら、誰も幸せになれないと思うよ」


「そうですよ夕子さん。とにかく山中は、心残りを晴らすことができたんです。それは何よりも素晴らしいことじゃないですか」


「でも……やっぱり駄目です。私、こんなことになるなんて思ってもみませんでした。山中さん、幽霊になって彷徨(さまよ)うぐらい、ひとみさんのことを想っていたのに。それなのにひとみさんは再婚していて、山中さんのことも過去になっていただなんて」


 奈緒に品沢たちの言葉は聞こえない。しかし夕子の言葉から、どういう状況なのかを察していた。

 奈緒は夕子を見つめ、時に首を振り、そんなことないですよ、そう強く思った。


「確かにお嬢ちゃんは、やつに都合のいいことだけを切り抜いて伝えたのかもしれない。でもその結果、やつは輪廻の世界に戻ることができた。わしらにとって、それは何よりも素晴らしいことなんだ。そうは思わないかい?」


 品沢がそう言ってコーヒーをひと口飲み、微笑んだ。


「お嬢ちゃんは誇るべきだ。これまでもそうだったし、今回の件にしても、住んでる場所も分からない中から、こうしてやつに妻のメッセージを伝えてくれたんだ。本当にありがとう」


「ありがとうございます、夕子さん」


 二人がそう言って頭を下げる。


「……」


 未だ葛藤している自分に向かい、ひと言も非難することなく、労をねぎらってくれる。

 そんな彼らに対し、これ以上見苦しい姿を見せるべきではない、そう思った。

 まだ何も答えは出ていない。

 品沢が言うように、常に真実が正しいとは思っていない。

 現に自分もこれまで、誰にも自分の真実を告げずに生きてきた。

 親さえも欺いている。

 そんな自分に、真実を語る資格はない。

 だから今回の一件は、ここで一度区切りとしよう。

 そう思い、ポーチを手に取り。品沢に微笑みかけた。


「ありがとうございます、品沢さん、石川さん。休憩もそろそろ終わりますし、その前に煙草、吸いに行きませんか?」


 夕子にそう言われ、品沢が照れくさそうに笑いながら立ち上がった。


「その言葉、待ってたよ。今夜もご馳走になるよ、お嬢ちゃん」


「奈緒ちゃん。煙草吸いに行くんだけど、一緒に外に行く?」


「あ、いえ……今夜はこれで失礼します」


「そうなの?」


「はい。品沢さんたちと楽しんでください。それとその……夕子さん、やっぱりすごいです」


「……」


「品沢さんたちと今、どういう話をされていたのかは分かりません。でも夕子さんは私たちの為、今回もとんでもない苦労をしてくれました。そして一人の仲間を成仏に導いてくれました。そんな夕子さんのこと、私は心から尊敬してます」


「奈緒ちゃん……」


「今回のことで、夕子さんが色々悩んでることは分かります。でも夕子さん、いつどんな時でも嘘が悪いなんてこと、絶対にない筈です。何より山中さんにとって、奥さんのメッセージは真実だったんです。だから成仏できたんです」


「……」


「今日のことがあって、私はますます夕子さんのことを好きになりました。だから……ありがとうございました。胸を張ってほしいです」


「……ありがとう、奈緒ちゃん」


「じゃあ、またお邪魔しますね。みなさんにもよろしくお伝えください」


 そう言ってにっこり笑い、奈緒は去っていった。


「奈緒ちゃん、帰ったのかい?」


「はい。こんな私のこと、いっぱい元気づけてくれました」


「そうか。いい友達ができてよかったね」


「そうですね。私には勿体ないぐらい、素敵な友達です」


 そう言って微笑み、喫煙所に向かった。


 品沢、石川。奈緒の言葉が脳裏を巡る。

 胸が温かくなった。

 友達の存在が、こんなに力強く思えるなんて。

 ついこの前までの私には、とても理解できないだろうな、そう思った。

 そして。

 夕子の脳裏にまた、國澤の顔が浮かんだ。


 あの日の帰り道。

 彼と交わした言葉の数々が生まれては消え、心が安らいでいくのを感じた。




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