040 真実の価値
「……」
夕子が話し終えると、品沢も石川も、そして奈緒も無言でうつむいた。
たった今、同志山中が成仏した。
この世界にとどまる理由、未練が晴れたのだ。
しかしそれは真実とは言えない、ある意味残酷な現実だった。
山中はひとみが再婚したことすら知らず、この世界から消えていった。しかも彼女は彼のことを、ただのアクセサリーと思っていたのだ。
そう思うとやるせない気持ちになった。
今の動画にしても、虚飾にまみれたものではなかったのか、そんな風にも思えたのだ。
しかし。
自虐的に唇を歪める夕子に気づき、品沢が口を開いた。
「お嬢ちゃん、ありがとう」
その言葉に石川も顔を上げる。そして驚いた。
夕子の目に涙が光っていたのだ。
「あ、その……夕子さんが泣くことではないですよ」
「でも……私、山中さんを騙してしまいました……」
夕子の涙に困惑し、石川が品沢を見上げる。品沢は微笑み首を振った。
「石川の言う通りだ。お嬢ちゃんは何も悪くない。やつの為にここまでしてくれたんだ、感謝してるよ」
「でも……」
「お嬢ちゃんは今、こう思ってる。山中に真実を隠し、いいところだけを都合よく切り抜いて安心させ、無理やりこの世界から退場させたと」
「……」
「それは違うよ」
「そう……でしょうか……」
「ああ、違う。なあお嬢ちゃん、以前にも言ったと思う。お嬢ちゃんは真面目すぎると思うよ」
「……」
「確かに真実というものは、それなりに価値のあるものなんだろう。カント、だったかな。彼もそのことに価値を置いていた。
でもね、お嬢ちゃん。真実が常に正しいなんてこと、ないと思わないかい?」
「でも、嘘よりはいいと思います」
「はははっ、確かにそうだね。それも間違ってない。でもね、だからと言って真実だけを追い求めて、それを包み隠さずさらけ出していれば、この世界はもう消し飛んでいると思うよ」
「……」
「今回の山中の願いは、奥さんに感謝を伝えることだった。そしてそれは叶えられた。それにやつ自身も言っていたじゃないか。僕は君を束縛したくない、君は君の幸せの為、頑張っていくべきだって」
「はい……」
「それがたまたま、やつが伝えるより先に、彼女がそう行動しただけのことなんだ。大体、死んだやつのことをずっと引きずっていたら、誰も幸せになれないと思うよ」
「そうですよ夕子さん。とにかく山中は、心残りを晴らすことができたんです。それは何よりも素晴らしいことじゃないですか」
「でも……やっぱり駄目です。私、こんなことになるなんて思ってもみませんでした。山中さん、幽霊になって彷徨うぐらい、ひとみさんのことを想っていたのに。それなのにひとみさんは再婚していて、山中さんのことも過去になっていただなんて」
奈緒に品沢たちの言葉は聞こえない。しかし夕子の言葉から、どういう状況なのかを察していた。
奈緒は夕子を見つめ、時に首を振り、そんなことないですよ、そう強く思った。
「確かにお嬢ちゃんは、やつに都合のいいことだけを切り抜いて伝えたのかもしれない。でもその結果、やつは輪廻の世界に戻ることができた。わしらにとって、それは何よりも素晴らしいことなんだ。そうは思わないかい?」
品沢がそう言ってコーヒーをひと口飲み、微笑んだ。
「お嬢ちゃんは誇るべきだ。これまでもそうだったし、今回の件にしても、住んでる場所も分からない中から、こうしてやつに妻のメッセージを伝えてくれたんだ。本当にありがとう」
「ありがとうございます、夕子さん」
二人がそう言って頭を下げる。
「……」
未だ葛藤している自分に向かい、ひと言も非難することなく、労をねぎらってくれる。
そんな彼らに対し、これ以上見苦しい姿を見せるべきではない、そう思った。
まだ何も答えは出ていない。
品沢が言うように、常に真実が正しいとは思っていない。
現に自分もこれまで、誰にも自分の真実を告げずに生きてきた。
親さえも欺いている。
そんな自分に、真実を語る資格はない。
だから今回の一件は、ここで一度区切りとしよう。
そう思い、ポーチを手に取り。品沢に微笑みかけた。
「ありがとうございます、品沢さん、石川さん。休憩もそろそろ終わりますし、その前に煙草、吸いに行きませんか?」
夕子にそう言われ、品沢が照れくさそうに笑いながら立ち上がった。
「その言葉、待ってたよ。今夜もご馳走になるよ、お嬢ちゃん」
「奈緒ちゃん。煙草吸いに行くんだけど、一緒に外に行く?」
「あ、いえ……今夜はこれで失礼します」
「そうなの?」
「はい。品沢さんたちと楽しんでください。それとその……夕子さん、やっぱりすごいです」
「……」
「品沢さんたちと今、どういう話をされていたのかは分かりません。でも夕子さんは私たちの為、今回もとんでもない苦労をしてくれました。そして一人の仲間を成仏に導いてくれました。そんな夕子さんのこと、私は心から尊敬してます」
「奈緒ちゃん……」
「今回のことで、夕子さんが色々悩んでることは分かります。でも夕子さん、いつどんな時でも嘘が悪いなんてこと、絶対にない筈です。何より山中さんにとって、奥さんのメッセージは真実だったんです。だから成仏できたんです」
「……」
「今日のことがあって、私はますます夕子さんのことを好きになりました。だから……ありがとうございました。胸を張ってほしいです」
「……ありがとう、奈緒ちゃん」
「じゃあ、またお邪魔しますね。みなさんにもよろしくお伝えください」
そう言ってにっこり笑い、奈緒は去っていった。
「奈緒ちゃん、帰ったのかい?」
「はい。こんな私のこと、いっぱい元気づけてくれました」
「そうか。いい友達ができてよかったね」
「そうですね。私には勿体ないぐらい、素敵な友達です」
そう言って微笑み、喫煙所に向かった。
品沢、石川。奈緒の言葉が脳裏を巡る。
胸が温かくなった。
友達の存在が、こんなに力強く思えるなんて。
ついこの前までの私には、とても理解できないだろうな、そう思った。
そして。
夕子の脳裏にまた、國澤の顔が浮かんだ。
あの日の帰り道。
彼と交わした言葉の数々が生まれては消え、心が安らいでいくのを感じた。




