038 初めての理解者
それから夕子は時間をかけて、自身の異能について説明した。
そして現在、懇意にしてくれている幽霊たちがいること。彼らがどうしてこの世界を彷徨っているのか、どうすれば成仏できるのか。そして実際、これまでに二人が未練を晴らして旅立っていったことを話した。
國澤は終始無言で、夕子の話に耳を傾けていた。
「それで今回も、山中さんって幽霊さんから、ひとみさんに感謝の言葉を伝えてほしい、そう頼まれたの」
「朝霧は、その……幽霊たちの依頼の為に、これまで動いていたって言うのか」
「うん、そう。でもね、そんな大層なことじゃないんだよ? できないことだってあるし、その時はごめんなさいって謝ってるし」
「……具体的にはどんなことが」
「例えば以前、頼みって訳じゃなくて、話の流れで聞いたことがあるんだけど。その人、奥さんの不倫が原因で喧嘩になったの。そこに不倫相手も参戦して、すごい修羅場になったんだって。その時その人、咄嗟に包丁を手にしてしまって」
「……」
「そのまま不倫相手ともみ合いになって、気が付けば包丁が自分の胸に刺さって、そのまま亡くなってしまったの。
その人、奥さんと結婚して本当に幸せだった、そう言ってたわ。その幸せを壊し、そして故意でないとはいえ、自分の命を奪ったあの男を許せない。彼にも報いを受けさせる、それまで成仏なんかするもんか、そう言って現世に戻ってきたの。
その人の未練、望みはひとつ。不倫相手の命を奪うということ」
「……」
淡々と語る夕子。國澤はどう反応すればいいのか分からず、困惑した。
「勿論そんなこと、夕子さんにお願いしたりしません。それに彼は刑務所の中ですし、手出しなんてできませんから。そう言って笑ってたんだ」
「と言うことは、朝霧はそのことで何も頼まれてないんだな」
「勿論だよ。それに頼まれたとしても、そんなことできないし。大体その人だって、私にそんなことを頼むような人じゃないから。本当、穏やかでいい人なんだよ」
彼女は幽霊のことを「その人」と言った。彼女にとって幽霊たちは、ある意味生者よりも近しい存在なんだ、そう思った。
彼女は彼らを死者と蔑み、見下したりしていない。むしろ秘密を隠す必要のない存在として、心から受け入れている。
そんな夕子に國澤は思った。
朝霧。君は俺のこと、相変わらずだねって言った。
君こそ何も変わっていない。
心に深い傷を宿しているにも関わらず、自己を顧みず、他者を尊重し、慈しんでいる。
そして今、君は自身が苦悩する原因となった彼らの為、無償で動いている。
そんな君だからこそ、俺は心を奪われたんだ。
それなのに。
そんな君のことを、誰よりも俺が傷つけてしまったんだ。
そう思い、彼の中にまた、過去の後悔が重く圧し掛かっていった。
「……」
再び煙草をくわえると、夕子が火をつけた。
「あ、ありがとう」
「運転中だからね。気を付けないと駄目だよ」
そう言って微笑む夕子に動揺した。
「そういう訳で、今回私はひとみさんに会って、山中さんのメッセージを伝えるつもりなの。信じてもらえるかは分からない。でも精一杯説得してみせるつもり。そしてできれば彼女から、山中さんへのメッセージを受け取りたいの」
幽霊たちは、自分が死んだ街から動くことができない。だから彼女が来てくれない限り、永遠に会うことができない。
死者の世界の理が頭をよぎった。
「……分かった。じゃあ俺、その時に彼女のメッセージを録画するよ。朝霧のスマホで撮れば、その山中さんって人にも見せられるんだよな」
「いいの? というか國澤くん、今の話信じてくれるの?」
「朝霧に嘘をつく動機がないからな。赤の他人に会う為に、休みの日にこんな場所まで足を向けるんだ。しかもそれは、朝霧にとって何の利益にもならないことだ。それにその話をすることで、家から叩き出されるかもしれない。そんなリスクを負ってまでして、朝霧に嘘をつく理由がないだろう。
それに俺は知ってる。朝霧は自分の為に嘘をつくような人じゃないって」
その言葉に胸が熱くなった。
「勿論、全部鵜呑みにすることはできない。俺にはそういう霊感もないし、これまでそういった経験をしたこともないからな。朝霧にいくら言われたとしても、幽霊の存在自体、簡単に信じることは難しい」
「分かってるよ」
「でも」
そう言って小さく息を吐き、口元を引き締めた。
「朝霧が嘘をついている、そんなことは思ってない。と言うか、朝霧がそう言ってるんだ。俺は信じるよ」
そう言って駐車場に車を止め、エンジンをきった。
「到着だよ、朝霧」
夕子が動揺するほどの笑顔を向けて、國澤がそう囁いた。




