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幽霊さん。今日もお話聞かせてください  作者: 栗須帳(くりす・とばり)
第4章 真実を求めて

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034 真摯な二人

 


「夕子さん。実はその、折り入ってご相談したいことがありまして」


 酒宴から一週間が過ぎたある日。

 石川に連れられて、年の頃40程の山中が喫茶「ゆめ」を訪れてきた。


 酒宴の席で夕子に暴言を吐いた兼本を、一番最初に諫めた壮年。ここに来たのは今回二度目で、あまり印象に残ってなかった幽霊だ。しかしあの一件以来、夕子の中では情に厚く礼儀正しい人だとの認識になっていた。

 今日は珍しく品沢が来ていない。石川とのコンビというのも初めてだ。後から知ったのだが、彼らは幽霊になってから出会い、意気投合して共に行動するようになった、いわゆる親友だった。


「ご相談ですね、勿論承ります。ですがその前にまず、この前のお礼をさせてください」


 夕子がそう言うと、石川と山中は慌ててそれを制した。


「いえいえ、夕子さんにお礼を言われることなんて何もありません。むしろ夕子さんに不快な思いをさせてしまった、そう思いずっと後悔してました。夕子さん、本当に申し訳ありませんでした」


 そう言って二人が深々と頭を下げる。その仕草に、今度は夕子が慌てた。


「そんな、どうか頭を上げてください」


「僕たちは皆、一様に夕子さんに感謝しています。夕子さんは人の身でありながら、僕ら幽霊に偏見なく接してくれています。そんな夕子さんの思いを、ああいう形で裏切ってしまって」


「本当、もう気にしてませんから安心してください。それにあの日以降、兼本さんから何かされたとかもありませんし」


「当然です!」


 珍しく石川が声を荒げた。


「女性に対してあんな暴言……あいつは越えてはいけない一線を越えたんです。報いも受けさせましたし、それでも夕子さんに何かしてこようものなら、その時は僕らも容赦しません。安心してください」


 石川の言葉に数日前、通勤時に兼本を見かけたことを思い出す。

 顔面が腫れあがっていて、あの後どんな制裁を受けたのか十分に理解することができた。

 兼本は夕子に気づくと目をそらし、何も言わず立ち去っていった。そういう意味でも、これ以上彼から何かされることはないだろうと、夕子も安心していた。


「とにかく私もあの一件、これ以上引きずるつもりはありません。これからもみなさんといい関係でいられたら、そう思ってますので」


「……そう言っていただけるとありがたいです。本当、すいませんでした」


 そう言って二人がもう一度頭を下げる。夕子は苦笑し、ポーチを手に立ち上がった。


「すいません。煙草を吸いに行きたいんですが、お話、外でも構いませんか?」


 その言葉に二人がうなずく。


「勿論です。貴重な休憩時間、どうかいつも通りに使ってください」


 そう言って夕子に続いた。





「……」


 白い息を吐き、夕子がほっとした表情を見せる。二人にも促したが、僕たちは喫煙者ではありませんので、そう遠慮されていた。


「それで山中さん、どういったご相談なんでしょうか」


 そう言われ、山中は恐縮気味にうなずき口を開いた。


「はい。相談と言いますか、正直言いますとお願いなんです。ですが勿論、無理を通すつもりはありません。無理なら無理だと断ってくださって結構ですので」


 そう聞いて、山中という男は石川同様、真摯で誠実なんだろうなと感じた。


「僕には生前、大切な人がいました。その、妻なんですけど……僕には勿体ない女性でした。そんな彼女と結婚出来て、僕は本当に幸せだったと思います。

 彼女は容姿は勿論、素晴らしい器量の持ち主でした。そんな彼女に支えられて、僕はより一層仕事に打ち込めることができたんです。毎日遅くまで残業し、おかげで出世することもできました。その報告をした時も、彼女は本当に喜んでくれて……彼女が支えてくれたからこそ、僕は成功できたんだと思ってます。

 ですがある日、職場の健康診断で引っかかってしまって。病院で再検査をしたら、癌が発見されたんです」


 そう言って自虐的に微笑み、目を伏せた。


「発見された時にはもう手遅れで、それから数か月で僕の人生は終わってしまいました」


 夕子は慌てて煙草を消し、頭を下げた。


「そうだったんですね……頑張ってこられたのに、さぞご無念だったと思います」


「妻は毎日見舞いに来てくれました。真っ赤な目を見たら、彼女が家で泣いていることが分かりました。そんな彼女、ひとみにいつも申し訳なく思ってました。

 だから僕は彼女に毎日、『ありがとう』と言いました。『ごめん』と謝ると怒られましたので、ははっ。

 彼女はこんな状況になっても僕を想い、心の支えになってくれました。その時僕は誓ったんです。これから死ぬまで、毎日彼女に『ありがとう』を伝えると」


 そう言って夜空を見上げた。


「ですが、思っていた以上に癌の進行が早くて……医師から言われていた日よりかなり早く、僕の寿命は尽きてしまいました。

 最後の数日は薬のせいで、ずっと眠っていたようです。なので彼女に、最後のお礼を伝えることができなくて」


「ひょっとして、山中さんが現世にとどまっている理由って」


「はい……ひとみにもう一度、お礼が言いたくて。自分の記憶にある最後のお礼は習慣めいた感じで、心もこもっていなかったと思うんです」


 照れくさそうに笑う山中を見て、夕子は思った。

 本当に誠実な人だ。勿論、妻に感謝の言葉を伝えたいというのは分かる。ましてこれが最後だと思うと、気持ちも強く入るだろう。

 でも彼は病床の中、毎日妻に感謝を伝えていた。その想いは十分伝わっていた筈だ。それなのにもう一度、彼女に感謝の言葉を伝えたい。ただそれだけの為に摂理に背き、この世界に戻ってきたのだ。

 そう思うと力になりたい、役に立ちたい。そんな思いが強烈に湧き上がってきた。


「分かりました。私が山中さんの代わりに、奥様に伝えさせていただきます。それでその、奥様はどちらに? この街なんでしょうか」


「あ、いえ、その……それなんですけど」


 夕子の言葉に、山中が急に口ごもった。


「他の街なんですか?」


「……実はですね、それがその……僕にも分からないんです」


「え……」


「彼女、僕が死んで一年ほどして、この街を離れてるんです。以前の住所は分かりますが、それからどこに行ったのか、それが僕にも分からなくて」


 山中の言葉に、夕子が固まった。




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