033 不滅の愛
「トシ、久しぶり。ちょっと変な感じだけど、元気してた?」
スマホに映る女が微笑む。
「トシと離れて5年。短かったような、長かったような……でもやっぱ、振り返ってみたら一瞬だったね」
食い入るように画面を見つめる男。
山中敏明。
「夕子さんは本当に優しい、素晴らしい人ですね。尊敬してます」
いつもそう言って微笑んでいた男。
幽霊だ。
グループホーム「ゆめ」の休憩室で、夕子は山中に彼の妻、ひとみからのメッセージを見せていた。
山中の隣には品沢と、彼の親友石川がいた。石川は目を潤ませ、何度も涙を拭っていた。
(ここまで本当、大変だったな……)
彼らに認識できない女の幽霊、奈緒にコーヒーを用意しながら、夕子が小さく息を吐いた。
でも……これで山中さんの未練は晴れる。輪廻の世界に旅立つことができるんだ。そう思い、成り行きを見守っていた。
奈緒は事前に経緯を聞かされていて、それならば是非、私にも見届けさせてください、そう強く願われ、品沢の許可を得てここに集っていた。
「トシがいなくなってから、本当に寂しかった。トシはいつも私のこと、世界で一番大切な人だと言ってくれた。そして愛してくれた。だから私、本当に幸せでした。それなのに……
トシが末期の癌だって聞かされて、目の前が真っ暗になりました。どうして? どうしてトシなの? 私たち、こんなに幸せなのに。それがいけなかったの? 幸せすぎるから、神様に意地悪されちゃったの? そう思い、何度も何度も神様を恨みました。でも……そんな中でもトシ、あなたは私のことを心配してくれました。何度も謝ってくれました。こんなことになってごめん、ごめんって……」
ひとみが声を震わせる。
「自分が一番辛い筈なのに、怖い筈なのに。それなのに私のことを考えてくれて……本当に嬉しかった。そして辛かった。
トシがいなくなって、私の心も一緒に死にました。この5年、本当に寂しかった。でも……
こちらの朝霧さんから、トシが今もこの世界にいて、私のことを想ってくれている、そう聞かされて」
その言葉に、品沢たちが夕子を見上げる。
死者が見えることを彼女に話したのか。そう思い、驚きの表情を浮かべた。
「トシ、ありがとね。そしてごめんなさい。あの時私に勇気があれば、トシと一緒に向こうの世界に行くこともできたのに」
「それは違う! 僕はそんなこと、望んでない!」
山中が叫ぶ。
「それなのに……トシは幽霊になってまで、私のことを想い続けてくれた。プロポーズの時に言ってくれた、『ずっと君を愛し続けます』その言葉を守ってくれました。そう聞いて私、本当に嬉しかった。だから……
私も本当の気持ち、伝えます。トシ、私は今もあなたのこと、愛しています。私にも夕子さんみたいに、あなたのことが見えたらいいのに、それは叶わない。本当、神様って意地悪だよね。だからこういう形で、あなたにお礼を伝えようと思いました。
トシ、愛してるよ。今まで本当にありがとう。あなたに会えたこと、これだけは私、神様に感謝してます。そして……トシのおかげで私、新しい一歩を踏み出す決意ができました。
これからは私、あなたと出会えたことに感謝しながら、あなたが望んでもつかめなかった未来を生きていきます。だって私は、こんな素晴らしい人に愛されていたんだから」
微笑むと同時に涙がこぼれた。
「だから……トシ、ありがとう。私は十分、あなたから幸せをもらいました。もう大丈夫です。これからは何があっても、あなたと過ごした宝物のような日々を胸に、頑張って生きていけます。
トシももう、私との約束に縛られず、これからは自分の幸せに向かって歩いていってください。
愛してるよ、トシ……本当にありがとう……」
ひとみがそう言って微笑んだところで、映像が止まった。
「……」
ひとみの笑顔を、山中が無言で見つめる。
幾筋もの涙が頬を伝う。
そして。しばらくして。
彼は満足そうに微笑み、コーヒーを口にした。
「……夕子さん。無茶なお願いを聞いてくださり、本当にありがとうございました」
涙を拭い、頭を下げる。
「と、とんでもありません。山中さん、頭を上げてください」
「僕はひとみに出会うまで、ただただ日々を消化する生き方をしていました。仕事や人間関係も順調でしたし、それなりの人生を歩んできたと思います。でも本当にこれでいいんだろうか、そう自問してました。何をしても満たされない気持ちに、いつも苛立ちを覚えていました。
そんな時にひとみと出会い、僕は思いました。ああ、僕はこの人の為に生まれてきたんだ。この人と出会える日を、ずっと待っていたんだって。
だから僕は誓いました。これから一生、命を懸けて彼女を愛し続けると。でも……こういう結果になってしまいました。それでも僕は彼女のことが大切で、こんな姿になってまでこの世界にとどまる決意をしたんです。正直気持ち悪い、そう自分でも思ってました。
ですが今、彼女は言ってくれました。嬉しいって。そしてこれからの人生、頑張って生きていくって。彼女のような器量の女性です。いずれ新しい出会いもあるでしょう。でも、それでいいと思います。彼女が幸せになってくれるなら、僕はそれで満足です。
死んでから、ずっと後悔の連続でした。未練をずっと引きずってきました。ですが夕子さん、あなたのおかげで僕は今、とても満ち足りた気持ちになっています」
山中の体を光が包む。
「夕子さん、本当にありがとうございました。それから……石川くん、今までありがとう」
石川が微笑み、手を差し出す。その手を力強く握った。
「品沢さん。今までありがとうございました。本当にお世話になりました」
「ああ。向こうでも息災でな」
そう言って品沢が微笑む。
「では……みなさん、本当にありがとうございました。お達者で」
どこまでも幸せそうに微笑みながら、山中は静かに消えていった。
「……」
石川が涙を拭う。
小さく「お疲れ」、そうつぶやく。
「お嬢ちゃん、ありがとう。今までもそうだったが、同志が幸せそうに卒業していく姿が見れて、わしも嬉しいよ」
品沢がそう言って、夕子に視線を送る。
しかし夕子は複雑な表情でうつむき、小さく息を吐いた。
「……どうかしたのかい?」
「あ、いえ、その……本当にこれでよかったのかな、そう思いまして」
言葉の真意が読めず、品沢が首を傾げる。
「いいに決まってるじゃないか。お嬢ちゃんも山中の顔、見ただろ? あんな幸せそうな顔をして向こうに行ったんだ。これ以上喜ばしいことはないじゃないか」
「ええ、それは確かにそうです。山中さんが未練を晴らして成仏した。それは本当に嬉しいです。でも……」
そう言って、夕子が再び息を吐く。
「何か……あったのかい?」
「品沢さん、そして石川さん、奈緒ちゃん。私、最低なことをしてしまったのかもしれないんです」
そう言って、瞳に深い影を宿らせた。
そんな夕子を見つめ、品沢が優しく微笑んだ。
「お嬢ちゃんのしたこと、それは本当に素晴らしいことだ。何よりこれは、お嬢ちゃんにとって何の得にもならない行為、慈善なんだ。お嬢ちゃんは自分がやったことに、誇りを持つべきなんだ。だが……
何かあるのなら聞くよ。話すことで、お嬢ちゃんが抱えてるものが軽くなるのならね」
「……ありがとうございます。じゃあ聞いてもらえますか。今回の経緯を」
「ああ。だがね、お嬢ちゃん。先に言っておくよ。お嬢ちゃんが何を抱えているのかは知らない。だが何を聞こうとも、わしらがお嬢ちゃんに失望することなど、絶対にないからね」
石川も大きくうなずいた。
「分かりました。じゃあ……最初からお話しします」
そう言って息を吐き、品沢たちを見つめた。




