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幽霊さん。今日もお話聞かせてください  作者: 栗須帳(くりす・とばり)
第3章 生者の闇、死者の闇

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030 思春期の狂言

 


「私、付き合ってた彼氏がいたんです」


 照れくさそうに頬を赤らめながら、奈緒が話し始める。


「わりと格好いい彼氏でした。今も時々会いに行くんですけど、相変わらずいい男だなって思っちゃいます。あははっ」


 渇いた笑い声。夕子が目を伏せた。


「彼と付き合い始めてから、毎日がキラキラしてほんとに楽しかったです。キスもしました。初めての時はドキドキしましたけど、でもなんか、大切にしてもらってるな、想ってもらえてるなって思えて、すごく幸せでした。

 そんなある日、彼の家に遊びにいったんです。でもその日の彼、少し思い詰めてる感じで、いつもと違うなって思ったんです。だから聞いたんです。『なんか変だよ? どうかした?』って。そうしたら彼、急に私の腕をつかんできて」


 その時夕子の脳裏に、昨日の兼本の視線が蘇ってきた。

 怖いぐらいの男の視線を。


「私、驚いちゃって。だって彼、どう見ても雰囲気が違ってたから。いつもおっとりしてて、すごく優しい人だったのに。あの時の彼からは、怖いって感情しか生まれてこなかったんです。

 彼、言いました。『俺、奈緒を抱きたいんだ』って」


 そう言って小さく笑う。


「分かってました。付き合って半年、私がいるのは彼の部屋で、今は二人きり。いつかはそういうことになるんだろうな、そして相手は彼しか考えられない、そう思ってました。でも……

 あの時の彼、本当に怖かったんです。何をされるの? もし拒んだら私、どうなるの? そんなことが頭に浮かんで」


 空を見上げる。少し暗くなってきていた。


「私、泣きながら言ったんです。『待って、ちょっと待って。今のあなた、すごく怖い。お願いだから落ち着いて。それに腕、つかまれてとても痛い』って。

 その言葉に彼、はっとした顔をして。慌てて私から離れたんです。そしてしばらくして『ごめん』、そう言って」


「……」


「結局、その日はそのまま帰りました。彼、色々と誤解してるみたいでした。私はただ、あの時の彼が怖かっただけなんです。余裕がなくなってたって言うか、何がなんでも今日、私を抱くんだって気持ちがあふれてて。だから少し落ち着いてほしかった、それだけだったんです。

 でも彼、それから私のことを避けるようになっていって。いつもみたいに話しかけても、『少し時間がほしいから』そう言って逃げていって。そんな毎日が続いて私、すごく不安になっていったんです。

 ひょっとして私たち、これで終わりなの? 今の関係を修復するには、私の方から抱いてって言わないといけないの? そんな風に思ったんです」


 昨日の自分の表情から、かつての自分を思い出したと言った奈緒。それがこの時のことだったんだ、そう理解した。


「それでいつの間にか、自然消滅みたいな空気になっていって。彼、別の女子と楽しそうに話をしてるし。それで私、思ったんです。彼の心を取り戻したいって」


「……」


「彼はいつも私のこと、大切に大切にしてくれてました。体調が悪くて学校を休んだ日には、お見舞いにも来てくれました。

 彼は本当に優しくて、私のことを一番に考えてくれる。もし今、私が倒れたりしたら。きっと私のところに駆けつけてくれる筈だって」


 夕子の胸がざわついた。


「私のお兄ちゃんなんですけど、不眠症で睡眠薬を処方してもらってたんです。そのことを思い出して、これだって思ったんです」


「奈緒ちゃん、それってまさか」


「はい。自殺未遂をしてみようって」


「なんてことを……」


「あははははっ、ほんとそうですよね。自分でもバカなことを考えたなって思います。でもあの時の私は、最高にいい方法だと思ったんです。それで、枕元に彼への想いを綴った手紙を置いておく。それを見たら彼、絶対私のところに帰ってくる、そう思ったんです。

 それで私、お兄ちゃんの睡眠薬を持ってきて、どれだけ飲もうか考えたんです。一錠や二錠飲んだだけなら、次の日普通に目が覚めてしまう。でも、あんまり飲みすぎたら本当に死んでしまう。迷った結果、20錠飲むことにしたんです。

 ネットで調べてみたんですけど、睡眠薬で自殺するってなったら、200錠以上じゃないと意味はないって書いてあったんです。だから20錠ぐらいなら大丈夫、そう思ってわくわくしながら飲んだんです。

 目が覚めたら彼、何て言ってくれるかな。なんて馬鹿なことしたんだ、俺はお前のこと、こんなに好きなのに。冷たい振りしてごめん、でもずっとお前のこと、考えてたんだ。そんな妄想をふくらませながら、嬉々として飲みました。でも……あはははっ」


「……」


「20錠ぐらいじゃ死ねない、それは本当なんだと思います。でも私、薬を飲んで眠りについてから、どうも吐いちゃったみたいなんです。薬なんてめったに飲まなかったし、体が受けつけなかったのかもしれません。それでその、吐いたものが気管に入ったみたいで、そのまま窒息しちゃったんです。あはははっ」





 なんて馬鹿なことを。夕子が思った。

 彼との関係修復なら、他にいくらでもやりようがあった筈だ。

 誠実に向き合って、きちんと自分の想いを伝えてもよかった筈だ。

 奈緒ちゃんの話を聞く限り、彼は奈緒ちゃんを無下にするような人ではない。

 奈緒ちゃんが勇気をもって向き合えば、きっといい方向に向かっていた筈だ。

 そう思い、唇を噛んだ。


「それで気がつけば、あの世らしきところにいた訳です。あははははっ」


 不自然なまでにおどけて笑う。しかし、その目は笑っていなかった。


「その時私、強烈に思ったんです。嫌だ、このまま死にたくないって。そして……戻ってきました」


 そう言って小さく息を吐き、「ご清聴、ありがとうございました」と頭を下げた。


「……結局、奈緒ちゃんがこの世界にとどまってる理由って、彼氏さんに何かを伝えたいとか、そういうことなのかな」


 ここまで赤裸々に聞いた以上、何とかしてあげたい。そう思い、夕子が聞いた。


「あはははははっ、それがですね……どうもそういうことじゃないみたいなんです」


「どういうことだろう。話を聞いてる限り、他に何も思いつかないんだけど」


「私がこの世界に戻ってきた理由。それはね、夕子さん。もっとシンプルだったんですよ」


 そう言って微笑んだ。

 少し哀しげな瞳で。




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