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幽霊さん。今日もお話聞かせてください  作者: 栗須帳(くりす・とばり)
第3章 生者の闇、死者の闇

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029 傲慢

 


 昨日の出来事を説明すると、奈緒は大袈裟にため息を吐いた。


「ほんっと……なんで男ってそうなのかな」


 嫌悪感を隠そうともせず、奈緒がそうつぶやく。そしてオレンジジュースをひと口飲むと、もう一度大きなため息を吐いた。


「男の人の幽霊に会えないなんて、なんだか寂しいなって思ってたんです。でも今の話を聞いたら、それでよかったって思いますね」


 そう言って意地悪そうな笑みを浮かべた。


「そうだね。私もね、そういう(ことわり)になってるこの世界、理不尽だなって思ってたんだ。でも昨日のことがあって、同じことを思った。

 幽霊さんに、私たちの倫理観やルールは適応されない。生きていた時のモラルなんて、必要ないのかもしれない。もし何かしらの犯罪行為ができたとしても、それを裁ける人もいない。そう考えたらね、その……もし男女が認識できる世界だったら、奈緒ちゃんたちが昨日の人に弄ばれる可能性だってあったかもしれない。そう思って怖くなった。だから……認識できなくてよかった、心からそう思ったんだ」


「ありがとう、夕子さん」


 奈緒が嬉しそうに微笑んだ。


「でも夕子さん、私たち幽霊が何もできないと言っても、色々気を付けてくださいね。ちょっと心配です」


「奈緒ちゃんは優しいね。ありがとう」


 その言葉に赤面する。

 そして空を見上げると、目を細めて微笑んだ。


「こんな姿になっても、まだ存在してる自分。生きてる時には想像もできませんでした。生きてる人とお話もできないし、触れ合うこともできない。存在を伝えることもできない。そう思ったらあの時の選択、撤回したくなっちゃいます。

 皆さんがよく言ってる輪廻、それがどういうものなのかは分かりません。詳しく説明できる人もいません。でもそれが世界の(ことわり)である以上、私もそう選択するべきだったのかなって思います」


「……」


 後悔、してるのかな。

 そう思い、夕子が複雑な表情を浮かべた。


「でもそんな時、百合子さんに声をかけてもらって。私と同じように彷徨(さまよ)ってる存在のことを教えてもらって、紹介してもらって。そして私たちが見える夕子さんに出会えて。最近やっと、こんな生活も楽しいかもって思えるようになってきたんです」


「奈緒ちゃんは、その……成仏したいとか思ってる?」


 お節介だと思った。

 幽霊たちは皆、様々な未練を胸にこの世界にとどまっている。そしてそれはある意味、その人自身の存在意義にも通じる。

 だから夕子は、自分からは踏み込まないと決めていた。それだけの関係を築けるとも思えない。彼らが自分に依頼してこない限り、無理に聞くべきでないと思っていた。

 しかし今、無意識に口にしていた。

 それはきっと、同性だからというのもあるだろう。そして彼女が、妹のように思えたからなのかもしれない、そう後になって思ったのだった。


「成仏ですか? あはははっ、そうですね。最近楽しくなってきましたし、今はいいかなって感じです。それに」


 言葉を切って、奈緒が静かに夕子を見つめた。


「多分それ、無理ですから」


 その言葉は、鋭い刃となって夕子の胸を貫いた。

 聞いてはいけないことだった。そう思い狼狽(ろうばい)した。

 そんな夕子の様子に、奈緒は微笑み首を振った。


「ああいえ、別に夕子さんを責めてる訳じゃないですよ? 私は夕子さんと出会えたおかげで、以前よりずっと楽しい毎日を送れてるんですから。それにほら、こうしてジュースとか、昨日みたいにお料理を食べれたのだって、夕子さんがお供えしてくれたからなんですから」


 そう言ってジュース缶を小さく振る。


「夕子さんが私たちの為、色々してくれているのは知ってます。昨日のこともそうですし、成仏のお手伝いをしてくれていることも聞きました。ほんと、すごいなって思います。もし百合子さんたちが相談に来た時は、是非力になってあげてほしいと思います」


 そこまで言って小さく息を吐き、微笑んだ。


「でも、私は無理ですから」


 もう一度、穏やかな口調で奈緒が告げる。その言葉に夕子は目を伏せ、頭を下げた。


「もしデリカシーなく踏み込んでしまったのなら、その……ごめんなさい」


「ああいえ、ほんとそういうのじゃないですよ。夕子さんが悪いことなんて、全然ないんですから気にしないでください。と言うか、頭上げてくださいよ」


「……」


 知らない内に、私は傲慢になっていた。そう思った。

 自分には、彼らの成仏を手助けすることができる。そう思い調子に乗っていた。

 死してなお、現世にとどまることを選択した理由。自分なんかが簡単に踏み込んでいい訳がないのに。

 そんな思いが巡り、頭を上げることができなかった。

 そんな夕子に困惑し、奈緒が頭を掻いて息を吐いた。


「……私が何を言ったところで、真面目な夕子さんは落ち込み続けるんでしょうね。ほんと、そういうのじゃないんですけどね。でも……

 分かりました。夕子さんにはお話ししておきます。私が戻ってきた理由」


 そう言って微笑んだ。


「言いたくないこと、無理に言わなくてもいいんだよ? 私が失礼なことを言っただけなんだから」


「もおーっ、夕子さんはほんと、真面目すぎ」


 そう言ってジュースを飲み干し、奈緒が話し始めた。




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