026 不遜な態度
下村が成仏した後も、宴会は続いた。
死者として彷徨う中で出会った仲間、同志。
その一人が今、旅立っていった。
その光景を目の当たりにし、少なからず動揺した。
しかしすぐ、彼らの中に希望が芽生えていった。
自分にも、成仏の機会が訪れるかもしれない。
そして、それを実現してくれる人が今、目の前にいる。
それが、朝霧夕子という存在だ。
皆それぞれ強烈な未練を胸に、この世界にとどまる選択をした。
しかし未練を晴らす手段を全て奪われ、絶望していた。
だが今の下村のように、協力者さえいれば叶う者もいる。
そう思うと皆、今の姿になって初めて、光が見えたような気がしたのだった。
ただそれは夕子に対し、負担を強いることになる。
だから少しずつ絆を深め、彼女との友情を育んでいくべきだ。
何より、自分たちのような存在を信用し、寄り添ってくれる彼女を大切にしたい、そう思った。
そして。
それは今の現象を認識できなかった女幽霊、東城奈緒と緒方百合子にしても同じだった。
今起こったことを説明された彼女たちの胸も、熱い何かで満たされていた。
百合子は少し、複雑な表情を浮かべていた。対して奈緒は、何かを決意したような眼差しで、じっと夕子を見つめていた。
「さっきのことだけどさ」
終了の時間が迫ってきた頃。
一人の男が夕子に向かい、声を上げた。
参加者の中で夕子が今日、初めて会った幽霊。
男の名は兼本真司。30代前半の、整った顔立ちの青年だった。
「夕子には、俺らを成仏に導く力があるってことだよな」
突然の呼び捨てに、皆が動揺する。
「お、おいおい兼本くん、いきなり呼び捨ては失礼だろ。夕子さんは今日、僕らの為にこの場を提供してくれた方なんだぞ。それに君、夕子さんとは初対面じゃないか」
「いやいや、呼び方なんてどうでもいいっしょ。山中さんの周りはそうだったかもしれませんけど、俺らの世界ではこれが普通っすよ」
「そ、そうなのか……いや、それでもだな」
「いいんですよ、山中さん」
そう言って、夕子が山中と呼ばれた男に微笑む。
「お気遣いありがとうございます。でもこの方……兼本さんの言う通りなのかもしれません。確かに少し驚きましたが、大丈夫ですよ」
「そうそう。俺がおかしいんじゃなくて、夕子が変わってるってことだから」
夕子の言葉に気をよくした兼本が、唇を歪ませて饒舌に話す。その不遜な態度に、部屋の空気が変わった。
品沢が夕子の隣に立ち、厳しい表情で兼本を見据える。
「……兼本。お前がそういう世界で生きてきたのは分かった。それをとやかく言うつもりはない。だが、あまりお嬢ちゃんを困らせるんじゃない。
確かにお前の言う通り、お嬢ちゃんはわしらが成仏するきっかけを与えてくれる存在だ。だがな、それはお嬢ちゃんにとって、何の益にもならないことなんだ。今日の宴会にしてもそうだ。お嬢ちゃんはわしらの為に、善意だけで動いてくれたんだ」
「あ、いえ品沢さん。ほんと、気にしないでください。それに今日のことだって、私がしたくてしてるんですから」
このままじゃいけない。そう思い、何とかこの場を収束させようとする。そんな夕子の気遣いを感じたが、これだけは言わないといけない、そう思い、
「ありがとうお嬢ちゃん。だがすまない、少しだけいいかな」
そう言って、再び兼本に視線を移した。
「今日の宴は、お嬢ちゃんの好意で実現したものだ。ありがたいことに、お嬢ちゃんはわしらに敬意を持って接してくれる。そしてどういう訳か、恩まで感じてくれている。そんなお嬢ちゃんの気持ちに甘える形で今日、わしらはここに集った。
わしらこそ、お嬢ちゃんに日頃の感謝を伝えるべきだ。そう思い、お嬢ちゃんと近しいやつらに声をかけたつもりだ。
だが兼本、お前は違う筈だ。少なくともわしは、お前に声をかけた覚えがない。何よりお前は、お嬢ちゃんとは面識もない筈だ」
そう言われ、兼本が面倒くさそうに頭を掻く。
「どこから話が漏れたのかは知らん。だがな、兼本。例え耳に入ったとしても、普通は遠慮して然るべきことなんだ。少なくともお前に、お嬢ちゃんが稼いだ金で買ってくれた酒を、当たり前のように飲む権利はない。そうは思わないか」
そう詰め寄るも、兼本はどこ吹く風と言わんばかりの表情だった。
「だが……来てしまったものは仕方ない。そんなことで、お嬢ちゃんが用意してくれたこの場の空気を壊したくない。そう思って黙っていた。確かにお前だって、酒の一杯ぐらい飲みたいだろう。だから今日は何も言わず、一緒に楽しめばいいかと思っていた。
それなのにお前の態度からは、お嬢ちゃんへの敬意も感謝も感じられない。ただ酒を恵んでもらう立場として、それはどうなんだ?」
張りつめた空気に、夕子の胸がざわつく。
さっきまでの楽しかった時間が、この一瞬で全て台無しになってしまった。そういった思いに囚われ、視線を落とす。
そんな夕子に気づき、品沢もこの話題、これ以上長引かせるのはよくない、そう思い切り上げようとした。
「とにかくだな、兼本。お嬢ちゃんに対しては、常に敬意をもって接するんだ。それはわしら、全員の思いでもあるんだ」
そう言って、静かに兼本を見据えた。
「……」
街の長である品沢の圧に、兼本が怯んだ様子を見せる。
幽霊たちの世界は狭い。どれだけ願っても、この街から出ることはできない。
そんな閉ざされた世界の中で、最も影響力を持つ存在。その品沢の言葉は重かった。
「……分かりましたよ、気を付けるっす。でも、女を呼び捨てにするのは性分なんで、許してもらえませんかね」
「……」
なおも不遜な態度を続ける兼本に、品沢がため息を吐く。夕子は冷え切ってしまった空気を何とかしたいと思い、声を上げた。
今日の宴会は、自分もずっと楽しみにしてきた。
彼らと出会い、他人と交流する喜びを知った。
そんな彼らの望みを叶えたい、そう思い準備してきた。
そして今しがた、下村が幸せそうに旅立っていった。仲間の成仏を手伝うことができた。そのことが嬉しかった。
だから今日は皆に、その幸せな気持ちのまま帰ってもらいたい、そう思っていた。
「し、品沢さん、大丈夫です。呼び捨てに慣れてないから戸惑ってるだけで、私大丈夫ですから」
そう言って無理やり笑顔を作った。
その夕子を見て。
兼本の口元が再び歪んだ。
「じゃあ、ご本人の許可もいただけたってことで。いいっすよね、品沢さん」
こいつ、どれだけ空気を読まないんだ?
そう思ったが、品沢はその言葉を飲み込んだ。
「それで? お嬢ちゃんに何かあるのか」
「そうなんすよ。実は俺も、未練を晴らしたいなって思ってるんすよ。都合がいいことに夕子は女ですし、これはもう、頼むしかないと思いましてね」
「頼みごとをする者の態度とも思えんが……それで? お前はお嬢ちゃんに、何を頼みたいんだ」
品沢の言葉にニタリと笑い、兼本が夕子の前に進む。
周りの幽霊が止めようとする。しかし夕子の、「大丈夫です」との言葉に思いとどまり、成り行きを見届けた。
ただ、もし何かあればすぐに割って入る。そう思い身構えていた。
兼本が夕子の前に立ち、ゆっくり唇を舐める。
そして夕子の顔から爪先までに視線を注ぎ、つぶやいた。
「一発ヤラせてくれよ、夕子」




