表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幽霊さん。今日もお話聞かせてください  作者: 栗須帳(くりす・とばり)
第3章 生者の闇、死者の闇

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

26/62

026 不遜な態度

 


 下村が成仏した後も、宴会は続いた。


 死者として彷徨(さまよ)う中で出会った仲間、同志。

 その一人が今、旅立っていった。

 その光景を目の当たりにし、少なからず動揺した。


 しかしすぐ、彼らの中に希望が芽生えていった。

 自分にも、成仏の機会が訪れるかもしれない。

 そして、それを実現してくれる人が今、目の前にいる。


 それが、朝霧夕子という存在だ。


 皆それぞれ強烈な未練を胸に、この世界にとどまる選択をした。

 しかし未練を晴らす手段を全て奪われ、絶望していた。

 だが今の下村のように、協力者さえいれば叶う者もいる。

 そう思うと皆、今の姿になって初めて、光が見えたような気がしたのだった。


 ただそれは夕子に対し、負担を強いることになる。

 だから少しずつ絆を深め、彼女との友情を育んでいくべきだ。

 何より、自分たちのような存在を信用し、寄り添ってくれる彼女を大切にしたい、そう思った。


 そして。

 それは今の現象を認識できなかった女幽霊、東城奈緒と緒方百合子にしても同じだった。

 今起こったことを説明された彼女たちの胸も、熱い何かで満たされていた。

 百合子は少し、複雑な表情を浮かべていた。対して奈緒は、何かを決意したような眼差しで、じっと夕子を見つめていた。





「さっきのことだけどさ」


 終了の時間が迫ってきた頃。

 一人の男が夕子に向かい、声を上げた。

 参加者の中で夕子が今日、初めて会った幽霊。

 男の名は兼本真司(かねもと・しんじ)。30代前半の、整った顔立ちの青年だった。


「夕子には、俺らを成仏に導く力があるってことだよな」


 突然の呼び捨てに、皆が動揺する。


「お、おいおい兼本くん、いきなり呼び捨ては失礼だろ。夕子さんは今日、僕らの為にこの場を提供してくれた方なんだぞ。それに君、夕子さんとは初対面じゃないか」


「いやいや、呼び方なんてどうでもいいっしょ。山中さんの周りはそうだったかもしれませんけど、俺らの世界ではこれが普通っすよ」


「そ、そうなのか……いや、それでもだな」


「いいんですよ、山中さん」


 そう言って、夕子が山中と呼ばれた男に微笑む。


「お気遣いありがとうございます。でもこの方……兼本さんの言う通りなのかもしれません。確かに少し驚きましたが、大丈夫ですよ」


「そうそう。俺がおかしいんじゃなくて、夕子が変わってるってことだから」


 夕子の言葉に気をよくした兼本が、唇を歪ませて饒舌に話す。その不遜な態度に、部屋の空気が変わった。


 品沢が夕子の隣に立ち、厳しい表情で兼本を見据える。


「……兼本。お前がそういう世界で生きてきたのは分かった。それをとやかく言うつもりはない。だが、あまりお嬢ちゃんを困らせるんじゃない。

 確かにお前の言う通り、お嬢ちゃんはわしらが成仏するきっかけを与えてくれる存在だ。だがな、それはお嬢ちゃんにとって、何の益にもならないことなんだ。今日の宴会にしてもそうだ。お嬢ちゃんはわしらの為に、善意だけで動いてくれたんだ」


「あ、いえ品沢さん。ほんと、気にしないでください。それに今日のことだって、私がしたくてしてるんですから」


 このままじゃいけない。そう思い、何とかこの場を収束させようとする。そんな夕子の気遣いを感じたが、これだけは言わないといけない、そう思い、


「ありがとうお嬢ちゃん。だがすまない、少しだけいいかな」


 そう言って、再び兼本に視線を移した。


「今日の(うたげ)は、お嬢ちゃんの好意で実現したものだ。ありがたいことに、お嬢ちゃんはわしらに敬意を持って接してくれる。そしてどういう訳か、恩まで感じてくれている。そんなお嬢ちゃんの気持ちに甘える形で今日、わしらはここに集った。

 わしらこそ、お嬢ちゃんに日頃の感謝を伝えるべきだ。そう思い、お嬢ちゃんと近しいやつらに声をかけたつもりだ。

 だが兼本、お前は違う筈だ。少なくともわしは、お前に声をかけた覚えがない。何よりお前は、お嬢ちゃんとは面識もない筈だ」


 そう言われ、兼本が面倒くさそうに頭を掻く。


「どこから話が漏れたのかは知らん。だがな、兼本。例え耳に入ったとしても、普通は遠慮して然るべきことなんだ。少なくともお前に、お嬢ちゃんが稼いだ金で買ってくれた酒を、当たり前のように飲む権利はない。そうは思わないか」


 そう詰め寄るも、兼本はどこ吹く風と言わんばかりの表情だった。


「だが……来てしまったものは仕方ない。そんなことで、お嬢ちゃんが用意してくれたこの場の空気を壊したくない。そう思って黙っていた。確かにお前だって、酒の一杯ぐらい飲みたいだろう。だから今日は何も言わず、一緒に楽しめばいいかと思っていた。

 それなのにお前の態度からは、お嬢ちゃんへの敬意も感謝も感じられない。ただ酒を恵んでもらう立場として、それはどうなんだ?」


 張りつめた空気に、夕子の胸がざわつく。

 さっきまでの楽しかった時間が、この一瞬で全て台無しになってしまった。そういった思いに囚われ、視線を落とす。


 そんな夕子に気づき、品沢もこの話題、これ以上長引かせるのはよくない、そう思い切り上げようとした。


「とにかくだな、兼本。お嬢ちゃんに対しては、常に敬意をもって接するんだ。それはわしら、全員の思いでもあるんだ」


 そう言って、静かに兼本を見据えた。


「……」


 街の(おさ)である品沢の圧に、兼本が怯んだ様子を見せる。

 幽霊たちの世界は狭い。どれだけ願っても、この街から出ることはできない。

 そんな閉ざされた世界の中で、最も影響力を持つ存在。その品沢の言葉は重かった。


「……分かりましたよ、気を付けるっす。でも、女を呼び捨てにするのは性分なんで、許してもらえませんかね」


「……」


 なおも不遜な態度を続ける兼本に、品沢がため息を吐く。夕子は冷え切ってしまった空気を何とかしたいと思い、声を上げた。




 今日の宴会は、自分もずっと楽しみにしてきた。

 彼らと出会い、他人と交流する喜びを知った。

 そんな彼らの望みを叶えたい、そう思い準備してきた。

 そして今しがた、下村が幸せそうに旅立っていった。仲間の成仏を手伝うことができた。そのことが嬉しかった。

 だから今日は皆に、その幸せな気持ちのまま帰ってもらいたい、そう思っていた。




「し、品沢さん、大丈夫です。呼び捨てに慣れてないから戸惑ってるだけで、私大丈夫ですから」


 そう言って無理やり笑顔を作った。

 その夕子を見て。

 兼本の口元が再び歪んだ。


「じゃあ、ご本人の許可もいただけたってことで。いいっすよね、品沢さん」


 こいつ、どれだけ空気を読まないんだ?

 そう思ったが、品沢はその言葉を飲み込んだ。


「それで? お嬢ちゃんに何かあるのか」


「そうなんすよ。実は俺も、未練を晴らしたいなって思ってるんすよ。都合がいいことに夕子は女ですし、これはもう、頼むしかないと思いましてね」


「頼みごとをする者の態度とも思えんが……それで? お前はお嬢ちゃんに、何を頼みたいんだ」


 品沢の言葉にニタリと笑い、兼本が夕子の前に進む。

 周りの幽霊が止めようとする。しかし夕子の、「大丈夫です」との言葉に思いとどまり、成り行きを見届けた。

 ただ、もし何かあればすぐに割って入る。そう思い身構えていた。


 兼本が夕子の前に立ち、ゆっくり唇を舐める。

 そして夕子の顔から爪先までに視線を注ぎ、つぶやいた。


「一発ヤラせてくれよ、夕子」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ