025 最高の時間、最高の酒。最高の仲間たち
宴会は大盛り上がりだった。
皆久しぶりの酒を口にし、はしゃいでいる。
夕子の料理に舌鼓をうち、他愛もない話に花を咲かせていた。
「お嬢ちゃん、本当にありがとう」
慌ただしく動き回り、料理を運ぶ夕子に品沢が声をかける。
「いえいえ、とんでもないです。それより品沢さん、お酒進んでますか? ビールがよければ持ってきますよ」
「はははっ、ありがとう。わしはこれで、十分満足してるよ」
そう言って煙草を手に、笑った。
「……こいつらとも長い付き合いだが、こんなに嬉しそうな顔を見るのは初めてだよ」
穏やかに微笑み、周囲を見渡す。
下村は泣きながら飲んでいる。よれよれのハンチング帽で何度も涙を拭っていた。
野球のユニフォーム姿の石川も、水割りを手に笑っている。夕子の視線に気づくと、照れ臭そうに頭を下げた。
夕子は品沢の盃に日本酒を注ぎ、微笑んだ。
「私、友達を家に呼んだことがないんです。どう言ったらいいのかな、家って完全にプライベートな空間じゃないですか。そんな場所に呼べるような人付き合い、絶対にできないと思っていたんです。それなのに……
品沢さんに声をかけてもらって、そしてみなさんを紹介してもらって。みなさんはこんな私のことを受け入れてくれて、いつも優しく接してくれます。だから……そんなみなさんの喜ぶ顔が見れて、私も嬉しいです」
そう言うと品沢は白い息を吐き、小さくうなずいた。
「ところでお嬢ちゃん。その……さっきお嬢ちゃんが話してるのを見た訳だが、あの子もここにいるんだよね」
「奈緒ちゃんですか? ええ、あの辺りに座ってますよ」
そう言って、テレビの前に並んだ二つのクッションを見つめ、微笑んだ。
「今日はもう一人いるんだね」
「はい。私も一度お会いしただけなんですけど、奈緒ちゃんが幽霊になってから、色々お世話になってる幽霊さんらしいです」
夕子の視線に気づき、その女の幽霊が微笑み、頭を下げた。
彼女の名は緒方百合子。夕子と同年代の、綺麗な女性だった。
百合子の仕草に奈緒も反応し、オレンジジュースの入ったグラスを捧げ、満面の笑みを夕子に向けた。
「とても楽しそうにされてます」
「それは何よりだ。折角の機会だし、挨拶できればよかったんだけどね。認識できないんだから仕方ないが」
そう言って、乾いた笑い声を上げた。その時だった。
「夕子ちゃん!」
夕子の元にやってきた下村が、涙で潤んだ瞳を向けてきた。
「おいおい下村、いい感じに酔ってるみたいだな。分かってると思うが、くれぐれも変な絡み方するんじゃないぞ」
「分かっとる、分かっとるよ品沢さん。こんな素晴らしい場を設けてくれた夕子ちゃん相手に、不遜な態度をとったりせんよ」
そう言って手にした日本酒をグラスに注ぎ、真顔で夕子を見つめた。
「わしは……自分で言うのも何だが、出鱈目な人生を送ってきた。特に若い頃はそれはもう、周りに迷惑しかかけてこなかった。やりたいことがあれば飛びついて、飽きたらすぐに放り投げる。その日その日が楽しければそれでいい、そんな生活を続けてきた。
おかげであの頃、わしの周りにはいつも人がいた。毎日飲み歩き、遊び呆けてきた。じゃが……歳を重ねるにつれ、一人、また一人とグループから抜けていった。みんな、歳相応の落ち着きを持つようになっていった。家庭を築き、仕事に打ち込み……気がつけば、わしの周りには誰もいなくなっていた。
後に残ったのは僅かな金と、この老いた肉体だけ。真面目に働いてこなかったわしは一人、安アパートで暮らすことになった。
後悔はない。そうしたのも、真面目に生きてこなかったのも。家庭を築こうとしなかったのも全部わしの選択じゃ。だから孤独に死んでいったあの時も、わしは満足だと思ってた。じゃが……
そんな時、強烈に思ってしまったんじゃ。あと一度、あと一度でいい。気の合うやつらに囲まれて、浴びるほど酒が飲みたいってな」
そう言って微笑み、酒を口にする。
その時だった。
夕子が下村の異変に気付いた。
――息子に遺産を託し、満足して去っていった高坂。彼が成仏した時と同じ現象が、下村の身に起こっていたのだ。
他の幽霊たちも下村の異変に気づき、困惑の表情を浮かべた。
「え……どうして……」
動揺する夕子に微笑み、もう一度酒を口にした下村が幽霊たちに向かい、ハンチング帽を大袈裟に振った。
「ここにいる貴様らとは、死んでから出会った不思議な縁じゃ。じゃがな、わしは貴様らのこと、結構気に入っておったぞ。そして品沢さん、あんたには本当、世話になった」
下村の言葉に品沢が深くうなずき、笑顔を向けた。
「夕子ちゃん。あんたと出会ってなければ、わしはこれからもずっと、この渇いた世界を彷徨うだけの日々を送っていた筈じゃ。そんなわしにあんたは、こんな素晴らしい場所を与えてくれた。本当にありがとう」
「そんな、嘘……下村さん……」
「皆の衆、いろいろ世話になった! わしの人生は、この最高の場所のおかげで今、文句なしに完結した! 皆のこれから、あの世から見守っておるぞ!」
そう言うと残った酒を一気に流し込み、満面の笑みを浮かべた。
「うまいっ、最高じゃ! 人生の最後、ついにわしは最高の酒に出会えた! ありがとう夕子ちゃん、ありがとう皆の衆! 息災でな!」
その叫びを最後に。
下村の姿が完全に消えた。
グラスが床に落ちる。
「……」
静かに転ぶグラスを、夕子が呆然と見つめる。
そしてそっと拾い上げると、愛おしそうに見つめ、囁いた。
「……こんなことになるんだったら、もっと高いお酒、買ってくればよかったですね……下村さん、ごめんなさい」
そんな夕子に、品沢が静かに首を振った。
「お嬢ちゃん。下村が最後に言った言葉、聞いてなかったのかい? やつは今、最高にうまい酒に出会えた、そう言っただろ?」
顔を上げると、品沢の穏やかな笑顔があった。
やがて夕子は静かにうなずき、微笑んだ。
「……人生も、望みも未練も……本当、人それぞれなんですね」
「そうだね。でも少なくとも、下村にとって今日という日は、それぐらい最高だったということだよ」
他の幽霊たちも皆、笑顔で夕子を見つめる。
そして誰からとなくグラスを捧げ、唱和した。
「われらが同志、下村の成仏に……乾杯!」




