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幽霊さん。今日もお話聞かせてください  作者: 栗須帳(くりす・とばり)
第3章 生者の闇、死者の闇

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024 酒宴

 


 それから夕子は、会場探しに奔走した。

 ネットで調べ、現地に赴く。しかし、思った以上に難航した。


 今回満たさないといけない条件は多い。

 この街限定であること。飲酒が認められている環境。

 10名ほどが飲み食いできるスペース。

 そして何より周囲から見ると、そこにいるのが自分だけだということだった。

 26歳の女が大量の酒を持ち込み、一人でパーティーらしきものを開く。それはどう見ても奇行でしかなかった。


 そんな風に悩む夕子がたどり着いた結論。それが自宅だった。

 そうだ。家なら何も問題ないじゃない。

 幸いうちのリビングは広い。10名ぐらいなら大丈夫だ。人目も気にしなくていいし、何よりこの街にある。

 そう思い相談したのだが、品沢の返答は微妙なものだった。


「いやその、何だ……お嬢ちゃんの言いたいことは理解できる。誰にも認識されないわしらと飲み食いする場所なんて、そうそうあるとも思えないからね。そういう意味でも、お嬢ちゃんの家でするというのは間違ってないと思う。

 でもね、お嬢ちゃん。少しばかり警戒心が足りないと思わないかい?」


「どうしてですか? 家にご招待したからといって、みなさんは私の私物に触れることもできないんです。ただそこで、お供えしたお酒を楽しむだけ。なんの問題もないと思いますけど」


「……お嬢ちゃんは、わしらのことを信頼してくれている。それになんだ、友人だと思ってくれている。だからこその提案だと思うし、それは本当に嬉しく思う。ただね、他人、しかも複数の男を自分の家に招くということに、不安も感じてほしいんだ」


 夕子が微笑む。品沢の気持ちが痛いほど伝わってきた。


「ありがとうございます。でも私、本当に品沢さんたちには感謝してるんです。もし品沢さんたちに出会えてなければ、私は今も心を閉ざしたまま、孤独に生きていたと思います。だから……私にご恩返し、させてください」


 夕子の力強い言葉に、品沢はそれ以上何も言えなかった。


「分かった。ありがとう、お嬢ちゃん。お嬢ちゃんの信頼を裏切らないよう、他のやつらのこと、しっかり見張ってるよ」


「見張るだなんて。それより品沢さんこそお酒、楽しんでくださいね。随分長い間、我慢されてるんじゃないですか?」


 夕子がそう言うと、品沢が照れ臭そうに頭を掻いた。


「いや、なんだ、それは……はははっ、お嬢ちゃんには本当、叶わないね」





 当日。

 外はあいにくの雨だった。


 しかし幽霊にとって、天候は関係ない。物理的な干渉を一切受けない彼らにとって、それは単なる光景でしかないからだ。

 それより彼らは、これからのイベントのことで頭がいっぱいだった。

 幽霊たちは基本、群れずに生活している。たまにすれ違った時、互いに情報を交換する程度だった。

 中には懇意になり、共に行動している者もいる。

 しかし彼らは存在自体が異質、世界を彷徨(さまよ)う存在。

 長い年月を経ていく内に、寂しさや孤独感、そんな感情すら失っていた。

 しかし今日、大勢の同志たちと顔を合わせる。しかもそこに、求めても口にすることのできなかった酒がある。

 そう思い、かつての生き様に思いを巡らせ、どうしようもなく楽しみになっていたのだった。


 一人、また一人と夕子の家を訪れる。

 同志の顔を見て、「久しぶりだな」「息災だったか」と互いの存在を確認しあい、喜んだ。

 そして夕子が用意した酒や料理に、目を輝かせた。





 全員が揃ったのは、定刻の30分前だった。

 その光景にため息をつき、品沢が申し訳なさそうに頭を下げた。


「すまないね、お嬢ちゃん。こいつらみんな、今日のことが楽しみで仕方なかったみたいなんだ」


 グラスに酒を注ぎながら、夕子が微笑む。


「問題ありませんよ。それに私も今日のこと、楽しみでしたから。それじゃあその、奈緒ちゃんたちはまだなんですけど、始めちゃいましょうか」


「待っていた方がいいんじゃないか? まだ時間前だし」


「みなさんの顔を見てたら、これ以上お待たせするのも悪いと思いまして」


 夕子の言葉に、幽霊たちが一斉に苦笑した。


「それでその、お酒なんですが……下村さんにもお話ししましたが、私は飲む習慣がないのでよく知らないんです。ですのでリクエスト通りのものをご用意したのですが、これでよかったですか?」


 テーブルの上には日本酒の一升瓶が3本、ウイスキーにブランデー。冷蔵庫にはビールも入っていた。


「いやいや夕子ちゃん、これだけあれば十分じゃ。本当に感謝しとるよ」


 下村が興奮気味にまくしたてる。


「お嬢ちゃん、結構な出費だったんじゃないかい?」


 品沢の言葉に、他の幽霊たちも恐縮気味に頭を下げた。


「いえいえ本当、気にしないでください。と言うか、お金ってこういう時に使ってこそだと思うんです。私にとってもこれは、有意義な使い方なんです」


 そう言って微笑み、夕子は幽霊たちに向かい、手を合わせた。


「では……このテーブルに置かれたお酒、グラス、お料理。そして煙草にライター。どうぞ皆様、お納めください」


 そう言って頭を下げた。

 夕子の言葉に幽霊たちが頭を下げ、各々グラスを手にし、微笑んだ。


「……みんなグラス、行き渡ったな。じゃあ僭越ながらわし、品沢が乾杯の音頭を取らせてもらう。

 わしらは皆、様々な未練を胸に今、このような姿でこの世界にとどまっている。だがこの世界、わしらにとっては本当に辛い場所だ。かく言うわしも戻ってきた時、その理不尽すぎる現実に腹を立てたもんだ。

 そんなわしらにお嬢ちゃん、朝霧夕子さんは慈悲の心を向けてくれた。敬意をもって接してくれて、その上わしらの手助けがしたいと言ってくれた。

 しかも今日は下村の頼みに応えて、このような場を設けてくれた。それどころかその時、お嬢ちゃんは言ってくれた。どうせなら他の幽霊にも声をかけよう。みんなで楽しもうと」


 そう言って幽霊たちを見渡す。

 そして一人の男で視線を止め、小さく息を吐いた。


「まあ……声をかけてないやつも紛れ込んでいるようだが」


 品沢の言葉に、夕子が怪訝そうな表情を浮かべる。幽霊たちも辺りを見回し、首を(かし)げた。


 いかん、空気が変わってしまった。折角の酒宴、お嬢ちゃんの好意に応える為にも、この話は後にしよう。そう思い、品沢が続けた。


「とにかくだな、お嬢ちゃん。今日はわしらの為、大切な家まで提供して、こんな素晴らしい時間を作ってくれた。そのことにわしら全員、心から感謝します。本当にありがとう」


「ありがとうございます!」


 夕子が赤面してうつむく。


「ははっ、そろそろ下村あたりがフライングしそうだな。まだまだ言いたいことはあるが、それはまあ、飲みながら話すとしよう。

 では……彷徨(さまよ)う存在となって出会えた縁に。そしてお嬢ちゃんと出会えた運命に感謝して……乾杯!」


「乾杯!」


 リビングに幽霊たちの声が轟く。

 皆、満面の笑みを浮かべていた。

 そして酒を口にした瞬間、歓喜の声を上げた。


「うまい!」


「最高だ!」


「ありがとう、夕子さん!」


 皆夕子の周りに集い、グラスを重ねていく。

 一人一人とグラスを重ね、夕子も嬉しそうに笑った。




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