021 天から地へ
その日から、夕子と國澤は友達として付き合うようになった。
放課後、いつも一緒に帰宅した。
公園のベンチに並んで座り、その日あった出来事を語り合った。
試験が近付くと図書館に通い、一緒に勉強した。
そして気が付けば。
いつの間にか自然に、どちらからとなく手を握り合っていた。
家に帰ってからも、國澤のことを考える時間が多くなっていった。
そしてそんな自分が気恥ずかしくて、枕を抱きしめた。
そんな夕子に両親も、「最近よく笑うようになったな。学校で楽しいことでもあったのかい?」そう言って微笑んだ。
國澤との日々は、夕子にとって正に夢のような時間だった。
ある日。
教室に入った夕子は、いつもと違う空気を感じた。
皆の視線を感じる。
嘲笑。
憐憫。
息が止まりそうになった。
教壇の周りに、男子生徒が数人固まっている。
國澤もいた。
國澤は怒りに満ちた表情で、一人の男子の胸倉をつかんでいた。
そしてそんな國澤を見て、他の男子たちが笑っている。
夕子に気づくと男子の一人が唇を歪め、声を上げた。
「ほらほら、愛しの彼女さんのご登校だぞ」
その言葉に、國澤が青ざめた表情で夕子を見る。
「え……なんの騒ぎなの、これ……」
状況がつかめず混乱する夕子の目に、黒板に貼られた何枚もの写真が飛び込んできた。
それは。
公園で。図書館で。カフェで。
國澤と二人、笑い合っている写真だった。
そして。
手をつないで歩いている写真だった。
「なんで……」
全身の血が逆流していく。
呼吸が乱れ、手が冷たくなっていった。
そんな夕子の肩を抱き、女子の一人が声を荒げた。
「あんたら、なんでこんなことするのよ! 夕子になんの恨みがあるのよ!」
女子の言葉に男子生徒は悪びれる様子もなく、青ざめた國澤の肩を抱いて笑った。
「恨みはない、けどな。と言うか、それはこいつに言ったらどうだ?」
勝ち誇ったような、下品な笑みを夕子に向ける。
「なあ朝霧。お前、こいつに告られたんだよな」
「お前! ふざけんな、やめろ!」
國澤が激昂し、再び胸倉をつかもうとする。しかし他の男子に遮られた。
「告白されて嬉しかったか? 舞い上がったか? 自分も捨てたもんじゃない、そう思って浮かれたか?」
「やめろおおおおおっ!」
「残念だったな、朝霧。こいつの告白はな、ただの罰ゲームなんだよ」
「……」
膝が震えた。
瞼が濡れる。
夕子の脳裏に、楽しかった日々が蘇る。
その全てが嘘だった。幻だった。
そう思うと、立っていられなくなった。
膝から崩れ落ちる。
その夕子を、周りの女子が支えて抱き寄せた。
「あんたら……女子に相手にされないからって、なんでこんなことするのよ! それに、なんで夕子なのよ!」
「だからさ、文句は俺じゃなくこいつに言えって。なあ朝霧、お前もそう思うだろ? よくも私の純情を弄んだわね、そう言って一発殴ってやったらどうだ?」
その言葉に、他の男子たちも嘲笑う。
國澤はその場に跪き、肩を震わせた。
「……」
現実を受け入れることができず。
理解できず。
夕子が國澤を見つめる。
國澤くん、本当なの?
楽しかった毎日。あれは幻だったの?
あの笑顔は嘘だったの?
私のことを知りたいって言ってくれた、あの言葉も嘘だったの?
そんな夕子の視線に気づき、國澤が顔を上げる。
そして。
夕子と目が合った瞬間、目を閉じて一気に立ち上がり、教室から走り去っていった。
男子たちが手を叩いて盛り上がる。
そして夕子に、「ほらほら彼女さん、彼氏さんを追いかけなくていいんですか」そう言って笑った。
そんな男子に女子たちが、怒りの形相でつかみかかっていく。
辺りが騒然となった。
教室が、罵声と怒声に支配される。
そんな中。
夕子の感情は急速に冷めていった。
まあ……そうだよね。
だって、私なんだもん。
人並みの幸せなんて、来るはずがない。
やっぱりそうだ。
誰も信じちゃいけないんだ。
何も求めてはいけなかったんだ。
彼がそのことを、こういう形で教えてくれたんだ。
これから先、これ以上の絶望に出会わない為に。
だから……感謝しなくちゃ。
ありがとう、國澤くん。
でも……ははっ。
なんだろう。少しだけ、心が痛いな。
教室では相変わらず、男子と女子たちが騒いでいる。
その喧騒の中。
夕子が唇を歪め、肩を震わせた。
「ふっ……ふふっ……」
その声に。
皆が夕子に視線を注ぎ。
動きを止めた。
「ふふふふっ……あははははっ」
頬に涙が伝う。
夕子は目を見開いたまま、声を上げて笑った。
そんな夕子を見て。
男子たちは息を飲み、後退った。
女子たちは夕子を案じ、抱きしめた。
静まり返った教室に。
夕子の笑い声が冷たく響いた。




