020 初めての告白
夕子が困惑し、足元を見つめる。
そんな夕子に向かい、國澤が続けた。
「その……朝霧のこと、前からずっと気になってたんだ。朝霧って、人が嫌がる仕事とか、いつも進んで引き受けてるだろ? 掃除だって、頼まれたら代わってあげてるし。優しい人だなって思ってたんだ。そんな朝霧を見てたら、その……いつの間にか気になるようになってた。
それに朝霧、すごく可愛いし」
その言葉に、肩がビクリとする。
自分のことをここまでストレートに肯定されたことなど、一度もなかった。
夕子は正直、自分のことが嫌いだった。
隠しごとを秘めている自分を、醜い存在のように思っていた。
しかし國澤は、そんな自分のことを優しいと言ってくれた。可愛いと言ってくれた。
混乱と同時に、羞恥で体が熱くなるのを感じた。
「だから、その……朝霧と付き合いたいって思って、今日声をかけたんだ。
朝霧、君のことが好きです。俺と……付き合ってください!」
そう言って頭を下げ、手を差し出す。
その姿に、夕子はますます混乱した。
今すぐこの場から逃げ出したい、そう思った。
なんで? どうして私なの?
もっといい子、いっぱいいるじゃない。
嫌がる仕事を進んでやってる?
それは余計なトラブルが面倒だから。断った時のリスクが怖いから。
ただでさえ、自分には後ろめたいことがある。
人に見えないものが見えているのだ。
そのせいで過去、孤立しかけた。
だから私は、トラブルを避ける生き方をしてきた。ただそれだけのことなの。
私が望むのは穏やかな日常。それだけなの。
だから……そんな私を見て、そういう感情を持つのは間違ってる。
これは思春期特有の、一時の気の迷い。錯覚なんだ。
私が断れば、すぐにその熱も冷める。
そう思い。
断ろうと思った。
「あ、あの……」
意を決し、顔を上げる。そして気づいた。
國澤の手が、どうしようもなく震えていることに。
「……」
その手を見て。
夕子の中に、別の感情が芽生えてきた。
目の前の彼は今、例え錯覚とは言え、必死にその想いを伝えてくれた。
理由はどうあれ、勇気をもって告白してくれた。
それを気の迷い、勘違いなんだと断ち切ってもいいのだろうか。
正直、恋愛というものに興味はない。彼のこともよく知らない。
こんな私が彼と付き合っても、いい未来が訪れるとは思えない。
でも。
目の前で震えている國澤を見て、夕子は思った。
もう一度だけ、信じてもいいんじゃないかと。
彼は勇気を振り絞ってくれた。
その想いに報いる為にも。
私も一歩、踏み込んでもいいんじゃないかと。
そして。
その瞬間、肩の力が抜けていくような気がした。
ああ、そうなんだ。
本当は私も、望んでいたんだ。
誰かを信じたいと。
人と関わる生き方がしたいんだと。
そう思い。
夕子は微笑んだ。
「……國澤くん」
「は……はい」
「私、お付き合いってどういうことなのか、よく分かってないの。こういう風に告白されたのも初めてだし、正直かなり混乱してる」
「そう、だよな……朝霧、無意識に人と距離を取ってるところがあるし、そんな気はしてたよ」
その言葉に、夕子の決意が定まった。
彼は本当に私を見てる。
私の本当を知ろうとしてる。
そう思った。
「でも……ありがとう。私のこと、そういう風に見てくれて、とても嬉しい」
夕子がそっと、國澤の手を握った。
「……」
國澤が顔を上げる。今にも泣きだしそうな顔で。
しかし、夕子はその顔を無様だと思わなかった。
むしろ、全ての虚勢をかなぐり捨てて体当たりしてきた、男らしい顔だと思った。
「私は國澤くんのこと、よく知りません。國澤くんだって私のこと、まだまだ知らないと思う。だから……お友達から始めてくれませんか」
友達。
その言葉を発してすぐ、夕子の胸が熱くなった。
これまでずっと、意図的に避けてきた言葉。
自分は誰とも友達になれない、そう思っていたから。
その言葉を今、目の前の男子に告げている。
彼のことを何も知らない癖に、彼を信じようとしている。
そう思える自分が嬉しかった。
「朝霧……」
見ると、國澤も笑顔になっていた。
「その言葉、告白を断る常套句なんだけど、知ってた?」
「え? そうなの?」
「ははっ、やっぱり知らなかったか」
「ご、ごめんなさい。私、その……」
「分かってる。気にしないで」
そう言って、握られた手に力を込める。
「朝霧にとって、友達って言葉が軽いものじゃないんだと分かってる。ある意味、相手に対する最大の敬意なんじゃないかな」
「國澤くん……」
「そんな朝霧から、友達になろうって言ってもらえた。嬉しいよ、ありがとう」
「私こそ……ありがとう」
「じゃあこれから、友達として。よろしくお願いします」
そう言ってもう一度、國澤が笑顔を向けた。
その笑顔に、夕子の胸が熱くなった。




