019 望んでなかった再会
「はぁ……」
喫煙所で夕子が、煙と一緒に深いため息を吐いた。
「おいおいお嬢ちゃん、随分でかいため息だね」
そう言って品沢が笑う。
「あ……すいません、空気悪くしてますよね」
品沢の言葉に、夕子が慌てて頭を下げる。
「いやいや、気にしてないから安心してくれ。と言うか、むしろ嬉しいよ」
「嬉しい、ですか?」
「ああそうだ。周囲を気にして、いつも本当の自分を隠している。そんなお嬢ちゃんがわしの前で、豪快にため息を吐く。嬉しいじゃないか。安心してる証拠だからね」
「いえその、それは……確かに品沢さんの前だと、普段感じてる緊張とかはないんですけど」
「いいことじゃないか。お嬢ちゃんもそうして、少しは素の自分を出していくべきだ。そうでないと疲れてしまうからね。
それで? 何かトラブルでもあったのかな」
「……」
夕子が自問する。
確かに私は、品沢さんに対して警戒心を持っていない。品沢さんは私を尊重し、いつも見守ってくれている。
でも、これまで他人と距離を取って生きてきた私にとって、相談するということはかなり高いハードルだ。
それにこれは、気楽にできる話題じゃない。
でも。
品沢さんの言う通り、時には心の膿を吐き出したい。
特に今回の件は、一人で解決するには荷が重い。
品沢さん。
いつも自分を見守り、支えてくれる人。
この人になら話してもいいんじゃないか、そう思った。
「では……あまり楽しい話じゃないんですけど、聞いてもらえますか?」
「構わんよ。それでこそ、他のやつらをねじ伏せて一人で来たかいがあると言うもんだ。
わしは無力な幽霊だ。恐らく何の力にもなれないだろう。だがそれでも、話すことで楽になることもある筈だ」
「ありがとうございます、品沢さん。実は……」
そう言って煙草をもみ消し、夕子は話し出した。
「朝霧?」
「え……」
今日、施設に向かっている時。背後から声をかけられた。
今の自分に声をかけてくる人なんて、幽霊しかいない。
地元を離れて数年。この街に知り合いなど、いるはずがなかった。
夕子が恐る恐る振り返る。
「……」
そこには自分と同世代の、スーツ姿の男が立っていた。
少し雰囲気が変わっているが、間違いない。
でも、どうして彼がこんなところに。
そしてどうして、声をかけてきたの?
様々な思いが脳裏を巡り、軽くパニックになった。そして。
気が付けば、彼の名を口にしていた。
「國澤くん……」
夕子の言葉に、國澤と呼ばれた男は微笑んだ。
「やっぱり朝霧だった。久しぶり」
その笑顔に困惑し、うつむく。
「そ、そうだね……」
國澤博幸。高校時代の同級生だった。
「なんだ、地元から離れたこんな場所で、同級生と再会したのか。よかったじゃないか」
品沢が嬉しそうに微笑む。
しかし、夕子の表情は冴えなかった。
「……それともそいつと、何か嫌な過去でもあるのかな」
そう言われ、夕子が諦めの表情でうなずいた。
「品沢さんだって知ってるじゃないですか。今まで私が、どんな人付き合いをしてきたか」
「わしらが見えることを誰にも話せない。だから人と距離を取ってきた」
「そうです。だからその……あの頃の知り合いとは、あまり会いたくないんです」
「だが、表面的にはうまく付き合っていたんだろ? お嬢ちゃんほどの器量だ、好意を持ってる友人もいたと思うが」
「確かに余計なトラブルを起こさないよう、誰に対しても普通に接してたと思います。おかげで今でも、たまに連絡してくれる人はいます。でも……あの人とは、できれば会いたくなかったんです」
「どうしてだい? と言うか、それは聞いてもいいのかな」
「はい。過去のことですし、今更どうこう思ってもいませんから。ただ、品沢さんが不快にならないか心配で」
「わしのことなら気にしなくていいさ。と言うかお嬢ちゃん、こんな時までわしのことを気にかけてくれるんだね。ありがとう」
「いえ、そんな……じゃあ品沢さん、聞いてもらえますか」
「ああ、頼むよ」
そう言って、品沢が新しい煙草に火をつけた。
「朝霧。ずっとお前のことが気になってたんだ。俺と付き合ってくれないか」
数年前。
ある放課後。
校舎裏というベタな場所に呼び出された夕子は、國澤の言葉に固まった。
「……」
何も言葉が出てこない。ただ頭の中で、國澤の言葉がこだましていた。
……これって何?
ひょっとして私、男子に告白された?
そこにたどり着き、混乱した。
國澤博幸。特に目立たないポジションの、普通の男子生徒。
どちらかと言えば、影の薄い存在。
そんな彼から今、突然告白された。
何かの間違いでしょ、そう思った。
それに國澤とはこれまで、接点らしい接点もなかった。
ありえない。どういうこと?
そう思い。
狼狽した。




