018 不条理な世界
「異性を……認識できない……」
「この姿になって随分経つが、わしはこれまで、女の幽霊と会ったことがないんだ。そういう意味で、女は世界に執着する理由を持たない、ドライなやつが多いんだと思っていた」
「ちょっと待ってください。本当に品沢さん、女性の幽霊さんに会ったことがないんですか」
「ああ、一度もね」
「嘘……」
これまで夕子にとって、当たり前だった世界。
幽霊たちは生者に認識されないまま、この世界に存在している。
そしてそれは、男女関係なくいた。
それが当たり前で、品沢に聞いたこともなかった。
しかしそう言えば確かに、品沢が紹介してくる幽霊は皆男だった。
今目の前で繰り広げられている光景に、品沢の説を信じるしかないような気がした。
「でも、どうしてそんなことに」
「それはわしにも分からんさ。ただ理由はどうあれ、わしら男は奈緒ちゃんたちを認識できない。そしてそれは、彼女たちも同じようだ」
「……」
異性を認識できない。それが幽霊の世界のルール。
そう思うと、彼らの世界が無駄に理不尽だと思ってしまった。
神様、でいいのかな。どうして神様は、彼らにこんな摂理を課したのだろう。
未練を晴らしたいと願い、成仏を拒んだにも関わらず。それを成し遂げる力も与えられず、彷徨い続けるしかない彼ら。
衣食住、全ての自由を奪われ、三大欲求も否定された彼ら。
その上、異性の存在すら認識できないだなんて。
彼らが何をしたって言うの? 彼らはただ、未練を晴らしたいだけなんだよ?
こんなの辛すぎる、酷すぎる。そう思った。
「まあなんだ、そうでもしないと、街のあちこちで淫ら極まりない行為をおっぱじめる、そんなやつだらけになっちまうからな」
陰りを宿した夕子の瞳に気づき、品沢がそうおどけて笑う。
「わしら幽霊は知っての通り、とにかく暇なんだ。そんなわしらの前に女がいたら、おっぱじめるしかないだろうよ。はっはっは」
品沢は自分を気遣い、あえて下品な例えで元気づけようとしている。そう理解し。
夕子は小さく息を吐き、無理やり表情を取り繕った。
「品沢さん。忘れてるかもしれませんけど、これでも私、女なんです。もう少し表現に気を付けてもらえません? と言うか不潔です」
「はははっ、不潔ときたか。すまないねお嬢ちゃん。長年男ばかりの中にいると、どうしてもこう、下品になってしまうんだ」
「下品なのは、お仲間の中だけでお願いしますね。高校生の女の子もいる訳ですし」
「いやいやすまない。勘弁してくれ」
「ふふっ。じゃあ仲直りのしるしに煙草、ご一緒してもらえますか?」
「ああ、勿論だ。その言葉、待ってたよ」
そう言って陽気に微笑み、夕子の後に続いた。
「奈緒ちゃんも一緒にどうかな。ちょっと外に出るんだけど」
「あ、はい! お供します!」
その言葉に微笑み、夕子は喫煙所に向かった。
「ふううっ、うまい……」
品沢が満足そうにつぶやく。
夕子も煙草に火をつけ、白い息を吐いた。
「……」
そんな夕子を奈緒が見つめる。視線は興味津々だった。
「ひょっとして、奈緒ちゃんも吸いたいの?」
奈緒の強い視線を感じ、夕子が聞く。
「あ、いえいえ。私、未成年ですから」
「それは見れば分かるんだけど……その姿になって、まだ半年だったっけ」
「はい。天に召されて半年です」
そう言って無邪気に笑う。しかし、その笑みには陰りがあると思った。
だが、それを口にするのは傲慢だ。今日出会ったばかりの彼女に対し、それは不躾すぎる、そう思った。
「奈緒ちゃんは何歳なのかな」
「16歳です」
「そっかぁ。一番いい時だよね」
「夕子さんが16歳の時は、そうだったんですか?」
「私? うーん、どうだろう……正直よく覚えてないかな。私はほら、こうしてあなたたちが見えるから、見えない人たちとうまく付き合うことができなかったんだよね。ただ、みんなはキラキラしてたかな。未来に希望を持っていて、いつも楽しそうにしてた」
「そうなんですね。まあ私も、それなりには楽しかったですよ。色んなことに興味もありましたし」
やはり何かある。そう思い、白い息を吐いた。
「煙草にしてもそうですね。吸ってる人はみんな、本当においしそうに吸ってます。これだけ体に悪いって言われてて、お金もバカにならなくて。その上喫煙者ってだけで白い目で見られる時代なのに、みんなおいしそうに吸ってます。だから私も20歳になったら、一度吸ってみたいと思ってました」
「その一本が、それからの人生に暗い影を落とすんだけどね」
「そうなんですか? 今の夕子さんの言葉、妙に説得力ありますね。実体験なんでしょうか」
「どうだろう、ふふっ」
「でも……そうですね。夕子さん、あと4年経ったら、私も20歳になります」
幽霊なのに、年齢を気にするんだ。
でも奈緒ちゃん。4年後もあなたの姿はそのままなんだよ、そう思った。
「だから夕子さん。その時に煙草、もらってもいいですか?」
夕子は穏やかに微笑み、うなずいた。
「じゃあその時、奈緒ちゃんの20歳のお祝いもしちゃおう」
「本当ですかー。あはははっ、すっごく楽しみですー」
品沢に奈緒の言葉は届かない。しかし品沢は夕子の言葉から、おおよその内容を察していた。
そして、同性相手だとこんな表情をするんだな、そう思い、満足そうに微笑んだ。
幽霊は異性を認識できない。
この日夕子は、衝撃的な摂理を知った。
しかし彼女は、どちらの存在も認識することができる。
自分にしかできないことが、またひとつ増えたのかもしれない。
そう思い、表情を引き締めたのだった。




