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幽霊さん。今日もお話聞かせてください  作者: 栗須帳(くりす・とばり)
第2章 死者と紡ぐ日常

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018 不条理な世界

 


「異性を……認識できない……」


「この姿になって随分経つが、わしはこれまで、女の幽霊と会ったことがないんだ。そういう意味で、女は世界に執着する理由を持たない、ドライなやつが多いんだと思っていた」


「ちょっと待ってください。本当に品沢さん、女性の幽霊さんに会ったことがないんですか」


「ああ、一度もね」


「嘘……」


 これまで夕子にとって、当たり前だった世界。

 幽霊たちは生者に認識されないまま、この世界に存在している。

 そしてそれは、男女関係なくいた。

 それが当たり前で、品沢に聞いたこともなかった。

 しかしそう言えば確かに、品沢が紹介してくる幽霊は皆男だった。

 今目の前で繰り広げられている光景に、品沢の説を信じるしかないような気がした。


「でも、どうしてそんなことに」


「それはわしにも分からんさ。ただ理由はどうあれ、わしら男は奈緒ちゃんたちを認識できない。そしてそれは、彼女たちも同じようだ」


「……」


 異性を認識できない。それが幽霊の世界のルール。

 そう思うと、彼らの世界が無駄に理不尽だと思ってしまった。

 神様、でいいのかな。どうして神様は、彼らにこんな摂理(ことわり)を課したのだろう。

 未練を晴らしたいと願い、成仏を拒んだにも関わらず。それを成し遂げる力も与えられず、彷徨(さまよ)い続けるしかない彼ら。

 衣食住、全ての自由を奪われ、三大欲求も否定された彼ら。

 その上、異性の存在すら認識できないだなんて。

 彼らが何をしたって言うの? 彼らはただ、未練を晴らしたいだけなんだよ?

 こんなの辛すぎる、酷すぎる。そう思った。


「まあなんだ、そうでもしないと、街のあちこちで淫ら極まりない行為をおっぱじめる、そんなやつだらけになっちまうからな」


 陰りを宿した夕子の瞳に気づき、品沢がそうおどけて笑う。


「わしら幽霊は知っての通り、とにかく暇なんだ。そんなわしらの前に女がいたら、おっぱじめるしかないだろうよ。はっはっは」


 品沢は自分を気遣い、あえて下品な例えで元気づけようとしている。そう理解し。

 夕子は小さく息を吐き、無理やり表情を取り繕った。


「品沢さん。忘れてるかもしれませんけど、これでも私、女なんです。もう少し表現に気を付けてもらえません? と言うか不潔です」


「はははっ、不潔ときたか。すまないねお嬢ちゃん。長年男ばかりの中にいると、どうしてもこう、下品になってしまうんだ」


「下品なのは、お仲間の中だけでお願いしますね。高校生の女の子もいる訳ですし」


「いやいやすまない。勘弁してくれ」


「ふふっ。じゃあ仲直りのしるしに煙草、ご一緒してもらえますか?」


「ああ、勿論だ。その言葉、待ってたよ」


 そう言って陽気に微笑み、夕子の後に続いた。


「奈緒ちゃんも一緒にどうかな。ちょっと外に出るんだけど」


「あ、はい! お供します!」


 その言葉に微笑み、夕子は喫煙所に向かった。





「ふううっ、うまい……」


 品沢が満足そうにつぶやく。

 夕子も煙草に火をつけ、白い息を吐いた。


「……」


 そんな夕子を奈緒が見つめる。視線は興味津々だった。


「ひょっとして、奈緒ちゃんも吸いたいの?」


 奈緒の強い視線を感じ、夕子が聞く。


「あ、いえいえ。私、未成年ですから」


「それは見れば分かるんだけど……その姿になって、まだ半年だったっけ」


「はい。天に召されて半年です」


 そう言って無邪気に笑う。しかし、その笑みには陰りがあると思った。

 だが、それを口にするのは傲慢だ。今日出会ったばかりの彼女に対し、それは不躾(ぶしつけ)すぎる、そう思った。


「奈緒ちゃんは何歳(いくつ)なのかな」


「16歳です」


「そっかぁ。一番いい時だよね」


「夕子さんが16歳の時は、そうだったんですか?」


「私? うーん、どうだろう……正直よく覚えてないかな。私はほら、こうしてあなたたちが見えるから、見えない人たちとうまく付き合うことができなかったんだよね。ただ、みんなはキラキラしてたかな。未来に希望を持っていて、いつも楽しそうにしてた」


「そうなんですね。まあ私も、それなりには楽しかったですよ。色んなことに興味もありましたし」


 やはり何かある。そう思い、白い息を吐いた。


「煙草にしてもそうですね。吸ってる人はみんな、本当においしそうに吸ってます。これだけ体に悪いって言われてて、お金もバカにならなくて。その上喫煙者ってだけで白い目で見られる時代なのに、みんなおいしそうに吸ってます。だから私も20歳になったら、一度吸ってみたいと思ってました」


「その一本が、それからの人生に暗い影を落とすんだけどね」


「そうなんですか? 今の夕子さんの言葉、妙に説得力ありますね。実体験なんでしょうか」


「どうだろう、ふふっ」


「でも……そうですね。夕子さん、あと4年経ったら、私も20歳になります」


 幽霊なのに、年齢を気にするんだ。

 でも奈緒ちゃん。4年後もあなたの姿はそのままなんだよ、そう思った。


「だから夕子さん。その時に煙草、もらってもいいですか?」


 夕子は穏やかに微笑み、うなずいた。


「じゃあその時、奈緒ちゃんの20歳のお祝いもしちゃおう」


「本当ですかー。あはははっ、すっごく楽しみですー」





 品沢に奈緒の言葉は届かない。しかし品沢は夕子の言葉から、おおよその内容を察していた。

 そして、同性相手だとこんな表情をするんだな、そう思い、満足そうに微笑んだ。





 幽霊は異性を認識できない。

 この日夕子は、衝撃的な摂理(ことわり)を知った。

 しかし彼女は、どちらの存在も認識することができる。

 自分にしかできないことが、またひとつ増えたのかもしれない。

 そう思い、表情を引き締めたのだった。




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