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幽霊さん。今日もお話聞かせてください  作者: 栗須帳(くりす・とばり)
第2章 死者と紡ぐ日常

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017 東城奈緒

 


 その幽霊は、夕子に気づくとその場に立ちすくんだ。

 目には動揺、恐怖が見てとれる。

 死者と目を合わせる生者。そのことに混乱しているようだった。


「……」


 夕子が会釈する。そのことにまた、その幽霊が動揺する。

 認識できるだけでなく、挨拶してくる生者。女子高生は辺りを見渡し、やはり自分にされたのだと理解し、慌てて頭を下げた後、走り去っていった。


「嘘……」


 夕子が驚きの声を漏らす。

 それは、女子高生の行動に対してではなかった。自分に対してのものだった。


 自分から幽霊と接触した。


 認識できると理解したあの日以来、絶対しないと決めていた、ある意味朝霧夕子という存在を認める上での不文律。それを今、私は破ったのだ。

 そう思った時、自分が思っている以上に変わりつつあることを自覚した。

 そしてその瞬間、体の中に熱い何かがみなぎってくるのを感じた。


 ――心地いい感覚。


 夕子が施設の扉に手をかける。


「あの子……また会えたらいいのにな」


 そうつぶやき、微笑んだ。





 その日の休憩時間。

 一階に降りると、背後から声がした。


「あ、あの……すいません、少しいいでしょうか」


 声に振り返ると、そこには落ち着かない様子で立っている、あの女子高生の姿があった。


「あなた、さっきの」


「やっぱり……私のこと、見えるんですね」


「ええ、ちゃんと見えてますよ。ようこそ喫茶『ゆめ』へ、可愛い女子高生さん」


 そう言って微笑むと、女子高生は安堵の息を吐き、頭を下げた。


「はじめまして。東城奈緒(とうじょう・なお)です」


「はじめまして、朝霧夕子です。よろしくお願いします」





 休憩室に入ると、既に品沢が来ていた。

 夕子に気づくと穏やかな笑みを浮かべ、手を上げる。


「こんばんは、お嬢ちゃん」


「品沢さん、こんばんは。今日はお一人なんですね」


「ああ、そうなんだ。最近、なかなかお嬢ちゃんと二人きりになる機会がないんでね。たまにはわしに譲れ、そう言って遠慮させたんだ」


「ふふっ、なんですかそれ。でも品沢さん、残念ですけど、今夜はもう一人お客さんが来てるんですよ」


「そうなのか? わしの頼みが聞けんとは、どこの無礼者だ」


 そう言って笑い、夕子の後ろに視線を移す。


「可愛いお客様ですよ」


 夕子が一歩右に動くと、後ろに隠れていた奈緒が現れた。


「どうです品沢さん。可愛いでしょ?」


 そう言って、意地悪そうな笑みを浮かべる。

 しかし、品沢の反応は夕子の予想と違っていた。


「……お嬢ちゃん。どこにいるんだい?」


「え……? 何言ってるんです品沢さん、ここにいるじゃないですか」


 ふざけているように見えない品沢に、夕子が首を傾(かし)げる。そんな夕子に奈緒が尋ねた。


「あの、その……夕子さん、ここに誰かいるんですか?」


「え……」


 品沢と奈緒が、互いを認識できず空を見つめている。

 夕子は混乱した。


 これって……どういうこと?





「……」


 品沢と奈緒、二人にコーヒーを淹れ、「どうぞお納めください」そうつぶやく。

 そして椅子に座り、自分もコーヒーに口をつけた。


「おいしい……私、この姿になって初めて何かを口にできました。夕子さん、ありがとうございます」


 奈緒が満足そうに微笑む。

 そんな奈緒に困惑の表情を浮かべ、品沢に視線を移す。


「要するに……今その場所に、わしに認識できない幽霊がいるんだね」


「は、はい……品沢さん、本当に見えないんですよね」


「ああ、間違いない。こんなこと初めてで、わしも少し混乱してるよ」


「私もです……」


 状況が理解できず、夕子がため息をつく。そんな夕子に奈緒の表情から笑みが消え、申し訳なさそうに肩をすくめた。


「すいません、夕子さん……なんだか私、ややこしい状況を持ち込んだみたいですね」


「ああいえ、奈緒ちゃんが落ち込むことはないんだよ。ただ……どうしてこんなことになってるのか、理解が追い付かないというか」


「お嬢ちゃん。そこにいる、その……奈緒ちゃん、だったね。彼女に確認したいことがあるんだが、聞いてもらってもいいかな」


 品沢が真面目な顔でそう言い、咳払いをした。


「分かりました、私が伝えます。奈緒ちゃん、今そこにいる幽霊さん、品沢さんがね、奈緒ちゃんに聞きたいことがあるみたいなの。いいかな」


「は、はい、大丈夫です」


「かまわないそうですよ、品沢さん」


「ありがとう。じゃあ聞いてもらえるかな。奈緒ちゃんはこれまで、他の幽霊に会ったことはあるのかな」


「奈緒ちゃん。奈緒ちゃんは他の幽霊さんに会ったことはある?」


「あ、はい。この姿になってまだ半年ほどですけど、何人かと交流させてもらってます」


「あるそうですよ。何人か懇意にしてる人もいるそうです」


「それは……女性かな」


「奈緒ちゃんのお友達って、女の人?」


「はい、そうです」




 * * *


「この街に女の幽霊は、結構いるのかな」


「そうですね。お友達は何人かいますけど、それ以外にも結構いますね」


「男はどうだろう。会ったことはあるかい?」


「そう言えば……まだお会いしたことはありませんね。この街に男性はいないのかなって、最初の頃はよく思ってました。品沢さんの言い方だと、男の人もいるんですか?」


「ああ。結構な数の男、いるよ」


「ええっ、そうなんですか? じゃあどうして私、会ったことがないんだろう」


「女性だけのコミュニティがあって、君もそこで暮らしているとか」


「そんなことはないですよ。基本自由にしてますし、半年でこの街は、隅々まで足を踏み入れたと思います」


「なるほどね……」


 * * *




「ありがとう、お嬢ちゃん。色々腑に落ちたよ」


「あの、結局どういうことなんでしょう。品沢さんと奈緒ちゃんは、互いに認識できてません。それがどういうことなのか、分かったということですか」


「ああ。ある意味、長年の疑問が解消された気がするよ」


「それってどういう」


 小さく息を吐き、品沢が静かに口を開いた。


「お嬢ちゃん。どうやらわしら幽霊は、異性を認識できないようだ」




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