表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幽霊さん。今日もお話聞かせてください  作者: 栗須帳(くりす・とばり)
第2章 死者と紡ぐ日常

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

16/62

016 真面目という名の鎖

 


 高坂(こうさか)の件以降。

 夕子の中に、これまで感じたことのなかった感覚が生まれていた。


 ――私は変わるべきなのだろうか。


 異能の力を自覚したあの日から、他人と距離を取る生き方を貫いていた。

 どうせ傷つくだけだ。

 そんなネガティブな感情を抱き続けていた。

 しかし高坂の家を訪れた時、思った。

 高坂は自分に、全てを託してくれた。

 自分を信じてくれた。

 だからこそ未練を晴らし、輪廻の世界に戻ることができたのだ。


 あの時に感じた、不思議な感覚。

 人を信じ、関わるという生き方。実はそれは、居心地のいいものなのではないか。そう思った。


 勿論、生者に心を許すのは怖い。

 心を許すとは即ち、心に秘めたものをさらけ出すということだ。

 そしてそれを拒絶してる以上、友達と呼べる存在ができることはない。

 彼女はそう思い、これまで孤独に生きてきた。

 それが品沢たちと出会ったことで。自分にしかできないことがあると自覚して。

 葛藤した。

 死者となら、心を通わせることができるのではないか。

 そう思うと、自分の生き方自体、見つめなおすべきなんだろうか、そう自問した。


 そんな夕子に、ある時品沢が言った。


「お嬢ちゃんは、なんと言うか……ははっ、本当に真面目だね。自分が信じる正しい生き方、それを貫いている。いや、縛られてると言うべきか」


「どういうことですか?」


「もっと気楽でいいということだよ。お嬢ちゃんは言ったね。隠しごとをしてる時点で、その人を信じてないのと同じなんだと。でもね、お嬢ちゃん。そんな清廉潔白な生き方をしてるやつが、この世界にどれだけいると思う? 少なくとも、わしはそんなやつに出会ったことがない」


「……」


「もっと肩の力を抜いて、適当に生きることを覚えた方がいいと思う。まあ、それが若さってものなのかもしれないがね」


「隠しごとをしたままで、信頼関係が成立するんでしょうか」


「親兄弟、夫婦。友人、恋人。どんな関係にだって隠しごとのひとつやふたつ、あると思うよ」


「……それでいいんでしょうか」


「じゃあお嬢ちゃんは人に聞かれたら、昨日何回おならをしたか正直に教えられるのかい?」


「なっ……」


 品沢の言葉に、夕子が顔を真っ赤にして狼狽(うろた)えた。


「はははっ、そういうことだよ」


「それは……少し例えが変な気もしますが……ああでも、なんだか納得してしまいました」


「だろ? 隠しごとを全てなくすってのは、極論だがそういうことなんだ」


 そう言って笑った品沢に、夕子もつられて微笑んだ。


「それからお嬢ちゃん、あとひとつ言っておきたいんだが」


「何でしょうか」


「真面目すぎることは、自分自身を壊すことでもある。そのことは理解しておいた方がいい」


「……」


「お嬢ちゃんは今、介護の仕事をしている。それを例えにした方が分かりやすいかな。この仕事、真面目なやつから潰れていく。適当にガス抜きして、深く考えないやつの方が長続きする」


 そう言われ、これまでの介護生活を振り返り思った。

 確かにそうだ。優しく誠実で、いつも利用者に真正面から向き合う人。そういう人から辞めていっている。


「何事も適当でいいんだよ。お嬢ちゃんは納得いかないかもしれないが、適当であるからこそ、心に空きができる。余裕が生まれる。それは決して、悪いことではないんだ」


「そういうもの……なんでしょうか」


「まあ、これはわしの意見だ。従う必要もない。お嬢ちゃんはお嬢ちゃんの経験の中で、これだという生き方を見つければいい」


「そう……ですよね」


「お嬢ちゃんは今、葛藤している。高坂のことが、そのきっかけになったんだろう。そしてお嬢ちゃんはあの日、決意した。わしらの成仏、その手助けをしてみたいと」


「具体的にどうするべきか、全然考えてないんですけどね」


「それでいいんだよ。そして、その決意に縛られる必要もない。いつ辞めたってかまわないんだ」


「……」


「だからね、お嬢ちゃん。お嬢ちゃんは今、変わるべきか悩んでる」


「はい」


「変わればいいんじゃないか? 自分がそう思ったのなら、その気持ちに正直になればいい」


「変わるべきと言うか、変わりたいんです、私は」


 その瞳の力に微笑む。


「その一歩として、人との関わり方を変えていくべきか、お嬢ちゃんは悩んでる。わしからすれば、そう悩むだけでもう、それは変化だと思う。成長だと思うよ」


「でも、どうすればいいのか分からなくて」


「お嬢ちゃんはひとつのことを成そうとする時、自分でたくさんの縛りを作ってる。まるで、できなかった時の言い訳をあらかじめ作ってるみたいにね」


 その言葉にはっとした。そう思ったことなどなかった。しかしそれは、核心を突かれているように感じた。


「……少し意地悪な言い方だったね。すまない」


「……」


「誰だって、新しい一歩を踏み出すのは怖い。だから人は、その前に色々とできない理由を探す。こうだから自分はできないんだ、こうだったらできるのに。自分のせいじゃない、できない環境が悪いんだと」


 品沢の言葉に、自分の胸の内を見透かされているような気持ちになった。

 羞恥で顔が熱くなる。


「だから最初に言ったんだ。真面目すぎるってね」


「でもそれ、誉め言葉じゃないですよね」


「誉め言葉にするかどうかは、お嬢ちゃんが決めればいい。とにかくだ。お嬢ちゃんは今、変わろうとしてる。そしてそれは、そう思うだけで尊いってことだ」


 ははっと笑い、品沢が煙草を口にした。





 自分の中で、何かが変わろうとしている。

 そしてそのきっかけが、目の前の品沢さんたち、幽霊さんなんだ。

 そう思うと、自分でもおかしくなった。

 笑えてきた。

 そして笑った時、少し肩の力が抜けたような気がした。

 言葉の力ってすごいんだな。言霊(ことだま)、だったっけ。

 品沢さんの言葉ひとつで、心がこんなに軽くなるんだ。そう思い、嬉しくなった。


 変わろうと決意したその日から、世界の景色が変わった。

 口にする言葉ひとつ、瞳に宿る光。そのどれもが力強かった。

 そんな夕子の変化に、あの頭を悩ませている利用者、安城(あんじょう)カスミですら動揺しているように思えた。





「あ……初めて見る人だ」


 出勤前。

 施設に入ろうとした夕子の目に、一人の女子高生の姿が映った。


 力なく路を歩く、制服姿の少女。

 彼女もまた、幽霊だった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ