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幽霊さん。今日もお話聞かせてください  作者: 栗須帳(くりす・とばり)
第2章 死者と紡ぐ日常

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015 決意

 


「無事に終わったかい?」


 帰り道。

 堤防に差し掛かったところで、品沢が声をかけてきた。


「品沢さん。様子を見に来てくれたんですか」


「はははっ、嘘でもこいつらのまとめ役だからね。どうなったのかも含めて、見届けるのは当然だよ。とにかくお疲れだったね、お嬢ちゃん。

 それでどうだったんだい? うまくいったのかな」


「はい、何とかお伝えすることができました」


「そうかそうか、それはよかった」


 品沢が微笑み、満足そうにうなずく。


「いえいえ品沢さん、何とか、どころじゃありませんよ。夕子さんは僕の為、妻と息子に必死に向き合ってくれました。おかげで心残りを果たすことができて、僕は本当に満足です。

 夕子さん、そして夕子さんを紹介してくれた品沢さんに、心から感謝してます」


「そうか。よかったな、高坂(こうさか)


「はい。本当にありがとうございました」


 品沢が差し出す手を、高坂が固く握りしめる。

 二人とも、笑顔でうなずきあった。


 そして、しばらくして。


 品沢が少し寂し気な表情を浮かべ、つぶやいた。


「じゃあ……お別れだな、高坂」


「え……」


 その言葉に、夕子が慌てて高坂を見る。

 そして呆然とした。


「……」


 高坂の体を、まばゆい光の粒が包んでいたのだ。


「この光は……なんですか……」


 混乱する夕子に向かい、高坂が頭を下げる。


「夕子さん。僕はこの7年、この日のことを考えて彷徨(さまよ)ってました。僕はこの日の為だけに、この世界にとどまる決意をしたんです。

 品沢さんと出会い、夕子さんに出会えたおかげで……僕の思いは報われました。本当にありがとうございました」


 晴れ晴れとした笑みを浮かべる。


「夕子さん。あなたはご自分が思ってるより、ずっと素晴らしい方です。あなたのように僕たちが見える人がいたとしても、ここまで僕たちに寄り添い、力になろうとしてくれる人はいないと思います。

 僕たちはこの世界の異物で、関わっても碌なことにはなりません。それなのにあなたは、僕の為に行動してくれました。

 夕子さんは今、職場でも大変な状況に陥っています。そんな状況にも関わらず、僕に力を貸してくれました。そんなあなたは、僕にとって誇りです」


 少しずつ、高坂の体が消えていく。


「あなたに出会えてよかった。いつもコーヒー、ありがとうございました」


 どこまでも穏やかな笑みで、夕子を見つめる。


「僕にできることはもう、何もありません。ですから向こうの世界から、あなたの幸せを願ってます。

 夕子さん、幸せになってくださいね。きっとですよ」


 突然すぎる別れに、夕子が混乱する。

 品沢は高坂を見つめ、口元を引き締めて。

 小さくうなずいた。


「では……輪廻の中で再び出会えること、楽しみにしてます。それまでどうか、お達者で」


 その言葉を最後に。

 高坂は静かに消えていった。





「……」


 品沢が空を見上げ、「あの世でも元気でな」そうつぶやいた。

 しばらく呆然としていた夕子だったが、やがて我に返ると品沢を見つめ、声を震わせた。


「品沢さん、今のって……高坂さん、成仏されたってことですか」


「そうだね。わしら幽霊は、強烈な未練を胸にこの世界にとどまっている。その未練が晴れたんだ。これ以上、この世界に存在する理由がない」


「そんな……じゃあ私は、高坂さんがもう一度死ぬ手助けをしたってことですか」


 混乱した表情でうつむく。

 品沢は微笑み、静かに首を振った。


「お嬢ちゃん、間違ってるよ。二度目の死じゃない、成仏だ」


「同じじゃないですか」


「いいや、全然違うよ」


 そう言って照れ臭そうに笑い、身振りで煙草をねだった。

 そして供えてもらうと口をつけ、満足そうに白い息を吐いた。


「……わしら幽霊は、存在そのものが出鱈目なんだ。ここは生者の世界、本来わしらは存在するべきじゃないんだ」


「……」


「だが、どうしてもやり遂げたいことがあって、未練たらしくこの世界にとどまっている。それは世界の摂理に反した行為、ただの我儘なんだ」


「そんなこと……」


「事実、お嬢ちゃんはわしらが見えることで、これまで辛い目にあってきたんだろ?」


 そう言われ、孤独だった日々を思い出す。しかし慌てて首を振った。


「それとこれとは」


「同じだよ。そしてそれでいいんだ。お嬢ちゃんも知ってるだろ? わしらは誰からも認識されず、ただそこに存在してるだけなんだ。お嬢ちゃんの力を借りなければ、こうして煙草を吸うこともできない、そんな無力な存在なんだ。それがどうしてか分かるかい? この世界が生者のものだからだ。

 言ってみればわしらは、摂理に背いて居座ってる厄介者なんだ。そして……これは魂の本能なんだろうね、勝手にとどまってる癖にこう思ってる。早く向こうの世界に戻りたいと」


「……」


「でも残念なことに、自分の力ではどうすることもできない。未練を晴らせるやつなんて、ほとんどいない」


 世界から存在を否定された彼らに、未練を晴らす術はない。現に今回の依頼にしても、高坂一人では叶えられなかっただろう。

 それは彼が死者で、誰からも認識されないからだ。

 そんな彼らの無念さを思い、夕子がため息を吐いた。


「だが心残りが消えれば、今の高坂のように正常な輪廻の世界に戻ることができる。お嬢ちゃんは今日、その正しいことをしてくれたんだ。

 いいかいお嬢ちゃん。高坂は死んだんじゃない。お嬢ちゃんのおかげで、本来あるべき世界に戻ったんだ。

 そのことを悔やまなくていい。哀しむ必要もない。喜んでほしい、誇ってほしい」


 そう言って、声を上げて笑った。


「……」


 そんな品沢を見つめ、夕子の思考が少しずつ落ち着いていく。

 そして思った。


 品沢さんの言葉から、嘘は感じられない。高坂さんも、満足そうに消えていった。

 私は正しいことをしたの?

 そしてそれは、幽霊さんたちが望んでることなの?

 私は品沢さんたちのことが好きだ。できることなら、これからも関係を続けていきたい。

 でも、それは私の我儘なんだろうか。

 そうではなく、彼らが心から望んでいること。

 未練を晴らし、輪廻の世界に戻る手助けをするべきなんだろうか。

 もしかしたら。

 私だけが彼らを認識できる理由。それにはそういう意味があるのだろうか。

 それこそが、私の使命なんじゃないだろうか。


 高坂が消えた現実。異能の意味。

 これまで出会った、たくさんの死者たちの思い。

 様々な思いが脳裏を巡り、うつむいた。


 ――頭がパンクしそうだ。


 そう思い、苦笑した。


「……お嬢ちゃん?」


 そんな夕子を怪訝そうに見つめ、品沢が声をかける。

 夕子はもう一度息を吐き、顔を上げた。

 どこか、晴れ晴れとした表情を浮かべて。


「分かりました。正直まだ混乱してますし、高坂さんとお別れして寂しいです。でも……

 もしこれが、私に与えられた役目なんだとしたら……受け入れたいと思います」


 夕日に染まる川を見つめる。その瞳が力強く輝いている、そう感じ、品沢が微笑んだ。


「品沢さん」


「なんだい、お嬢ちゃん」


「これって、すごくデリケートな問題だと思います。私から踏み込んでいいことじゃないと思います。でももし高坂さんのように、未練を晴らしたい幽霊さんがいらっしゃるなら……私のこと、伝えてもらえますか」


「力になってくれる、そういうことかな」


「何もできないこともあると思います。でも、みなさんの力になりたいです」


「ははっ、流石だねお嬢ちゃん。わしらの存在を受け入れるだけじゃなく、わしらの未練まで晴らそうとしてくれる。高坂じゃないがお嬢ちゃん、あんた本当にいい女だよ。最高だ」


 そう言って笑い、煙を吐いた。

 夕子は照れくさそうに頬を染め、今日一番の笑顔を向けた。




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