014 家族の絆
夏織の先導で、高坂の部屋に入る。
部屋は生前の状態のまま、夏織が残していた。
机の上に、埃ひとつない。その状態からも、夏織が今も高坂を大切に思っていることが分かった。
「何度か大掃除をしてますけど、主人のタンス預金になんて、全く気づきませんでした」
その言葉に笑みで返し、夕子が押し入れの中を確認したいと告げた。
「中は何度も見ていますが、そういったものはなかったと思うんですが」
「お母様。申し訳ありませんが、この辺りの段ボール、少し移動してもよろしいでしょうか」
夕子の言葉に、卓也が夏織より先に答えた。
「分かりました。朝霧さんも母さんも、ちょっと下がってもらっていいですか? こういうのは男の仕事だから」
そう言って段ボールを出していく。中の荷物は軽いものばかりで、すぐに出すことができた。
「……」
夕子が押し入れに近づき、床に手をやる。
「え……」
「嘘、そんなことに……」
床と壁に面したところにあった、古びた紐。それを引くと、床の下から小さなスペースが現れた。
「この家に越してきた時、見つけたそうです。おそらく前の住人が作ったんだろう、そう高坂さんが言っていたそうです」
そう言って微笑み、中から少し大きめの箱を取り出した。
「……これですね、きっと」
その場に腰を下ろし、三人が箱を見つめる。夕子は卓也の前に差し出すと、開けるよう促した。
「でも……俺……」
父が亡くなって7年。ずっと寂しい思いをしてきた。
その父が自分に残した遺品が今、目の前にある。卓也は様々な感情を瞳に宿し、不安そうに夏織を見つめた。
そんな卓也に穏やかな笑みを浮かべ、夏織がうなずく。
「これはお父さんが、あなたの為に残したものよ。開けてみなさい」
「う、うん……」
卓也はそうつぶやき、恐る恐る箱に手をやった。
「……」
中には、輪ゴムで束ねられた紙幣が何束も入っていた。500円玉もかなりある。
その状態からも、高坂が少しでも卓也に残そうと、事あるごとに入れていたことが分かった。
札束は1万円札、5000円札、1000円札と綺麗に分けられていた。ざっと見てもその金額、数百万にのぼっていた。
「高坂さん、独身時代に貯めていたお金も、ここに入れていたそうです。目標は1千万円、そう父に笑って言っていたらしいです」
その箱を見つめる卓也の目に、涙があふれてきた。
「お父さんは本当に、卓也さんのことが大切だったんだと思いますよ。そうでなければこんなこと、決してしないと思います」
卓也は何度もうなずき、肩を震わせた。そんな卓也の手を、夏織がそっと握る。
「あなたが生まれた時、お父さんは本当に喜んでいたわ。こいつには絶対幸せになってもらう。そして成人した時、一緒に酒を酌み交わすんだ、そう言ってたの。今は18歳が成人だけど、昔は20歳だった。きっとお父さん、今日あなたにこれを渡して、一緒にお酒を飲みたかったんだと思うわ」
「うん……うん……」
「よかったわね、卓也。お父さんがいなくなって、あなたには随分寂しい思いをさせてしまった。男同士でないと話せない悩みなんかも、いっぱいあったと思う。いつも悪いと思ってた」
「……そんなこと……」
「でもね、卓也。あなたは一人じゃなかった。あなたのお父さんは、死んでからもあなたを思い、見守っていた。こんなに愛される息子、そんなにいないと思うわよ」
話しながら、夏織の頬にも涙が伝った。
二人を見つめながら、夕子は無事依頼を果たすことができた、そう安堵し、小さく息を吐いた。
なんだろう、この気持ち。
今、胸の中がとても熱い。
これはどうして?
振り返ると、高坂も泣いていた。
今、この小さな部屋で。
家族三人が泣き、笑っている。
その様に、夕子の目頭も熱くなった。
決意してよかった。行動してよかった。
私は今、大切な仲間の力になることができたんだ。そう思った。
微笑むと、涙が一筋頬を伝った。
「本当にありがとうございました」
玄関先で、夏織と卓也が頭を下げる。
「私こそ、いきなりお邪魔しまして、失礼いたしました」
「とんでもありません。朝霧さんは私たちに、最高の贈り物をしてくださったんです」
「いえ、それは高坂さんからの贈り物で」
「お金のことではありませんよ」
そう言って夏織が微笑む。
「朝霧さんが届けてくださったもの。それはあの人の思いなんです」
その言葉に、夕子の感情が揺さぶられた。
「朝霧さん。父との約束、果たしてくださってありがとうございました。いきなりこんな大金が入って、正直まだ混乱してます。でも、これが父の気持ちだと思うと、簡単に使う気にはなりません。このお金をどう生かしていくかは、これから母と、ゆっくり相談していこうと思います」
「そうですね、それがいいと思います。あ、それから……遅れてしまいましたが卓也さん、お誕生日おめでとうございます」
「ありがとうございます、朝霧さん」
「これから色々あると思います。社会に入ってからも、辛いことがいっぱいあると思います。でもどうか、挫けずに頑張ってください。そして幸せになってください。それがお父さんの願いなんですから」
「はい、頑張ります」
「では、失礼いたします」
そう言って頭を下げ、家を後にする。
その時、夏織が再び声をかけてきた。
「朝霧さん」
「は、はい、なんでしょう」
夕子の前に立った夏織が、卓也に聞こえないよう、耳元で囁く。
「主人の言葉、届けてくださってありがとうございました」
「いえ、私はただ、私の父との約束を」
「いいんですよ、分かってますから」
「え……」
夕子の表情が強張る。
そんな夕子を見つめ、夏織が微笑んだ。
「朝霧さんのお父さんと主人が友達。それってその、作り話ですよね」
その言葉に、頭が真っ白になった。
「どうして……」
「ふふっ、やっぱり。うちの主人、外食が苦手だったんですよ」
「……」
「潔癖症、って言ったらいいんでしょうか。どこの誰が口をつけたか分からない食器で食べるのは嫌だ。そういうのが許せるのは家族だけ、いつもそう言ってたんです。ですのでお話を聞いていて、ずっと違和感があったんです」
そう言われて、休憩室でコーヒーを飲む時、高坂がいつも紙コップを希望していたことを思いだした。
「でしたら、どうして私の話を」
「嘘をついてまで、主人の遺言を届けにきてくれた。突然他人の家に来ることになって、不安だったと思います。それでもあなたは来てくれました。邪な気持ちがあるなんて、とても思えなかったんです」
そう言って微笑み、夕子の周りに視線を向けた。
「あの人……今もいるんですか?」
全身の血が、一気に冷たくなった。
「……それはどういう……」
「ああいえ、なんとなくそんな気がしただけです。私の中で、朝霧さんが主人に頼まれてここに来た、そんなストーリーが浮かんだものですから。もしそうなら、これって一本の映画みたいじゃないですか? 困ったものですね、映画好きの妄想というのも。ふふっ」
夕子は混乱し、狼狽した。
そんな夕子の手を、夏織が握る。
「詳しいことは聞きません、安心してください。でも、本当にありがとうございました。それと、もしあの人に会うことがあるなら……あなたに出会って幸せでした、私は今も、あなたのことを愛してます、そう伝えてください」
夕子は何も言えなかった。
肩を震わせ、涙を浮かべ、うなずくことしかできなかった。
「本当に……ありがとうございました、朝霧さん」




