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幽霊さん。今日もお話聞かせてください  作者: 栗須帳(くりす・とばり)
第2章 死者と紡ぐ日常

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011 それぞれの生き様、死に様

 


 夕子の促しに、高坂(こうさか)が静かにうなずいた。


「夕子さんにこんな話、と言うかお願いをするのは、甚だ失礼で厚かましいことだと理解してます。ですが、私だけではどうすることもできなくて……本当、申し訳ありません」


 そう言って額の汗を(ぬぐ)う。

 本当、礼儀正しい人だな。そう思いながら、夕子が声をかける。


「高坂さん、そんなにかしこまらないでください。ああ、お煙草吸い終わってしまいましたね。どうですか、もう一本」


「あ、どうも……恐縮です」


 スーツ姿の男が、ジャージ姿の夕子から煙草を受け取り、何度も頭を下げる。奇妙な絵面だった。


「私には、妻と中学生の息子がいました。妻とは大学時代に出会ったのですが、恥ずかしながら、その……授かり婚でして」


 その言葉に、品沢が声を上げて笑った。


「なんだお前、そうだったのか」


「あ、はい……お恥ずかしい」


「婚前交渉ってやつか。わしらの時代には御法度だったぞ」


「品沢さん……一体いつの時代の方なんですか」


「なんだ? お嬢ちゃんは気にならんのか? おいおい、ひょっとして今はそれが普通なのか?」


「普通って言うか……逆に結婚までそういうことをしない男女の方が、珍しいと思いますよ」


「そうなのか? 今日一番の驚きだぞ。いやはや、文化の移り変わりは激しいんだな」


 腕を組み、難しそうな顔をする品沢に苦笑しながら、高坂に続きを促した。


「それからは怒涛の展開でした。互いの両親に報告し、結婚を認めてもらい、お腹が目立つ前にと式を挙げて、新居での生活が始まりました。そうこうしている内に息子が生まれて……本当に目まぐるしかったです。ですが、私は幸せでした。よくできた妻とかわいい息子に囲まれて、私はこの幸せを何としても守っていきたい、そう決意をしたものです」


 嬉しそうに語る高坂を見て、夕子も思わず微笑んだ。

 しかし、そんな高坂の表情が曇っていった。


「お世辞にも私は、いい夫とは言えませんでした。仕事は営業職だったのですが」


 高坂のスーツ姿に、夕子が納得する。


「とにかく妻と息子の為、必死になって働きました。少しでも成績を上げて、安定した生活を二人に送ってもらいたい、その一心でした。そんなある日」


 そう言って煙草に口をつけ、白い息をため息と一緒に吐き出した。


「取引先に向かう途中のことでした。突然意識を失って倒れてしまい、病院に運び込まれて……そのまま人生を終えることになったんです」


 煙草を消し、自虐的に微笑む。


「自分で言うのは恥ずかしいのですが、俗に言う過労死、ということになったらしいです。確かにあの頃は毎日終電帰り、休日も当たり前のように働いてました。いつも妻に心配されていたのですが、この生活を守る為だと言って、私は聞き入れませんでした。それが原因で、喧嘩になったりもしたのですが……その結果、こういうことになってしまった訳でして」


 ははっ、と乾いた笑いが漏れる。

 そんな高坂にかける言葉が見つからず、夕子が目を伏せる。

 その様子に気づき、高坂が慌てて声をかけた。


「ああいや、夕子さんが落ち込む必要はないですよ。これはあくまで、私の自業自得。妻や周囲の言葉も聞かず、頑なになって働き続けた結果なんです」


「そうだぞお嬢ちゃん。まあなんだ、わしらは幽霊、みんな死んだ存在だ。その死にだって、それぞれのドラマがある。間違いと後悔だらけの死に様なんだ」


「……品沢さん。それ、何のフォローにもなってませんよ」


「そうか? うはははははっ」


 品沢の気遣いに夕子は顔を上げ、小さくうなずいた。

 彼の言う通り、人それぞれにドラマがある。そして幽霊たちは、私たちがまだ経験していない「死」を経験している。

 人にとってそのイベントは、何よりも重く大きいものだ。決して後戻りできない、人生最後のイベントなのだから。

 だが、品沢たちのようにこの世界にとどまり、その続きを望んでいる者がいる。

 そう思うと生者として、友人として。力になりたいと思った。


「それで、ご家族の方とはそれ以降」


「ああいえ、家族の様子は定期的に見ています」


「そうなんですか?」


「ええ。有難いことに、私たちの家はこの街にあります。持ち家ですし、引っ越しする様子もありません。ですので、いつでも会うことはできるんです」


「と言うことは、それからずっと、奥様と息子さんを見守られているんですね」


「ええ。本当、私は幸運でした。石川さんを始め、同志の多くは別の街の方で、たまたまこの街で亡くなられています。あの人たちは私のように、ご家族に会うこともできませんから」


 高坂の言葉に、野球のユニフォーム姿の石川が浮かぶ。彼は休日、野球の試合でこの街に来ていた。そして試合後、帰り道に事故にあったのだった。


「そうですね……」


「まあ、石川のやつは年に一度、嫁に会えてるんだがな」


 夕子の表情を察し、品沢が言葉を挟む。


「年に一度、やつの命日には欠かさずこの街に来て、事故の現場に花を置いている。本当、やつには勿体ない、いい嫁だ」


 そう言って笑う。その言葉に安堵した。


「本当、みなさんはすごいです。強い思い、後悔をもってこの世界に踏みとどまっているのに、私みたいに不幸自慢をすることもないのですから」


「いやいや。現実世界で頑張って生きている、それだけで十分立派だと思うよ」


 3本目の煙草を手に取り、品沢がにんまりと笑った。


「おい高坂。お嬢ちゃんの休憩、そろそろ終わっちまうぞ。本題に入った方がいいんじゃないか?」


 品沢の言葉に、高坂が慌てて頭を下げた。


「そうでした。夕子さんがあまりに聞き上手なので、無駄話ばかりしてしまいました。すいません、貴重な休憩時間を台無しにしてしまって」


 そんな高坂に苦笑しながら、夕子が首を振った。


「そんなことないですよ。友達のいなかった私が、こうしてたくさんの方の人生に触れさせてもらえる。私にとって、この時間は何物にも代えがたい貴重なものなんです。ですが確かに、あと10分ほどで休憩時間、終わってしまいますね。高坂さん、続きをお願いします」


「……分かりました。本当、すいません」


 そう言って再び頭を下げる高坂に、夕子は微笑んだ。




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