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アスモデウスは告白したい  作者: enforcer
33/55

力対力

 「おぉー……そうかそうか……うんうん………そうだよな……」


 軽部の申し出に対して、明日野は、力無く肩を落とし、うんうんと頷いていた。

 理彩が、そんな少年を見て、ホッと胸を撫で下ろした瞬間。


 明日野は、爆発的に動いた。

 

 踏み込んだ足は地面にめり込み、人外の速さで、軽部に襲いかかったのだ。

 しかし、相手もさることながら、並みの人間ではない。

 それこそ、下級悪魔程度で在れば、千騎居ようが、平然となぎ払える熾天使。

 明日野の猛攻に、軽部は、素早く反応し、明日野を止めた。


 ガッキと組み合う大悪魔アークデーモン熾天使セラフィム

 両者がぶつかった瞬間、理沙は、激しい突風にも似た、衝撃を覚えた。


 両者は、所謂、手四つで組み合う。

 

 ただ、明日野は、右手に容器を握っているためか、軽部は、少年の手ではなく、その右手首を小さな左手で掴んでいた。

 

 ギリギリという軋み音を立てながら、両雄、もとい、雌雄は互いに譲らない。


 いい加減、業を煮やした明日野は、無理やりでも、飲ませんと、その眼を赤々と輝かせ、対面の軽部はと言うと、その眼を、金色に輝かせていた。

 ただ、凄まじいまでの力と力のぶつかり合いなのだが、その理由が、痴情のもつれと言うのは、何とも言えない話である。


 「残念だなぁ…………せっかく口移し…………してもらえると思ったのにぃ」

 「あぁ、残念だな? 悪いが、生憎と俺は咲良以外にそう言うことをする気は…………微塵も無いんでな?」


 僅かな言葉のやり取りの後、明日野の右手が、ほんの五ミリ程進む。

 しかし、次の瞬間には、明日野が、押され初めてしまった。

 

 天使と悪魔の、半ば本気のぶつかり合いに、理沙は気圧されるが、そんな少女の前には、あの老人ベルフェゴールが盾代わりに立っている事で、規格外の化け物同士が放つ闘気に飛ばされる事はなかった。

 

 「お嬢さん…………絶対にワシの後ろから出たらいかんぞい? 鼻血じゃ済まんよってにな…………」

 低い低い老人の声に、理沙は思わず、ゴクリと唾を飲んだ。


 僅かずつではあっても、均衡は崩れ、天使と悪魔には、差が現れ始める。

 あくまでも、軽部の顔からは余裕は崩れず、むしろ、優しく微笑んですらいるのだが、対する長身の明日野の顔はというと、歯を食いしばっていた。

 

 理沙は見ていた。 軽部の金髪の髪の毛の少し上に、うっすらと浮かぶ輪を。

 それは、どこかぼんやりと半透明だが、幾何学的模様を形成しつつ、優雅に、緩やかに回転をしつつも、確実に其処に在る。

 

 『ほぅら………大ちゃん…………本気出さないと……ね?』


 どこかエコーが掛かっている様に、軽部の優しい声が響く中、対する明日野は、ギシギシと、食いしばった歯を軋ませていた。


 最近の理沙は、中学の図書室にて、色々と文献を読み漁った。

 

 近所に、そして周辺に色々と現れた人達が、確実に人間かどうかは別にしろ、天使と悪魔について、色々と学んだ。

 その結果として、理沙は一つ知っている事がある。

 アスモデウスは、ガブリエルには勝てないかも知れないと言うことを。

 事実、明日野は、僅かずつとは言え確実に圧されていた。


 身長差は見るまでも無い。

 体格についても、軽部は、明日野の四分の三程度にしか見えないが、それでも、頭に輪を輝かせる天使は、目を赤く輝かせる悪魔を、じりじりと制する。


 素人眼にも関わらず、理彩にも分かった。

 軽部は、本気所ではなく、それでいて、確実に明日野を凌駕していると。


 いよいよ、明日野の膝は笑い、背は後ろへ反れ始める。

 明日野は、エコーが掛かった声で『ヌゥッ……』と唸る。

 その瞬間、軽部の頭の輪から、電球の様な形の幻が僅かに浮かび上がって、直ぐに消える。

 ソレを見た老人は、小声で「ちと、まずいかのぅ」と、呟く。


 明日野の不利を確認したのか、軽部は、嬉しげに笑った。

 『理恵ね……良いこと思い付いたよ? ねぇ、大ちゃん……それをさ、大ちゃんに飲ませたら……どうなるのかな…………』

 そんな、軽部の声に、明日野は勿論、理彩ですら目をカッと開いた。

 必死に力を込めているためか、明日野からの言葉は無い。

 『ほら…………ソレ飲むとさ、反転しちゃうんでしょ? だったらさ………わたしが、それをさ、大ちゃんに飲ませてあげる…………』

 本気がどうかは知らないが、軽部がより明日野へと覆い被さる様に力を込めた。


 キューピットの矢が、軽部に刺さった時よりも、激しく明日野の第六感が警笛を促す。

 確かに、明日野自身もまた、横耳で少女と老人の会話を聞いてはいた。

 つまり、仮に自分が飲まされた場合、どうなるのかを。

 

 力と力のぶつかり合いの最中と言えど、軽部の余裕は、微塵も崩れない。

 『ほら、大ちゃん言ったじゃない? 咲良さん以外は興味ないってさ…………ソレね、結構傷ついたよ? でもさ、ほら、反転するんでしょ?』

 優しい言葉を掛ける軽部だが、その左手は、確実に明日野の顔へと向かって行く。

 唸る以外に声すら出せずにいる明日野は、なんとか押し返そうと試みるのだが、悲しいかな、相手は最強とも噂される天使である。

 徐々に近づいて来る容器を、まるで恐ろしいモノでも見るような目で見ていた。


 このままでは、咲良への思いが、踏みにじられてしまう。

 そんな、根源的な恐怖が、明日野に力を生んだ。

 それでも、何とか拮抗しているに過ぎず、両者の顔から、どちら側が上なのか、理彩にも分かる。

 思わず、理彩は老人の肩を揺さぶる。

 

 「何とかしてあげてくださいよ! 友達なんでしょ!?」

 

 もはや、隣人の窮地ピンチを捨て置けず、理沙はベルフェゴールを揺さぶる。

 何も言おうとしない老人に、理沙は、少しだけキレた。


 「前にだって明日野が捕まったのに……誰も何もしなかったんでしょうが!? そんなんで友達って言えるんですか!?」

 

 相手の本来の立場を考えれば、実に有り得ない事である。

 見ず知らずの、たかだか人間の小娘が、七大悪魔を叱責したのだ。

 だが、意外にもかかわらず、老人は頬をポリポリと掻いた。

 「…………おやおや、やっぱり手厳しいお嬢さんじゃの…………」

 そう言うと、理沙を背後に立たせたまま、老人はゆっくりと睨みつかみ合う天使と悪魔へと、歩を進めた。

 「ええかの? お嬢さん…………何度も言うが、絶対にワシの後ろから出たらいかんぞい?」

 ベルフェゴールの優しい声に、理沙は「…………はい!」と返事を返していた。

 

 本来の立場は逆転し、飲ませるはずの軽部に、明日野は、なんとか手の中のモノを飲まされまいと、必死に抵抗を試みる。

 

 しかし、やはりと言うべきか、軽部の実力に嘘はなく、ミカエル程道具に頼りもしない。

 現在、欧州を治めているウリエルも、消息不明のラファエルすら、実は軽部は興味がない。

 金勘定にしか興味を示さない同胞など、ガブリエルとしての軽部は、既にどうとも思ってはいない。

 彼女の今の心は、目の前で苦しげに顔を歪める少年へと向けられている。

 彼を手に入れる為なら、少々の事など構ってすらいなかった。

 

 しかし、絶対無敵と言う者が、宇宙には存在しないように、絶賛男へ意識を向けまくっている軽部ですら、同じ事がいえる。

 老人は、どこか嫌らしい笑みを浮かべながら、ソッと、だが、確実に、軽部の尻を撫でたのだ。

 「いやぁ……良いもんじゃの……若い子のピーチと言うのは……」

 そんな声と共に、老人は軽部の臀部を撫でさする。

 しかしながら、それを間近で見ていた理沙は、少し当惑していた。

 現行犯で、しかも目前で痴漢と言う行為が行われている訳なのだが、ソレですら、天使を止めるためだと老人から真面目に言われれば、仕方ないとも思えるが、やはり、見ている前で直に行われていると、少し、困惑した。

 

 次の瞬間、軽部は、明日野の手を放し、横向き様に、老人を殴り飛ばした。

 

 『…………何さらすんじゃボケがぁ!?』

 

 小柄な少女とは言え、その声はドスが聞き、実に怖い。

 理沙は、老人が弾丸の様に飛んで行くのを見ていたが、ほんの少しだけ、【ザマアミロ】と【ごめんなさい】という二律背反に悩む。

 

 ともかく、無敵と歌われた天使に、格好の隙が出来た。

 後は野となれ山となれ、明日野は素早く、容器の中身を口にし、怒り心頭に隙だらけの軽部の唇を奪う。


 両者の唐突な【接吻?】を、理沙は手で顔を覆い隠してはいたが、ちゃっかりと、その指は開き、目隠しなしてはいなかった。

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