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アスモデウスは告白したい  作者: enforcer
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忙しい一日

 弾丸の如く、水平に小柄な老人が飛んでいく行くという非日常。

 さらには、急に理沙を守る盾?が消失したからか、彼女は、奇妙な感覚に苛まれていた。

 時間は引き伸ばされ、モノの動きがスローに見える。


 そう、トロンとした目つきの軽部の喉が、ゴクリと動くのを。

 付け加えうるに、些か量が多かったからか、明日野の喉もまた、ごく僅かに動いてしまう。

 気持ちばかりが焦っても、一向に身体は動いてはくれない。

 もはや、此までかと、理沙が何かに祈った瞬間。

 とろけた軽部の目が、カッと見開かれた。


 小振りな手が、明日野の襟首を掴み、グイッと軽部の細い腰が、急速に回り、明日野の腹にぶつかった。

 理沙は見ていた。

 長身の明日野が、フワリと一瞬だけ、空中まで頭を下に浮き上がり、そして、ソレはそのまま、ブォンという風切り音と共に、落ちていった。


 爆音立てて、明日野はおよそ五センチ程地面に、名の如く大の字にめり込んだ。

 軽部の背負い投げによって、叩きつけられた明日野の口からは、肺の中の酸素とともに、僅かに飲み込み掛けたモノすらも、吐き出していた。


 『ンダコラァ!? この腐れ悪魔がぁ!? たかが虫螻如きが、この理恵ガブリエル様に何してくれとんじゃあ! ボケガァ!?』

 

 その辺のヤクザも真っ青な口調で、軽部は地面にめり込む明日野を、大音量の罵声で罵る。

 ソレを間近で聞いた理沙の耳が、キーンと少し、聴覚を失うほどだった。


 とりあえず、憎い相手をぶん投げた軽部。

 プンプンと、頭から蒸気を上げながら、明日野の前から踵を返す。

 怒っているからか、老人ベルフェゴールが乗ってきた出前バイクを、えい!とばかりに蹴飛ばす。

 ガチャンという、鉄の悲鳴を交えながら、バイクは虚しく横様に倒された。


 「あー!? もー!? さいあくー!! なんなんわけよぉ!?」

 白目を向いて倒れる明日野と、未だに固まる理沙に構わず、軽部は、両手を上げながら、なにやらブツクサと喚きながら、帰って行った。

 

 怒れる天使が姿を消した頃。

 それとは反対の方角から、ヨタヨタと頬を腫らす老人が、弱々しく現れた。

 「痛ててて…………アスモデウスよ…………貸しじゃからなぁ?」

 そんな、老人の恨めしい声に、理沙は、地面の少年を見た。

 眉間に皺を寄せながら、厳めしい顔の少年。

 「あぁ…………もう二度とごめんだ…………」と、なんとも悲しげに語った。


 ヨタヨタ帰る老人だが、帰りは歩きである。

 天使の蹴りを受けた出前バイクは、何というか、くの字にひん曲がっていたからだ。

 無論、今回の礼の一環として、明日野は、老人から、バイクを修理に出すよう言いつけられた。

 勿論、明日野は、老人に感謝こそすれ、断る事はなかった。


 ギシギシと悲鳴を上げるバイクを押しながら、明日野は理沙と歩いていた。

 バイク屋、【PALE Riders】迄の道のりは長い。

 

 身体の悲鳴に耐えながら、明日野は必死に、悲鳴を上げるバイクを押す。

 辛げな少年を、理沙は、面白げに見ていた。

 「残念…………だったのかな?」

 「…………何がだ?」

 理沙の茶化す声に、あからさまに、不機嫌な明日野。

 「だってさ…………理恵ちゃん、結構明日野の事、思ってくれてたんでしょ? …………ね~、だ~いちゃん!」

 理沙の声に、明日野はズルッ足を滑らせるが、なんとか踏ん張る事で、倒れる事は回避できた。

 「良いか理沙…………それは、二度と言うでない…………アレは、幻なのだ」

 そう言うと、明日野は思い出した様に、唾をペッペッと吐く。

 「そんなに嫌わなくても良いのに…………理恵ちゃんかわいそっ」

 理沙は、彼女なりに明日野を労うが、かつて、同僚であったという、明日野自身の声を思い出す。

 自分の母は既にこの世には居ない。

 では、死んでしまった母が、何処へ行ったのか、気になってしまった。

 「…………ねぇ明日野…………」

 「あん?」

 意味深な理沙の声に、明日野は、惚けた返事を返した。

 「聞いて良い? 天国ってさ、どんな所? 後、地獄も…………」

 そんな、理沙の質問に、少年は眉間に皺を寄せる。

 「…………人の子よ、それを聞いて、何とする?」

 至極真面目な明日野の声に、理沙は歩きながらも、俯く。

 「私とお姉ちゃんはさ、近くに住んでるの知ってるでしょ? でも、お父さんは仕事で外国へ行っちゃうし…………お母さんは…………」 

 そう言う、理沙の寂しげな声。

 明日野は、一応ストーカー行為の結果として、高品家の内情も熟知している。

 ため息の後、深く息を吸い込んだ。

 「天界………綺麗な場所だろう…………が、人が住んで楽しいかと問われれば、答えは無い…………」

 「…………なんで? 天国ってさ、良いところだって言うじゃん…………」

 理沙の期待めいた言葉に、明日野は力無く首を横へ振った。

 「人は知らんかも知れんが、天使は厳格な者だ……規律が全て……余程特別待遇でも無い限り、人が彼処に行くことは無い。 もし、居たとしても、それは、人の形をした何かに過ぎんのだ…………」

 「…………何かって?」

 実に答え辛いのか、今度は明日野が、少し、俯く。 

 「白い荘厳な建物、ビッシリと微塵の破綻も無く並ぶ…………だが、其処にいるのは、ただの傀儡…………人としての業を失い、歩くのは死を忘れた、ただの屍。 妬み、嫉み、僻み、恨み、辛み、憎しみ、悲しみ、嫉妬と、そう言う全てを失い、ただ喜びに酔って笑って歩く…………それが人の姿か?」

 明日野の言葉に、理沙は必死に想像した。

 ゴミ一つ無く、綺麗な街を歩くのは、虚ろに笑う人達の残渣。

 思わず、理沙は身震いすら覚えた。

 想像の中では、記憶と写真に残る母が、周りの人形と一緒に、虚ろに笑って歩いていたからだ。

 ブンブンと頭を振って、理彩はそんな恐怖を振り払い、フゥとため息。

 「じゃあさ…………地獄って、どんな所?」

 そんな理沙の言葉を聞いた明日野は、ウゥムと唸った。

 「どんな所と言われてもな…………そうさな、あんまり地上と変わらないよ……悪魔が時にはいがみ合い、時には笑い、時に泣き……いろんな奴が居て…皆が色々している……勿論、罪人も悪い奴も……違いは精々、空の色が悪いぐらい…………かな」

 そう言うと、明日野は空を見上げた。

 釣られて、理沙も上を見る。


 実に、忙しい一日であった。

 しかし、そんな二人を労うが如く、夕日は暖かいオレンジ色を呈していた。

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