怠惰な本音
「おいコラ!? クソ爺! 消せないとはどういう了見だ!?」
そう喚きつつ、明日野は、老人の襟首掴んで前後へ揺すった。
その際、やはり、軽部もブンブン揺れるが、この際、理沙はそれを無視する。
いい加減疲れたのか、ハァハァと荒く息を吐く明日野。
散々、揺さぶられた割りには、老人はケロッとしていた。
「そうは言うてものぅ…………じゃから言ったであろぅ? アレは、恋愛成就の切り札にして、ワシの最高傑…………」
「そう言うことを聞きたいのではない!! このへばり付くのを何とかしたいと言っておるのだぁ!?」
老人の端的な説明に、ブチ切れたのか、明日野は、またしてもベルフェゴールをブンブンと揺する。
ガックンガックンと、老人は激しく揺さぶられ、その頭を見ていた理沙は、何となく、高速な水飲み鳥を想像していた。
いい加減疲れ果てたのか、明日野は、老人を離して、その場に崩れ、そんな彼を、軽部は愛おしげに抱きながら、その頭を撫でる。
若干イラッと理沙は感ずるものの、ともかく、何か打開策を見出さねば、明日野の今後の生活に、支障が出ることは間違い無い。
「えーと………お爺さん………効果を打ち消すのは無理なんですか?」
隣のバカップルは置いといて、理沙は、老人に相談を持ち掛けた。
衣服と眼鏡のズレを直しつつ、老人はフゥムと唸る。
「そうさなぁ……人間のお嬢さん……消すのは無理でもって………反対に方向を変える…………ぐらいなら…………出来るかもしれんのぅ…………」
そんな、少女と老人の冷静な話し合いの横では、バカップル擬きが言い合いを始めていた。
「お前! いい加減にしろ!? 俺様は咲良以外に興味は無いのだ!!」と、明日野は自己の本心を暴露する。
彼からすると、実に当たり前なのだが、それは、恋する少女には、晴天の霹靂とも言えた。
「は!? そんなの酷いよ! 大ちゃんには私ってモノが有りながら!」
「いやかましぃ! お前とは古い付き合いと言うだけで在ろうが!? だいたい、俺が天界に居たとき、お前はほんの小娘で、俺なんぞ見向きもしていなかっただろうがぁ!?」
「そんなの昔の事…………今は関係ないじゃない! いいよ!? 高品さんに大ちゃんの正体チクってやるぅ!」
些細なイザコザの中、トチ狂った軽部は、明日野が一番困る事を叫んだ。
ガチャンと、ガラス戸ぶち破り、軽部は走り始めてしまう。
「おいコラ! 止めろ!? ガブリエル!!」
遁走を始めた軽部を、明日野もまた、急いで追い掛け始めた。
残された理沙は、実に落ち着きながらも、溜め息を漏らした。
唐突に【あなたの友人は悪魔です】と、言われた所で、普通の人は笑うだろう。
だが、それをぶちまけようとしているのも、その正体は天使らしい。
居なくなった二人を追い掛ける事は、理沙は不可能と判断し、老人に解決策を教えて貰わんと、合い向かいに座り直した。
「すみません……連れが大変失礼を…………」
深々と、頭を下げる理沙に、老人はカラカラと笑う。
「いやいや…………あの馬鹿どもは、しょうがないよ、お嬢さん…………それに、最近は人間の方が礼儀正しいのかねぇ…………」
そんな風に、老人もまた、ため息を漏らした。
「ご迷惑ついでなのですが…………先程仰っていた、方向を変えると言うのは?」
「ん? あぁ、そうかそうか…………少しお待ちを…………」
のっぴき成らない状態ではあるが、ゆっくりと、老人は家の奥へと引っ込んでしまう。
何とも呑気な大悪魔に、理沙は、出来るだけ急いで欲しいと、祈った。
のんびりとしている理沙とは別に、明日野は、超人的な速さで走る軽部を追い掛け回していた。
どう見ても、女の子走りにしか見えないのだが、軽部のステップは軽く、ポンポンと前へと進んでいく。
実際の所、軽部からすれば、砂浜か、ライ麦畑で【キャッキャッうふふ】な追いかけっこを楽しんでいたに過ぎず、根本的に、明日野を悲しませたいとは思ってはいない。
計らずとも、軽部の思惑や、その思想は、実に明日野に似ているのだ。
しかし、それを知らぬ少年からすれば、たまったものではない。
「止ぉぉぉぉまぁぁぁぁぁれぇぇえ!!」
大爆音の絶叫混じりに、明日野は、必死に少女の後を追いかけ回していた。
さて、その頃。
理沙は、部屋の奥へと引っ込んでいた老人が持ってきたモノを見て、目を丸くする。
「…………それ、スコップですよね?」
そんな理沙の指摘に、老人は、自身満々について手の中のモノを理沙に見せ付ける。
「さよう…………コレが、最近の儂の最高傑作…………どんな硬い地面も、サックサクと、プリンの様に掘れる…………名付けて、【スーパースコップ】なのじゃよ!」
老人の言葉に、何故かは知らないが、不気味な形のスコップは、キラリと輝く。
「すみません…………素晴らしいスコップなのは分かりますが…………今、必要なのは、方向性を変えるというモノを…………」
そんな理沙の言葉に、老人の肩は、がっくりと落ちた。
「おぉ…………そうかの…………イケルと思うたんじゃが……仕方ないの…………」
老人は、悲しげに、そして、切なげに部屋の奥へと消えていく。
【怠惰】を司るだけあり、ベルフェゴールは、【楽】に穴どころか、坑道ですら人力で掘れるモノを作り上げた。
惜しむらくは、それを自慢と、発表するタイミングを誤ったと言うことだろう。
理沙は知らないが、世界の平和と均衡を変えかねない、不気味なアイテムは、こうして無事にお蔵入りと相成った。
一方その頃、軽部と明日野はというと、特に変哲もない公園へとたどり着いていた。
対峙する両者には、酷く差があった。
一方は、余裕綽々ですらあり、尚且つ、その顔は嬉しげに微笑んでいる。
もう一方は、苛々と眉を寄せ、かなり不機嫌な様子であった。
「ねぇ……真面目に答えてくれない?」
「…………良いだろう…………言って見ろ、ガブリエル」
後ろ手に、少し前屈みの軽部と、斜に構え、隙を見せない明日野。
「なんでさ…………そんなに咲良さんの事…………好きなの?」
矢の効果も、勿論なのだが、それ故か、軽部自身、明日野の本音が知りたい。
あわよくば、その理由を聞き出し、自分に振り向いて欲しいのだ。
だが、問われた明日野はと言うと、どこか恥ずかしそうにすらしている。
しばらく、なにやらブツブツと呟く明日野だが、そんな彼の直ぐ前には、軽部が立ち、長身の少年を見上げていた。
「ね…………なんで?」
なかなか、答えを出してくれない明日野に、軽部は再度問い掛けた。
ウゥムと、明日野は唸るが、口をモゴモゴとさせる。
「難しい理由など無い………だが、強いて言えば、咲良の心意気だろう…………」
「何それ…………全然分かんないんですけど?」
軽部のつまらなそうな声に、またしても、明日野は唸る。
「…………彼女は…………」「…………彼女は?…………」
後、もう少しで、明日野の本音が分かる。
軽部は、思わず唾を飲み込んでいた。
その時である。
遠巻きに、ポンコツめいたバイクの排気音が、明日野の耳に響いた。
「おーい! 彼処に居ま~す!」
そんな声の方を、明日野と軽部は見る。
国産の、所謂出前バイクに、二人乗りで現れたのは、老人と理彩である。
年齢的に、当たり前だが、運転はベルフェゴール、その後ろでは、片手に何かを掲げる理沙がいた。




