第26部
【2012年06月15日15時40分56秒】
「・・・・・ん!・・・次元さん!」
途切れてしまいそうな微かな意識の中、俺は誰かが俺の名前を呼んでいる事に気が付いた。
ここは一体、何処だ・・・・・?体感気温は心地良いくらいで、まだ全然明るい。それに、そよ風が吹いている事も分かる。遠くの方で車の走る音や、人の話し声も少しだけだが聞こえて来る。
確か、俺が珠洲の過去を蒲生から聞いて、蒲生と珠洲が話していると蒲生が撃たれて、俺も珠洲に話しかけたが珠洲の様子は変で、珠洲が自分の事を撃って、それで・・・・・、
「そうだ!俺は過去改変に来たんだった!」
「次元さん!?はぁ、良かった・・・・・」
俺が勢い良く自身の体を起こすと、そのすぐ隣から湖晴の安堵の声が聞こえて来た。どうやら、俺はまた気絶してしまっていたらしい。時空転移自体は5回目なので、良い加減に慣れたいものだ。
周りを見渡すと、何処かの街路の様に感じた。しかし、建物こそ幾つか存在するものの人気は全くなく、湖晴が気を失っている俺を、時空転移した場所からここまで連れて来てくれたと言う事が容易に想像出来た。
それに、湖晴は俺にまたHIZAMAKURA的な事をしてくれていたらしい。以前とは異なり、今回は横向きだったが。通りで、俺の頭の下が何やら柔らかいと思った。
俺はこの通り意識を取り戻した。あとは、本題の『珠洲の過去改変』をするまでだ。だが、ここは何年の何月何日何時何分なんだ?
「湖晴。ここは珠洲の過去なんだよな?」
「はい、そうですけど・・・・・」
再度俺は湖晴に、現在位置を俺の推測した場所と一致させる為にそんな風に尋ねたが、少し湖晴の様子がおかしい。
俺が体を起こすまでと同じ様に、湖晴は正座のままだが、そう言う事ではない。やや顔を俯けており、ほんのりと顔を赤らめている。
もしかして、俺の気絶する回数が多過ぎて怒らせてしまっただろうか。5回中3回、その確率60%だもんな。怒っていても無理はない。
「湖晴・・・・・?」
心配になった俺は恐る恐る湖晴に尋ねてみた。
「どれだけ心配したと思ってるんですかぁ・・・・・」
「・・・・・!?湖晴!?」
すると、湖晴は突然、ボロボロと涙を零しながら泣き始めてしまった。正座していた足を崩して顔を更に真っ赤にして、その身に纏っている白衣で零れ落ちる涙を拭き取りながら。こんな湖晴、始めた見た。そう言えば、俺の前で湖晴が泣いたのって初めてだっただろうか。何か・・・・・可憐だ。
いやいや、今はそう言う事が問題ではない!泣き止みそうも無い湖晴をどうにかしなければ!俺の良心がズタズタになってしまう!
「湖晴!?大丈夫か!?何処か怪我でも・・・」
「違います!」
「!?」
湖晴の台詞から推測するに、俺が問題なのは分かっていたが、俺は本当の原因を探る為に湖晴に聞いた。しかし、湖晴は涙で真っ赤に腫れてしまった目を隠す事無く、俺の方を向いて大声を出して俺の言葉を否定した。
泣いている時と同じく、湖晴にしては珍しく、感情的になっている状態だった。
「私は・・・私は次元さんに何かあったらどうしようか・・・それだけが心配で・・・・・」
「湖晴・・・・・」
湖晴は俺の事を心配してくれていたんだ。過去改変の度に気絶ばかりする、こんなだらしの無い男の事を心配してくれていたんだ。この事は俺にとってはかなり嬉しい事だと言えるだろう。
そうだ。少なくとも、こんな俺の事を大切に思ってくれている子がこんなに近くにいる。これ程嬉しい事が他にあるだろうか。
俺は今だに泣き続ける湖晴の目から溢れ出る涙を自分の指で拭った。そして、泣き続ける湖晴の顔を見ながら、静かに声を掛ける。
「湖晴。ごめんな、心配掛けて」
「全くですよ・・・・・」
「だが、湖晴が泣く必要なんてないんだ。俺はもう大丈夫だ。だから、な?」
「次元さん・・・・・」
ついでに、湖晴の柔らくてさらさらの青髪も優しく撫でた。俺の台詞を聞いた湖晴は一度は泣き止みそうだったが、そうすると再び泣き出しそうな顔になった。ああもう!可愛いなあ!畜生!
「次元さん!」
「湖晴!?」
俺が湖晴の頭を撫でていると、湖晴が突然抱き付いて来た。しかも、湖晴は両手を俺の背中まで回して力を入れ、しっかりとくっ付いて来ている為、身動きが取れない。
「暫く・・・こうさせて下さい・・・・・」
「・・・・・分かった」
俺は何となくだが、湖晴の気持ちが分かった様な気がした。いや、本質的な事は俺如きでは1ミリも分かる事など出来ないのかもしれないが、俺の勝手な憶測でも構わない。湖晴のそんな気持ちを分かる事は出来た。
人気が無いとは言え、やはり街中で男女が抱き付くのはどうかと思うが、ここは湖晴の気持ちを尊重しておく。そして、俺も俺に抱き付いている湖晴を両手で軽く抱き締めた。そうしていると、数分間が経った。
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
「随分と前置きが長くなってしまいましたが、本題に移りましょう」
「ああ」
人気の無い街中で数分間抱き付いたままだった俺と湖晴だったが、その湖晴の機嫌も今ではすっかり元に戻り、いつもの落ち着いた状態に戻った。まだ目の周りは涙のせいで少し腫れている様に思えたが、そこはあえて言わないのが親切だろう。
俺と湖晴は珠洲の過去改変をする為にこの過去に来た、と言う本題をどの様に解決するかを今から話し合うと言う訳だ。
湖晴が言った通り、前置きが長くなり過ぎた。だが、湖晴が大して焦っていないと言う事を考えると、珠洲が本来車に撥ねられる時間はまだ先である事が推測出来た。
「今回は『珠洲さんの過去改変』と言う事になりますが、その方法はもう分かっていますか?」
「珠洲を助けるんだろ?そうすれば珠洲は俺の義妹になる事もなく、皆を襲撃する事もなくなる」
「そうなのですが、蒲生さんの話を聞くと、珠洲さんは蒲生さん達の元を離れた状態で車に撥ねられて記憶喪失になったらしいのです」
「つまり、珠洲・・・・・いや、11年前の珠洲だからロリ珠洲を・・・」
「・・・・・次元さんから、何やら犯罪臭がするのは気のせいでしょうか?」
何故だろうか。ついさっきまで真面目な顔で真面目な話をしていた湖晴が、今では何故かジトーっとした目で俺の事を見ている。しかも、俺の事を犯罪者呼ばわりして来た始末だ。いくら相手がこんな俺だとしても流石に酷い。と言うか俺、何か不味い事言ったか?
11年前の珠洲の事をロリ珠洲と呼んでも問題無いだろ。うん。中学3年生にしては発育の良い珠洲だが、流石に11年前ならロリだろ。
「気のせいだ。全くもって、それは湖晴の勘違いだ。それで、ようはロリ珠洲を車道に出さなければ問題無いんだろ?」
「まあ、そうなりますね」
「ところで、場所はここで合っているのか?見た感じ、人気が全く無いのだが」
「大体は合ってます」
「そうかい」
見渡す限り人の姿は無い。別に路地裏と言う訳ではないが、少なくとも表通りの街路ではない事は分かる。ここが日本の何処なのかは分からないが、蒲生が話していた通りの珠洲の過去なら、原子市の1つか2つ離れた街だろう。
だが、残念ながら俺は土地勘なんて物は持ち合わせていないし、地理は苦手なので異郷の地にはあまり訪れない。つまり、ここは日本の何県の何市の何処かのかは知らない。
「つい先程・・・・・とは言っても、次元さんは気絶なさっていたのでそう言う感覚が無いかもしれませんが、過去改変前に蒲生さんを手当てしている最中に色々と聞いたんですよ」
「蒲生もよく話せたよな。珠洲に至近距離で撃たれたって言うのに」
「意外と当たり所が良かったみたいで、致命傷にはなっていなかったと思われます」
「そうだったのか」
蒲生は珠洲に撃たれた。珠洲に昔の事を思い出して欲しくて、珠洲が行っていた犯罪行動を止めさせたくて、珠洲の狂って仕舞った心を元に戻したくて。そして、蒲生は珠洲に歩み寄り、そして混乱した珠洲に至近距離で撃たれたのだ。
あの時は、出血がかなり酷かった様に思えたが、実際はそうでもなかったのか。まあ確かに、湖晴の2回の大量出血に比べたら全然微々たる物だろうがな・・・・・。
「そう言えば、私が蒲生さんと話している時に、蒲生さんのポケットから何やら女の子の声が聞こえて来ていたのですが、何か分かりますか?」
「あー、マグネだな。そりゃ・・・・・」
栄長の過去改変の少し前に知ったのだが、蒲生はマグネと言う人工知能プログラムを所持している。栄長と戦っている時にはマグネが重宝したらしいが、最近はあまりその姿を見ない。
蒲生も完全にヤレヤレ状態になっていたしな。俺には分からない何かがあるのだろう。
「ちなみに、今は何年の何月何日何時何分なんだ?」
「えーっと・・・・・2012年06月15日15時45分くらいですね」
「蒲生と珠洲が分かれたのは?」
「真相を知っている蒲生さんの話によると、16時少し前くらいだそうですが、蒲生さん自身も『11年前の記憶だから確証は無い』と言っていました」
俺からしてみれば、11年前の事なんてよく覚えていたなって言う感じだがな。しかし、当時の蒲生からしてみれば家族1人が消えると言う大事態だ。忘れられる訳も無いか。
一方、俺は家族が1人増えると言うビッグイベントを忘れていたのだから情けない。何で忘れていたんだか。
「まあ、それもそうか。だが、時間的には丁度良いくらいだな。場所は?」
「ここから徒歩1分も掛からないかと」
「随分と近いんだな」
「ある程度は狙って時空転移するポイントを探していますから」
湖晴の話をまとめると、時間的にはまだ時間はある、と言った所だろう。しかも、目的地までも随分と近い。
そこで俺はふと、ある事について気になった。前々から少しばかり疑問には思ってはいたが、聞くタイミングを逃してしまっていた事だ。時間に余裕があるのなら聞いておこう。
「そう言えば、タイム・イーターの時空転移って、時空の歪み?だったか?のある所限定なんだろ?」
「はい。その通りです」
「時空の歪みって、何なんだ?」
「さあ」
「知らんのかい」
時空転移装置タイム・イーターは確か、空間圧縮とやらで素粒子加速器を圧縮して、それによってミニブラックホールを精製し、そのミニブラックホールを活用して時空転移を可能にしている、と以前に湖晴が話していた気がする。
だが、それだけ聞いていると、全時空の何処にでも行けそうなものなのだが、実際には時空の歪みが存在する場所にしか行けない。何でこんな制約が付いているのか。
しかし、湖晴自身もその事については知らないらしい。今も、首を可愛らしく傾げて言ったしな。
すると、湖晴がその事について補足し始める。
「私はそう言った細かい事は何も聞かされていないんですよ。玉虫先生なら知っているかと思いますが、まだそう言う時期ではないので・・・・・」
「30回過去改変したら、何とかーって、アレの事か?」
「はい。今の所、完了した過去改変は26回。今回の珠洲さんの過去改変を含めれば27回ですね。あと3回過去改変をすれば、目標は一応達成になります」
音穏の時が24回目、阿燕の時が25回目、栄長の時が26回目(実際には2回過去改変したがタイム・イーターからの指示は最初の1つだけなので1回のカウントらしい)。珠洲の過去改変が成功すれば27回。あと3回で湖晴の目標は達成される。
「目標が・・・・・」
「はい?」
「湖晴は、その目標が達成出来たら、その玉虫先生の所に帰るのか?」
「そうなります」
「そうなると、2度と会えなくなるのか?」
「・・・・・・・」
目標が達成されてしまうと、湖晴は玉虫先生の所に帰ってしまう。そうすると、俺は湖晴に2度と会えないんじゃないのか?俺はそんな事が気になり、思わず湖晴に尋ねた。
湖晴は最初は驚いた表情をしていたが、頭の中で何を言うべきなのかを判断し終わったのか、数秒後に俺に暖かい笑みで優しく話し掛けて来た。
「・・・・・会えますよ。きっと」
「湖晴?」
「そもそも、30回過去改変を達成したら玉虫先生の所に帰る、と言うのは『タイム・イーター内の時空転移を可能にする粒子を補充する為』ですし、補充が終われば次の30回が待っていると思います」
おそらく、ゲーム機を充電しに行くのと同じ要領だろう。
「そうなのか・・・・・。それを聞いたら、何か安心した」
「何でですか?」
湖晴がやや上目遣いで聞いて来る。そんな湖晴に少しドキッとしたが、俺はあくまで平静を装い、誤魔化した。
「え?いや・・・・・まあ、良いだろ。そんな事」
「?」
湖晴は今度は首をキョトンと傾げながら俺の顔を凝視して来る。
この状況に耐え切れなくなった俺は、湖晴からその視線を外し、立ち上がった。そして、本題に移ろうとする。
「さて、それじゃあ早速行動に移るか!な!」
「どうしたんですか?次元さん?ふふふ」
俺が立ち上がると、同様に湖晴も立ち上がって、少し笑った。
まあ、俺が湖晴の手伝いをする事が出来るのがあと少しで、それで湖晴との関係がなくなったとしても、それはそれで良いのかもしれない。世界がそう言う結末を用意しているのなら、それも仕方の無い事なのかもしれない。
出来る事ならば、世界が許してくれるのなら、湖晴とはずっと知り合いでいたい。
だが、今は珠洲を救う事が先決だ。珠洲を車道に出さない事で事故を回避し、珠洲が上垣外家の人間ではなく蒲生家の人間のままにする。それが今回の過去改変だ。
そして、俺と湖晴は目的地へと歩き始めた。




