第25部
【2023年09月21日16時45分32秒】
「オレに任せろ」
そう言った蒲生は、変わり果てた姿となった珠洲の元へと歩き始めた。
プルルルルル
「ん?」
その時、俺のズボンのポケットからそんな着信音が聞こえて来た。俺はポケットからスマートフォンを取り出し、誰からの着信なのかを確認した。画面を見てみると、どうやら栄長が電話を掛けて来たらしい。すぐに俺は通話を開始した。
「どうした?栄長」
『次元君!?えっと、さっき珠洲ちゃんがそっちに・・・』
「ああ。もう来てるよ」
『え!?それなら早く逃げないと!私はそっちに行くまでまだ時間が掛かるから!』
「いや、大丈夫だ。蒲生が珠洲に話し掛けている」
栄長は随分と焦っているみたいだな。おそらく、珠洲が俺達の近くに来ていると湖晴が狙われるのではないか、と考えているからだろう。心配してくれてありがとう。
だが、今は問題無い。多分。
『クロが?何で?』
「悪いが、今は詳しい事は省略させて貰う。そっちは何か被害は出なかったか?」
『私は大丈夫だけど、音穏ちゃんが腕を撃たれたわ』
「音穏が?」
珠洲の奴、まさか学校で発砲した訳じゃあないよな。栄長が避難させて、そこで撃たれたと言う事で良いのだろうか。
音穏には悪い事をした。また謝らなければならない事が増えてしまった。まぁ、過去改変が成功すればその辺の記憶と怪我は無くなると思うがな。
『うん。でももう止血は済んだし、学校とは別の所に避難もしてあるから大丈夫よ』
「そうか。手間を掛けて悪かった。音穏にも一言、俺が心配していたと伝えておいてくれ」
『・・・・・分かったわ。それじゃあ、私もすぐにそっちに向かうから』
「ああ」
そうして、ツーツーツーと言う電子音が俺の手の中にあるスマートフォンから聞こえて来る。栄長は今からこちらに向かうと言っていたが、おそらく、栄長がここに着く前に俺達は過去改変をする為に時空転移をする事だろう。
通話が終了した俺は珠洲と蒲生の会話に耳を傾けた。湖晴も同様に、俺の隣で静かに2人の姿を見ていた。
「よォ。久し振りだなァ。珠洲」
「?誰?アンタ」
「ハハハ。やっぱり忘れてるよなァ。思い出したりはしてないよなァ」
「何なの?もしかして、アンタもおにぃちゃんを狂わせた奴等の1人?そうなら今すぐ殺すけど。・・・・・やっぱり、違くても殺す」
パンッ!パンッ!パンッ!
珠洲の台詞の直後、珠洲は問答無用に蒲生へと発砲した。しかし、その発砲された銃弾の全ては蒲生に当たる寸前で静止し、その後、地面へと落下した。
おそらく、蒲生が所持するマグネと言う人工知能プログラムの機能だろう。磁力を付与する事が出来る物体を自由自在に操る事が出来るのが、マグネの大きな特徴なのだ。
3発も発砲したにも関わらず、その全てが蒲生に当たらなかった事に関して珠洲は大して驚いてはいなかった。つい先程、栄長にも同様に交わされていたので驚く必要が無かったのだろう。
そして、蒲生は珠洲に発砲された事など気にも留めず、いつも通りの軽い口調で珠洲へと語り掛ける。
「いやいや、オレはそう言う趣味は無いんでなァ。オレはオマエに会いに来たんだァ」
「ワタシに?生憎だけど、ワタシが好きなのはおにぃちゃんだけだから」
「・・・・・珠洲。今幸せかァ?」
「・・・・・え?」
唐突に蒲生はそんな事を聞き始めた。流石の珠洲もこれには驚いたらしく、唖然としていた。いや、初対面の人に何故そんな事を聞かれなければならないのか。その事について驚いていただけなのかもしれないが。
「上垣外の妹で幸せかァ?」
「幸せだけど、それがどうかしたの?アンタに何の関係があるの?」
「オレはオマエに幸せになって欲しくて、オマエを連れ戻すのを諦めたァ。だがなァ・・・」
少しの間。そして、蒲生は珠洲に言い放った。自分自身が真に思っていた事を。11年間、自分がずっと心の奥底で抱え込んでいたソレを。
「何処のどいつが、人を殺してオマエの兄貴に迷惑掛けろっつたんだァ!」
「!?」
「オレはなぁ、オマエにそんな事をして貰いたくて上垣外にオマエを譲った訳じゃねぇんだァ。おれはただ・・・・・オマエが幸せならそれで良いと思っていたんだァ!」
「・・・・・あれ?アンタ、何処かで・・・」
「珠洲!?記憶が戻ってる・・・・・?」
俺は思わずそんな台詞を発してしまった。まさか珠洲が昔の、交通事故で記憶喪失になる前の記憶を思い出し始めたと言うのか。そんな事が、現実でも本当に・・・・・。
「珠洲。もう起きてしまった事は巻き戻す事は出来ない。だがなぁ、今回だけはオマエの兄貴の上垣外が助けてくれるって言ってる。記憶が無くなっても、それだけは忘れるなよぉ」
「あれ・・・・・?何か、変・・・・・」
珠洲は頭を抱えた。おそらく、記憶喪失前と記憶喪失後の記憶が混線してしまっているのだろう。今、珠洲の頭の中では様々な事実が目まぐるしく回っているはずだ。
俺にはそんな感覚は分からない。だが、これだけは断言出来る。珠洲はその実の兄である蒲生と会話をする事で、蒲生珠洲としての記憶を取り戻しつつある。
「珠洲」
「!?」
蒲生は更に珠洲に歩み寄り、そして、珠洲の体を抱き締めた。優しく、しかし、力強く。言葉では表現し難い空間がそこには広がっていた気がした。
「11年ぶりだな・・・・・。あの時は悪かった。辛い思いをさせて・・・・・」
「お・・・にい・・・ちゃん・・・・・?」
ついに珠洲は蒲生にそう言った。生き別れの兄妹が感動の再開、と言っても過言ではないのかもしれない。だが、現実はそう甘くはない。この世界はもっと非情に、残酷な現実を俺に突き付けて来た。
「珠洲!」
俺が珠洲の名前を呼んだ、次の瞬間だった。
パンッ!
「ガハッ!」
「が、蒲生!」
珠洲に抱き付いた蒲生に再び珠洲は発砲した。体が密着した状態、つまりは至近距離での発砲だった為か、蒲生が所持するマグネもその機能を発揮する事無く、その弾丸は蒲生の体を貫いた。
そのまま地面に倒れ込む蒲生。一方、そんな蒲生に発砲した珠洲は少しずつ後ずさりをしつつ、自問自答を繰り返していた。
「あれ?おかしいな・・・ワタシのおにぃちゃんはおにぃちゃんだけで・・・おにいちゃんはいなくて・・・・・でも、この人はワタシのおにぃちゃんで・・・・・?え?おにぃちゃんが2人?いや、おにいちゃん?どっちがどっちで本物・・・・・?もしかして、2人共ワタシのおにいちゃん?あ・・・・・ぁぁぁぁぁ!」
少し遠くの方で珠洲の悲痛な叫び声が聞こえて来る。混線した記憶と、今自分がした事、今までに自分がして来てしまった事。その全てに対して、感情が込み上げて来たと言うのが聞いているだけでもよく分かった。
「蒲生!大丈夫か!?」
「あ、ああ・・・・・。ったく、至近距離で撃ちやがってェ・・・・・」
不味い。出血が酷過ぎる。蒲生は科学結社に所属しているとは言え、湖晴みたいな驚異的な治癒力を持っている訳ではない。あくまで、肉体は普通の人間なのだ。
「ワタシ・・・今・・・おにいちゃんを撃っちゃった・・・・・?いや、でもおにぃちゃんはそこにいるし・・・・・。だけど、おにぃちゃんは1回トラックに轢かれてて・・・・・でもあれはワタシの幻覚だった様な・・・・・あれ?あれ?あれ?」
珠洲の自問自答が聞こえて来る中、俺はさっきからずっと黙り込んでしまっている湖晴に声を掛けた。タイム・イーターで何か作業をしていたのだろうが、取り合えず今はそんな事は後回しだ。今は蒲生の命を救う事、そして、珠洲を落ち着かせる事が先決だ。
「湖晴!蒲生の傷の手当を頼む!救急道具か何かを持って来てるだろ!」
「・・・・・あ。はい!」
湖晴は蒲生の応急処置、俺は珠洲を落ち着かせる為に、それぞれの場所へと移動した。
「珠洲!落ち着け!」
「おにぃちゃん・・・・・?」
俺は頭を抱えて何かにもがき苦しむ珠洲の左手を掴んだ。
「っ!離して!」
「す、珠洲!?」
しかし、俺のその手は珠洲によって払い除けられた。今までは1度だってこんな事を珠洲はしなかった。つまり、それ程今の珠洲の精神状態は不安定なのだ。
「全部・・・思い出したよ・・・・・。つまり、ワタシは今、おにいちゃんを撃っちゃったんだ・・・・・。大好きだったおにいちゃんを・・・・・!」
「す・・・ず・・・・・?」
やはり珠洲は思い出したんだ。交通事故で無くなった蒲生珠洲としての記憶を。そして、その頃の珠洲が大好きだった、蒲生黒矛の事も。全て。
「もう嫌だ!こんな人生!何時でも何処でもこの世界は、ワタシの大切なおにいちゃんを奪って行くんだ!だったら・・・だったら!死んだ方がましだ!」
「珠洲!?それは・・・・・!」
「ごめんね。おにぃちゃん。ワタシ、もう限界だよ。おにいちゃんを撃っちゃったし、おにぃちゃんに迷惑を掛けちゃったし、関係ない人を殺しちゃったし」
「珠洲・・・・・」
「だからね、ワタシはもう止めるよ。こんな事」
珠洲はポケットから新たな拳銃を取り出して、自分がこれまでしてしまった罪を全て自白した。そして『もう止める』と言ってくれた。今の俺にはその台詞が、自分自身の心に何か深い感銘を与えるのが分かった。
「最後に1つだけ聞いても良い?おにぃちゃん」
「最後・・・・・?」
「ワタシの事、好き?義兄妹としてじゃなくて、異性として」
「俺は珠洲の事が好きだ。だが、それは・・・・・兄妹としてが限界だ」
「うん。そう言うと思ったよ。でも、今のワタシはそれだけで満足」
俺は前から聞かれ続けていた質問に、前から答えていた様に答えるしかなかった。俺は珠洲の事を異性としてではなく、兄妹として好きだった。義妹だとか実妹だとかは関係なく、ただ、1人の大切な家族として珠洲の事が好きだった。
そして、珠洲は自分の腹部に拳銃を当てて・・・、
「じゃあね。おにぃちゃん」
「珠洲!待っ・・・」
パンッ!
「す・・・ず・・・・・?珠洲ーーーーー!!!!!」
珠洲は自分で自分を撃った。これまでの自分の罪を償う為に、自分の大切な人を尽く奪って行くこの世界に抗う為に、自殺を図った。
俺は力無く倒れた珠洲の元へと歩み寄り、そして、その近くの地面へと座り込み珠洲の体を両手で揺さぶった。抱き抱えた。
「おい!何やってるんだよ!珠洲!しっかりしろ!」
「あれ・・・・・?ワタシ、死んだはずなのに、おにぃちゃんの声が聞こえる・・・・・。これも、幻覚・・・・・?」
「実体だ!ここにいる俺は紛れもなく、実体の上垣外次元だ!」
後方では湖晴が蒲生の怪我の応急処置をしているはずだが、その蒲生よりも珠洲の傷は深いと思われる。まだ話せているだけましかもしれないが、それでも珠洲の声には力が無く、今も大量の血がその傷口から溢れ出ている。
「そっか・・・・・。前にもこんな事、あった気がするなぁ・・・・・」
「前・・・・・?」
「うん・・・・・。おにぃちゃんがトラックに撥ねられて死んじゃう光景が・・・・・」
「俺がトラックに・・・・・?」
どう言う事だ?俺にはトラックに撥ねられたと言う記憶は無い。だが、珠洲は確かにそう言った。『おにぃちゃんがトラックに撥ねられて死んじゃう光景が・・・・・』と。これは何を意味している?これも、珠洲が知っていて、俺が知らない何かなのだろうか。
その直後、俺の脳内に激しい痛みが走った。頭蓋骨を内側から無理矢理抉じ開けられる様な、そんな酷い痛みだった。
「うっ・・・頭が・・・・・」
俺は、何秒間突然俺の身に起きた頭痛に耐えていたのかは分からない。だが、次に目を開けた時には、俺の目の前にいたはずの少女の目は閉じられていた。
「珠洲・・・・・・?おい、珠洲!しっかりしろって!」
俺はサーッと血の気が引いて行くのを身を持って経験した。
誰が・・・・・誰がこんな結末を認めるものか!俺はこんな結末は絶対に認めない!俺は絶対に過去を変えて・・・・・そして、珠洲と蒲生を救ってみせる!
「湖晴!」
俺は珠洲の体をそっと地面に置き、そして、急いで後方にいる湖晴に声を掛けた。全てを終わらせる為に。そして、全てを救う為に。
「準備は出来ています!目的地はもう設定してあります!」
「急いでタイムトラベルだ!この世界で珠洲と蒲生の死が確定する前に!」
「はい!」
直後、眩い光が辺りを包み、俺と湖晴は時空転移装置タイム・イーターによってタイムトラベルを開始した。
「行けぇぇぇぇぇ!!!!!」
俺はこの世界で珠洲と蒲生の2人の死が確定してしまう前にタイムトラベルをする為に、そんな風に大声で叫んだ。その大声はタイム・イーターに何か影響を与える訳が無いのは百も承知だが、しかし、俺は叫ばずにはいられなかった。
この俺の、辛過ぎる感情を抑える為には。




