第23部
【2023年09月21日16時32分03秒】
俺は栄長、珠洲との3人で話していたグラヴィティ公園から離れ、今はこうして自宅へと向かって走っている。この目的は決まっている。湖晴の身の安全の確保と、今回の珠洲が引き起こしてしまった全ての事件の解決だ。
だが、大変な事になってしまった。これは色々と不味い状況だ。
珠洲が突然、残酷過ぎるデスゲームを始めようと言って来たのだ。主なルールは『俺が降参すれば珠洲の勝ち』、『珠洲が死ねば俺の勝ち』の2つだけだ。至極シンプルで簡単な物だが、それに賭けられている物が大き過ぎて俺の冷静な判断を奪って行く。
もし俺が負ければ俺は珠洲によってこの世界から隔離され、最低限度の生活と珠洲以外の人間と触れ合う事が出来なくなる。冷静に考えればすぐ分かる事だが、これはある意味で人生終了と言えるだろう。
そして、珠洲は俺に降参させる為に音穏、湖晴、阿燕、栄長を殺して行く。だから俺は全員を守り、更に、珠洲の事も死なせる事なくこのゲームに勝つ必要がある。
何故珠洲も死なせてはならないか、って?そんな事は決まっている。珠洲は俺の大切な家族であり、妹だ。どれだけ犯罪を重ねていようが、その事実は変わらない。それに、珠洲が死ぬ事がこの残酷なゲームに勝つ唯一の手段だとしても、それを実行する訳にはいかない。何か別の方法で俺は珠洲に勝ってみせる。
ここまで考えれば、俺がするべき選択肢は1つしかない様に思える事だろう。それは『俺が降参する』と言う事だ。こうすれば誰も死ぬ事はないし、珠洲も誰かを殺す必要も無くなり、その欲求も満たされる事だろう。
勿論、皆が救われるのなら俺はそれでも構わない。これからの人生の全てを珠洲に委ねても構わないと思っている。だがそれは『皆が救われるのなら』だ。
珠洲がこれらのルールを説明している時、栄長は言っていた。『次元君が降参しても珠洲ちゃんは私達を殺すつもりよ』と。
この言葉は珠洲に対するただの皮肉で言っただけなのかもしれないが、そんな事は問題ではない。この場合に問題なのは、それを言ったのが栄長だと言う事だ。勘が鋭くて、他人の考えている事の少し先を読み取る事など朝飯前で、科学結社の№2である、あの栄長が言ったのだ。
俺みたいな人間がこんな台詞を言っても全く説得力は無いが、そんな栄長が言ったのだから軽く受け止めてはいけない。栄長が言ったそう言う事も可能性の1つとして考える必要があるのだ。だから、俺は簡単に珠洲に降参する訳にはいかない。
では次に、ここで俺はどうするべきなのか。その事について考える事にしよう。
1人の犠牲も出さず、俺が珠洲に降参する事もなく、この残酷なゲームに終止符を打つにはズバリ『過去改変』しかない。それに、今回の事件を解決する為の手段としての『過去改変』は学校にいた時から思い付いていた事ではある。
だが、どうすれば良い?正確には『何処からやり直せば良い?』。
俺は中学生の頃まで、珠洲の事を実の妹だと思っていた。だが、実際には血は繋がっていない。俺と珠洲は義理の兄妹だ。その事は普段の日常の中のふとしたきっかけで、俺が両親に聞いた事によって発覚したのだが、それ以前から珠洲は知っていたらしい。
珠洲は11年前に俺の家に来た。11年前と言えば俺は5歳、珠洲は4歳(誕生日の関係でこうなる)だ。2人共まだ幼稚園生程度の年齢だ。俺は全く覚えていないが。
しかし、これは変ではないか?いくら11年前と言うかなり昔の話だとは言え、家族が1人増えるなんて言うビッグイベントを、何で俺は忘れていた?何で俺は、それよりも前から珠洲が家族であると思い込んでいた?今でも、俺には珠洲が初めて家に来たと言う日の事を思い出す事は出来ない。その記憶が無いのだ。
そう言えば、これに似た様な事がついこの間の栄長の過去改変の時にもあった気がする。栄長は覚えていて俺は覚えていない事。今回の場合は珠洲は覚えていて俺は覚えていない事。何かが変だ。何でこんな事が起きるんだ。いや、今はそんな事はどうでも良いのだが。
今大事なのは『珠洲の過去を何処からやり直すか』と言う事だ。それが分からなければ過去改変のしようがない。それに、もし人の生死が関わっていたりするのなら、人の生死までは干渉する事が出来ないタイム・イーターの性質上、必然的に過去改変は不可能と言う事になるからな。
そうこう考えている内に家の近くの通りまで来た。雨が降っている中、傘を差しつつも走って来た為、全身はびしょ濡れだ。鞄の中の教科書とかもおそらく濡れてしまっている事だろう。
「次元さん!」
「湖晴!どうしたんだ、こんな所で」
すると、通りを歩いていた湖晴が傘を差しながら俺の方に歩いて来た。どうやら湖晴は、今日はまだ珠洲には襲われてはいないらしい。だが、何やら少し慌てている様にも見える。何か異常事態だろうか。いや、今のこの状況は異常過ぎる事態だが。
「いえ、あの・・・・・次元さん。落ち着いて聞いて下さい」
「な、何だよ」
「珠洲さんは・・・・・」
1度前置きをした湖晴は静かに、落ち着いてその事実を俺に伝えて来た。
「『次の過去改変対象者』です」
「何!?」
まさか・・・珠洲が・・・・・?確かに珠洲はやり過ぎた。本当は関係無いはずの皆を巻き込んだ。だが、今の所はこの世界に多大なる影響を及ぼす様な事は何もしていないはず。まさか、俺が知らない所で珠洲は何か別の事件を引き起こしているのではないだろうか。
その後、湖晴は俺に続けて話し掛けて来る。
「・・・・・次元さんの事ですから既に知っているかもしれませんが、一応言っておかなければいけない事があります」
「お、おお」
「あまり聞きたくはないとは思いますが、珠洲さんは既に人を殺めてしまっています」
「そう・・・なのか・・・・・」
やはりそうだったか。だとすると、ついさっき、飛行船から流れて来ていたニュースの事件の犯人と言うのは、珠洲なのか。色んな意味でタイミング良過ぎるだろ・・・・・。
「はい。それで昨晩、珠洲さんは一晩中何をしていたか、分かりますか?」
「いや、分からない」
俺は、そんな事分かっていた。分かってはいたが、事実を認めたくないあまりそんな風に答えてしまった。そうだ。珠洲は人を殺したんだ。
「珠洲さんは通りすがりの、しかも何の罪も無い人を殺したんです」
「ああ。分かってた」
「それも、昨晩だけで3人もです」
「分かった・・・・・」
「次元さん?どうされましたか?」
珠洲は人を殺した。何の罪も無い、ただそこを通っただけの人を殺した。3人も殺した。分かってはいた。飛行船のニュースを聞いた時、珠洲が血塗れで雨の中傘も差さずに俺の前に姿を現した時、珠洲が過去改変対象者に選ばれたと湖晴が言った時。そんな事・・・、
「そんな事、分かってる!」
「!?次元さん!?」
次の瞬間、俺は湖晴に対して大声を張り上げてしまっていた。ここ最近の異常な状況が続いた事によって、俺も珠洲同様にストレスが溜まっていたのだ。だから、これはただの八つ当たりだった。
「珠洲がこんな風になってしまったのは全部俺のせいだ!俺が頼りないばかりに、俺が情けないばかりに、俺が珠洲の気持ちに気付いてやれなかっただけに、人が死んだんだ!」
「次元さん!落ち着いて下さい!」
「落ち着けるか!全く知らない人だとしても、人が死んだんだ。それも、身内に殺されて。こんな状況で落ち着ける訳・・・」
「次元さん!」
俺が大声で自分自身を責め続けていると、湖晴が俺に抱き付いてそれを止めた。その後、湖晴は俺に抱き付いたまま、優しく語り掛けて来た。
「・・・・・次元さんは悪くありません。ですから、そんなに自分を責めないで下さい」
「だが、俺がもっとしっかりしていれば・・・」
「もう、良いんですよ。次元さんがご自分の事を責めても状況は何も変わりません。ですから、今は珠洲さんの過去を変えて、皆さんを救う事最優先なんです」
「湖晴・・・・・」
湖晴はいつも冷静に物事を判断出来ている。俺が自暴自棄になってしまっていても、湖晴はそんな風に俺の事を宥めてくれる。慰めてくれる。
俺はそんな彼女の事が・・・・・いや、この事はまだ言うべきではないだろう。また今度、別の機会で話すとしよう。
俺は今だに俺に抱き付き続ける湖晴を抱き返し、2人共雨に打たれながらそのまま数分間が経過した。
「あの・・・次元さん・・・・・?大丈夫ですか?」
「ああ。ごめんな。心配掛けて」
「いえ、私は大丈夫なんですが・・・」
「?」
湖晴は雨の中俺に抱き付いて俺の事を慰めてくれた訳だが、少しばかり湖晴の様子が変だ。雨に打たれ続けたから体が冷えてしまったのだろうか。
「・・・・・そろそろ本題に移らないと、珠洲さんがここに来る可能性もあると思いますよ?」
「!そうだった!俺とした事が!悪かったな、何の断りも無く抱き付いちまって」
本題を忘れて時間を使ってしまった。今俺達がこうしている間にも栄長は珠洲から音穏達を守っていると言うのに。
俺は抱き付いていた湖晴から手を離して地面に落ちている2つの傘を拾い、片方を湖晴に渡した。
「(もっと時間さえあれば・・・・・)」
「何の?」
「え!?い、いえ、何でもありません!さぁ、作戦会議ですよ!」
「お、おお?」
湖晴が何かをボソッと呟いていたので俺はそれについて聞き返したのだが、湖晴は答えてはくれなかった。しかも、これまでにはないくらい顔を真っ赤にして明らかに焦っていた。そんなに俺に聞かれると不味い事だったのか?
そして、俺と湖晴の作戦会議(?)は始まった。
「・・・・・最近の動向から推測してかなり危ない状況だとは思っていましたが、まさか本当にこうなってしまうとは」
「どう言う事だ?」
「燐さんの過去改変をした9月19日の朝の事を思い出して下さい」
「9月19日?何も変わった事は・・・」
9月19日火曜日。その日は俺が3度目の過去改変、つまり栄長の過去を変えた日でもある。その他にも、主に帰宅中に様々な出来事があった訳だが、その日の朝だって?特に変わった事は無かったと思うが。
その直後、俺は些細だが極めて危険な出来事があったのを思い出した。
「・・・・・あ!」
「思い出されましたか。その通りです。あの朝、食卓に並んでいた醤油瓶の中にヒ素が混入していたんです」
「おい、まさか・・・」
「はい。おそらく、あれは私を殺す為に珠洲さんが予め仕込んでおいた物でしょう」
「そんなに前から・・・・・」
まさか、あの出来事すらも珠洲の仕業だったとは。よく思い出してみればあの朝はおかしな事が2つもあった。珠洲の姿は無く、普段は無いはずの調味料が食卓に並べられていた。
おそらく、今湖晴の言った事は真実だろう。そんな事をする犯行動機があって、犯行可能なのは珠洲しかいないはずだからな。
「ごめんな。本当に」
「別に次元さんは悪くありませんよ。それで、その件があったそのすぐ後に音穏さんや阿燕さん、燐さんが襲撃され、私も家に仕掛けられたトラップで怪我をしました。それに、次元さんの話によると、珠洲さんは燐さんが所属する科学結社から銃器を盗みだしたと言うではありませんか」
「ああ。珠洲の台詞とその他の要因から推測しただけの事だが、恐らく真実だろう」
「そうすると、少し変ではありませんか?」
「何が?」
言ってしまえば、女子中学生が闇の組織の拠点に侵入して銃器を盗みに行くと言う事が自体が既に変なのだが、今湖晴が言ったのは恐らくそう言う意味ではないだろう。何か別の事を意味しているはずだ。
「燐さんの所属する科学結社のセキュリティって、珠洲さんみたいな一般人が簡単に入れるほど緩い物なんですか?」
「さあ?」
「・・・・・そうですか。まぁ、次元さんが知る訳がないですよね。それなら、この件は置いておきましょう」
そうだ。そんな事、俺が知る訳がない。それに、湖晴も駄目元で聞いたのだろう。大して落ち込んではいなかったしな。それに、その件の真相を確かめたいのなら、珠洲が侵入した科学結社に所属している栄長に聞けば良いだけの事だからな。
そして、俺は湖晴に質問をする事にした。その内容は今回の珠洲の起こしてしまった事件を完全に解決する為の唯一の方法についてだった。
「じゃあ、俺から1つ良いか?」
「何でしょうか」
「珠洲は過去改変対象者に認定されたんだろ?タイム・イーターの機能で」
「そうですね」
「だったら、過去改変するのに俺が湖晴に頼み込む必要も無い訳だ」
「頼み込む必要は元々ありませんが、まぁ、そうなりますね」
珠洲は罪の無い人達を3人も殺した。そして、その3人の中に『今の段階で珠洲に殺されては不味い人』が入っていたのだろう。だから、タイム・イーターが反応して俺達に過去改変を要求した。
「だったら話は早い。今すぐ過去改変をしよう」
「そうしたいのは山々ですが、具体的に何処まで飛べば成功すると思いますか?」
「あ・・・・・そうだった・・・・・」
俺とした事が迂闊だった。そんな事、ついさっきも自分で考えていたじゃないか。俺は珠洲がどう言う経緯で俺の妹になったかを知らない。そして、何処まで戻れば今回の事件を無かった事に出来るのかも分からない。
「最近起こった1つ1つの事件を順番に解決して行く方法もありますが、それでは根本的な解決にはならないでしょう。根気も要りますし」
「珠洲が俺に過度な執着心を抱いている限り、同じ様な事がまた起きる可能性があるからな」
「荒療治かもしれませんが、いっその事、珠洲さんを次元さんの妹では無くすと言う手段もあります」
「何!?どう言う意味だ!?」
『珠洲を俺の妹では無くす』だと?それはつまり、珠洲が俺の妹になった事柄をこの世界から削除すると言う事でないのか?
「言葉通りですよ。過去改変をして、珠洲さんが次元さんがいる上垣外家に引き取られた原因を消して次元さんと珠洲さんが義兄妹にならなかった世界にする、と言う事です」
「そうするしかないのか・・・・・?」
「いえ、別の方法もあるかもしれませんが、何処まで飛んで何を改変すれば良いのかがはっきりしていない以上、他の案は浮かびませんね」
「確かにその方法なら、珠洲は俺に過度な執着心を抱く事はなくなり、皆が危険な目に晒される事もなくなるだろう。だが、結局何を改変すれば珠洲が俺の妹にならなくなるか、なんて分からないぞ?」
湖晴の出した案は、今この状況では最善の策なのかもしれない。だが、さっきから問題になっている事の根本的な解決にはなっていない。やはり、何か別の方法を考えるしかないのか。
すると、湖晴が俺に怒涛の質問攻めをして来た。俺もその全てに淡々と答えて行く。
「ご両親に聞くと言うのは?」
「今海外出張中だからな。繋がるか分からないし、それに仕事中の可能性もある。だから、緊急時以外は掛けて来るなって言われてる」
「今が緊急時なのでは?」
「確かに緊急時だが、この状況をどう説明するんだよ。『珠洲が人を殺しました』なんて事言えないだろ」
「別に、素直にそんな事言う事ないですよ。ただ、珠洲さんがどの様な経緯で次元さんの妹になったのか、その要因を聞けば良いんです」
「いやいや。『緊急時に何でそんな事を聞くんだ』って言われて、余計に話がややこしくなるのがオチだ」
「それならいっそ、珠洲さん本人に聞くと言うのは?」
「それは止めておこう。今の珠洲には俺の言葉は届かない」
「そうですか。それでは・・・・・どうしましょうか?」
「俺に聞かれても」
結局、有益な答えは出なかった。ここまで、なのか?ここで行き止まりなのか?珠洲が俺の妹になった理由をしっているのは俺の両親と珠洲だけのはずだ。だが、そのどちらも今の状況では利用する事は困難だろう。それらを実行したが為に湖晴の身に危険が及んでも嫌だしな。
タイム・イーターには俺と珠洲が兄妹になった原因を検索出来る様な機能は付いていないはずだ。色々とおかしな機能が付いているのがタイム・イーターの特徴だが、あくまでタイム・イーターは時空転移装置だ。それ以外の機能には大きな期待を抱かない方が賢明だろう。
俺と湖晴は話し合った。しかし、何も解決は出来なかった。目の前に立ち塞がる見えない大きな壁の下で、俺と湖晴は途方に暮れそうになった。
その時だった。
「謎科学者と超能力者ァ!話は聞かせて貰ったぜェ!」
「!?」
何処からともなく、そんな聞き覚えのある声が聞こえて来た。そして、その声は続けてこう言った。
「このオレが、オマエ等が今求めている情報を教えてやるぜェ!これでオマエ等への借りは全部返したって事で良いよなァ!」




