第20部
【2023年09月21日12時30分29秒】
「お、おい!ちょっと待てって!」
音穏と栄長と話していた俺は突然現れた杉野目に腕を掴まれて連れて行かれた。そして、さっきからこうして何度か『何処へ行くのか』と聞いているのだが、中々答えは帰って来ない。
もうどれくらい歩いただろうか。いや、時間的には数分も経っていないとは思うが、やはり無理矢理連れて行かれると時間が長く感じる。
「何処行くんだよ!」
「周りに人がいない所」
「誰かに聞かれると不味い話なのか?」
「そうよ」
どんな話をするつもりだよ、全く。と言うか俺は杉野目とは面識が無い。教室での席は隣だが、くっ付いている訳ではないし、教科書を貸してくれたあの日以来、大した事は話していないからな。
そして、学校の中では特に人気が無い北館1階の奥の方まで来た所で、ようやく杉野目は止まった。拘束されていた俺の腕も解放された。
「それで、話って何だ?」
「その前に1つ聞いても良いかしら」
「な、何だよ」
「さっき、あのクズ長・・・・・じゃなくて、栄長燐に何を言われてたの?」
「え?」
何か今、聞いてはならない事を聞いてしまった気がするが、気のせいだろうか。いや、まさかな。そんな事無いだろう。きっと俺の聞き間違いだ。
それにしても、何で俺が栄長に何か言われた事を聞くんだ?栄長は杉野目の事を『科学結社「Time Technology」のトップだ』と言った。その事に関しては勿論気になるが、そんな事を本人に聞ける訳が無い。聞いてしまったら、俺がどう言う立場の人間なのかがバレてしまうからな。
「いや、特別な事は何も言われてないが」
「質問の仕方が悪かったかしら。特別な事でもそうでない事でも構わないから、何を言われたのかを簡潔に答えてくれる?」
「べ、別に。午後の授業には遅れないようにって言われただけだ」
「そう。それなら、良いのだけれど」
杉野目は若干納得出来ていなかったみたいだったが、表向きは俺の言葉を信じてくれたらしい。やはり、栄長の言っていた事は本当なのだろうか。杉野目からは栄長みたいな、科学結社独特の雰囲気を感じる。別に何か確信がある訳ではないが。
「で、結局何なんだ?こんな人気の無い所まで呼び出して」
「昨日」
「ん?」
「昨日、貴方は何者かによって狙われていた。そうよね?」
「!?何で、その事を!?」
何だ、こいつ!ストーカーか!?
「見ていたのよ。その光景を」
「・・・・・何時からだ?」
「貴方が栄長燐と一緒に帰っている所から」
「そうだったのか」
やっぱりストーカーか。いや、家に帰る方向が同じだけだったのかもしれないが。
「ああ、そうだ。俺は何者かによって狙われていた。何で俺達が狙われたのか、その理由は分からないがその事は確かだ。だが、それがどうしたんだ?」
「・・・・・今回は失敗した。だから、私はその犯人を警察に突き出すつもりよ」
「!?」
『犯人を警察に突き出す』だって?それはつまり、『珠洲が警察に捕まる』と言う事に他ならないのではないか?
「ま、待てって!」
「何かしら?」
杉野目の言った台詞を理解した俺は、早くも立ち去ろうとしていた杉野目に話し掛けた。そんな事は絶対駄目だ。そんな事はこの俺が、珠洲の兄であるこの俺が許さない。
珠洲は確かにやり過ぎた。皆を殺そうとした。これからもそれが続かない保証は無い。
だが、今の段階ならまだ何とかなるかもしれないじゃないか。俺が珠洲を説得すれば、頭が良い珠洲はきっと分かってくれる。危険な真似は2度としないと誓ってくれるはずだ。
もしそうならなければ、タイム・イーターで・・・・・そうだ!湖晴に頼んで、過去改変すれば良いだけの事じゃないか!珠洲は過去改変対象者には指定されていないが、湖晴なら力を貸してくれるだろう。
俺にはタイム・イーターを持つ湖晴と言う知り合いがいる事を杉野目は知らないだろう。だとしても、俺はそんな結末は認めない!珠洲が警察に捕まるなんて結末は!
そして俺は、俺の立場を杉野目に悟られない様に工夫しつつ、杉野目に思い止まる様に説得する。
「それは決断が早過ぎるだろ?それに犯人が誰なのかなんて分からないじゃないか。もう暫く様子を見ても・・・」
「それでは遅過ぎるわ」
「ど、どう言う意味だよ」
「私の経験上、リミットは今日辺り。間に合わなくなる前に警察の力で鎮圧して貰うのが合理的な判断だと思うけれど?」
「合理的な判断だって!?ふざけるな!そんなの・・・」
経験?リミット?合理的な判断?何を言ってるんだ、杉野目は。俺はそんな事知らない。俺はただ、何時までも平和に生きたいだけなんだ。
ましてや、義理とは言え、妹が殺人未遂で警察に捕まるなんて事はあってはならない。それに、珠洲がそうなってしまったのは俺のせいでもある。だから、全ての責任を珠洲に押し付ける訳にはいかない。
「それとも貴方。死にたいの?」
「・・・・・・・」
すると、杉野目は表情も声の大きさも変える事無く、俺に言った。『死にたいのか』と。俺は死にたくはない。それに、過去改変ならばチャンスは1回しかないが、比較的安全に物事を処理出来るはずだ。だから、問題無い。
「このままだと貴方は確実に死ぬわよ?勿論、貴方の周りのお友達も」
「何でそんな事が杉野目に分かるんだ」
「経験と統計から推測しただけよ」
「何の経験だ、何の統計だ、何の推測だ!これは俺の問題だ!異論は認めない!」
さっきから難しい単語並べやがって、何を言っているんだ!珠洲は俺の妹だ!それだけは間違いない!だから、この問題は俺だけで解決する!警察の力なんて借りてたまるか!
「そう。貴方がそれで良いのなら良いのだけれど。最後に1つだけ言わせて貰っても良いかしら」
「何だよ」
「死なないで」
「え?」
それは何時だっただろうか。その杉野目の台詞は何時か何処かでも聞いた事があった気がした。前に、ネット上で栄長から言われた事もあったが、そうではない。何処か別の、俺が覚えていない場所で、言われた気がした。
「必ず生き残って。他人の事なんてどうでも良いでしょ?私は他人を見捨ててでも貴方にだけ生き残っていて欲しい」
「な、何でだ・・・・・?」
「・・・・・理由は・・・・・今は言いたくない。だけれど、その内、時が来れば話すわ」
「・・・・・分かった。よく分からんが、心配掛けてたみたいだな。ありがとう。後は俺の力で何とかするから、もう心配しなくて大丈夫だ」
今の俺は出来る事ならば、あまり杉野目とは会話していたくなかった。理由は幾つかあるが、やはり、杉野目がどう言う奴なのかと言う事を俺が知らない事が大きいと思う。
科学結社のトップで、珠洲が起こした事件を知っていて、妙に胡散臭い単語を並べて来た。そんな事全てが、俺からしたら少し引いてしまう物だった。
「もう、良いか?」
「まだ用件は終わってないわ」
「言ってくれ」
丁度今適当に返答して、俺はもう教室に戻るつもりだったのだが、それは許されないらしい。まだまだ話は続く。
「私とのこの会話が終わった後、すぐにでも栄長燐と縁を切りなさい」
「・・・・・はい?」
今度は何を言い始めるんだ。
「出来る事ならば他の全員と縁を切る方が良いのだけれど、貴方にはそれは出来ないから、今は栄長燐だけで良いわ」
「ちょ、ちょっと待て。何をいきなり言い始めているんだ?」
「これも全て貴方を守る為よ」
「杉野目は栄長と仲が悪いのか?」
唐突だが、俺はそんな事を聞いた。杉野目が意味不明な事を言って来たから、混乱した俺は質問を仕返す事で話を逸らそうとしたのだ。
栄長が久し振りに登校して来た時もそうだったし、ついさっきの2人の会話もそうだったのだが、やはり2人は仲がかなり悪い様に思える。
栄長は気が合う人(音穏、湖晴)とはかなり仲良くなるが、気が合わない人(珠洲、杉野目)とは仲良くなれない、と言う妙にキッパリとした人間だ。
だが、一方の杉野目はそもそも人付き合いが上手くないのではないかと思ってしまう。それは今の杉野目の台詞からも容易に推測出来る。『知り合い全員と縁を切れ』なんて事は余程の事がないと言えないからな。
「違うわ。向こうが勝手に敵対視しているだけ。私にはそんな気は無い」
「でも今、縁を切れとかなんとか・・・」
「だから?」
「やっぱり仲が悪いんじゃね?」
追撃する意味は無いが、杉野目の本性を調べてみたかった俺は何となく聞き返してみた。
「・・・・・そうかもしれないわね。元々、私は他人とのコミュニケーションを取るのが上手な人間ではないから」
「じゃあ、俺と同じだな」
「え?」
「いやー、俺も知り合い少なくてさ。ほら、俺いつも寝てるだろ。だからな」
「・・・・・そう言えば、ここでの貴方はそうだったわね・・・」
「ん?『ここでの』?」
さっきから、杉野目の台詞には何かが引っ掛かる。何なんだろうか。俺は生れ付き過度なロングスリーパーのはずだが。『ここでの』って、何処か別の所であったみたいな言い方だな。それ以前に、俺と杉野目って前に会った事あったか?
「何でも無いわ。取り合えず、栄長燐とは縁を切る事。それが貴方自身の身を守る事に繋がるから。分かったわね?」
「悪いが、それは出来ない」
「・・・・・・・」
即答だった。俺にはそんな事は出来ない。出来る訳が無い。
「栄長は俺の数少ない知り合いだ。そんな子を突き放すなんて出来ない」
「そう。貴方らしいと言えば貴方らしいわね」
杉野目がどんな俺らしさを知っているのかは不明だが、納得してくれたらしい。
そろそろ杉野目の方も用件が全て終わる頃だろうと思っていたが、逆に俺の方が用件を思い付いてしまった。それは一昨日に杉野目が珠洲と何を話していたのか、と言う事だ。
「俺からも1つ良いか?」
「何かしら?」
「一昨日、珠洲と・・・・・俺の妹と何を話していたんだ?ほら、放課後にグラヴィティ公園の近くで話してただろ?」
「道を聞いていただけよ」
「道?」
「ええ。この近くは最近来たばかりだから」
転校して来てまだ1週間だもんな。道が分からなくなるのも無理は無い。だが、杉野目は今俺が密かに仕掛けておいたトラップに上手く引っ掛かった。
「そうだったのか。だが、それだと1つ変じゃないか?」
「何がかしら」
「何で一昨日に話していた相手が俺の妹だ、って分かったんだ?」
俺が会話に仕掛けたトラップ。それは『杉野目は何で珠洲の事を知っているのか』と言うトラップだ。
今回の珠洲の暴走にはおそらく関係ないとは思うが、杉野目はこの事件の何かを知っている。それだけは確信出来た。だから、その事を探る為に俺は、不本意ながらそんな事をした。本当は他人を引っ掛ける様な事はしたくないのだがな。
「特別な理由は何も無いわ」
「それなら・・・」
「ただ単純に、一昨日に私が話したのは彼女だけだったから、容易に推測出来ただけよ」
「そ、そうだったのか」
上手く交わされてしまった。いや、もしかすると、本当に理由はそれだけだったのかもしれない。杉野目は珠洲に道を聞いただけ。ただそれだけなのかもしれない。またしても俺の思い違いか。
「俺が聞きたい事は聞き終わった。杉野目からはもう何も無いのか?」
「そうね。この段階ではそうなるわ」
「じゃあ、またな」
「ええ」
はぁ、やっと解放された。何だか、妙に疲れた。教室に帰ったら午後の授業の準備でもして、さっさと寝よう。そう言えば、昨晩は初めて『TETSUYA』をしたからな。既に寝不足で景色が歪んで見える。かなり危険な状態であると言えるだろう。
「上垣外君」
「ん?何だ?」
歩き始めて数m。またしても杉野目に話し掛けられる俺。
「あのお弁当どうだった?」
「『あの弁当』?あー、誰が作ってくれたのか分からなかった奴か」
音穏、栄長、湖晴がくれた弁当。3人は俺に色々と言った後に弁当をくれたが、1つだけ謎の弁当が俺の机にはあった。誰が作ったのか、誰がくれたのかが一切分からない弁当だ。
あの時の俺は空腹とその場の流れでそれも食べたが、よく考えてみれば危険だったかもしれない。でも、何故かは分からないが杉野目にその弁当の感想を聞かれたので一応答えておく。
「そうだな、スゲー美味かったな。全体的にバランスが取れていたし、俺の好きな食べ物も沢山入ってたから、まるで俺の頭の中を覗かれたのかと思ったくらいだ。でも、何で杉野目がそんな事聞くんだ?」
「そう。それなら良かった。また会いましょう」
「?」
そう言って、杉野目は歩いて行った。その台詞を言った時、少しだけだが、杉野目は笑っていた気がした。
あれ?そう言えば、杉野目のフルネームは杉野目施廉だったよな?つまり、そのイニシャルは『S・S』。謎の弁当に付属されていた置手紙に書かれていたアルファベットも『S・S』だ。まさか、あの弁当は杉野目が作ったのか?
いや、でも、俺は杉野目とはほとんど面識ないし、そんな事は無いだろうな。多分、いつも通り俺の思い過ごしだ。




