第15部
【2023年09月19日07時29分49秒】
「で、昨日は栄長とメールしたのか?」
「え?あ、はい」
朝食の席、リビングにて。俺は湖晴にそんな事を聞いた。昨晩は珠洲の事や栄長の事等で色々と大変だったのだが、今現在も俺はこの通り無事に生きている。そもそも、現代人は簡単に死なないだろう。事故でも起きない限り。栄長も心配し過ぎだよな。
あと、現在何故かここには珠洲はいない。昨晩は完全に暴走していた珠洲。しかし、俺が珠洲からの台詞を保留にしておいた事で少しは元に戻ったと思っていたのだが、そうではなかったのだろうか。
朝飯は全部作り終えていたらしく、テーブルの上にセッティングされていた。そして、テーブルの上には『おはよう!おにぃーちゃん♡ワタシはちょっと用事で先に出てるから、朝ご飯はテーブルにあるのを食べてね♡ご飯とお味噌汁もあるから、自分でよそって食べてね♡じゃあ、いってらっしゃい!だいだいだーい好きなおにぃーちゃん♡』と書かれたメモが置いてあった。
まあ、昨日の事は関係無いだろうな。メモの内容的に多分。『用事がある』って書いてあったし。おそらく、クラブの朝練とかその辺だろう。と言うか、そうであって欲しい。
「それにしても、随分急な話でしたよね。まさか、『Phosphorus』さんが次元さんのお知り合いだったとは」
「まあな。でも、前から知り合いだったらしいけど俺は覚えてなくてさ。だから、俺の中では『昨日から』知り合いになったって事になるな」
俺は中学の頃の栄長と話した記憶が無い。と言うか、本当に会っていたのかすらも分からない。何で栄長は覚えていて、俺は覚えていないのか。まあ、この事はその内分かる事だろう。あまり気にする必要もないか。
「?以前からお知り合いだったんですか?」
「栄長本人がそう言ってたし、音穏もそうだって言ってたからな。でも、俺は思い出せないんだよ」
「そうなんですか。まあ、古の記憶なら忘れてもおかしくはないですよね」
「『古の記憶』って、そんなファンタジー的な言い回しはどうなんだ?」
ファンタジー的な言い回しと言うよりは、邪気眼的な言い回しと言った方が良いのだろうか。とにかく、『古の記憶』と言う良く分からない言い回しはちょっとなぁ。湖晴はこんな風に時々良く分からない発言をするから対応に困る。
「まあ、それはともかく。そんな風に人間って実際にあった事を忘れちゃうから不便ですよね」
「確かにな。そのせいで俺もテストの点数が思う様に上がらないしな」
「いえ、それは単純に宿題をしていないからでは?」
「そんな事はない」
俺だって宿題くらいはしている。全部とは言わないが、半分くらい・・・いや、3分の1はしてる。多分。でも、たとえ俺が宿題をきっちりこなしていたとしても、結局それを提出すべき授業の時に寝ているからあまり意味は無いのだがな。
「そうなんですか?私、次元さんが勉強している所なんて見た事ないですよ?」
「俺は普通の人と同じ勉強法ではないからな」
俺は平凡主義者。この世の全てが平凡・平等・普通である事を理想とする人種なのだが、過度なロングスリーパーな俺は勉強法に関しては例外だ。
「あー、・・・・・はい」
しかし、湖晴は飽きれ切った様な表情で俺の事を見て来た。
「何だその『あ、やっぱりこいつ駄目だ』みたいな目は!そんな目でこっちを見るんじゃない!」
「じゃあ、一応聞いておきますよ」
「よし。なら説明しよう、俺の勉強法を!」
仕方無い。湖晴が疑うのなら教えるまでだ。過度なロングスリーパーである俺だからこそ出来る勉強法、いや、過度なロングスリーパーである俺にしか出来ない勉強法を!
「はい」
「それはズバリ・・・」
「ズバリ・・・?」
「『睡眠学習』だ!」
「・・・・・はい」
「いやいやいや!何かもう少し反応を、だな!」
湖晴の反応が薄いな、俺の言い方が悪かったのだろうか。『睡眠学習』は過度なロングスリーパーである俺にしか出来ない勉強法だしな。普通の人には分かるはずもないか。そうかそうか。
「いえ。まあ、何となく予想は出来てましたけど」
「まだ俺は具体的な内容を言ってないぞ。だから、それを聞いてからもう1度判断をしてもらおう」
「はぁ。まあ、分かりました」
俺は1度前置きをしてから、湖晴に『睡眠学習』の具体的な内容を話し始める。
学校のテスト(補修)で全教科ジャスト平均点を叩き出した俺の実力を見せてやる。いや、見せると言うよりは教えてやる、の方が正しいか。
「その方法は『睡眠中に周りの情報を1つ漏らさず脳内にインプット・・・』」
「あ、お醤油頂いても良いですか?本当に珠洲さんのお料理はいつもおいしいですねー」
俺が話始めると湖晴がテーブルの端にある醤油を要求して来た。俺は湖晴に指示された通りに醤油を取って、湖晴に渡す。
「あ、ああ。はい、醤油」
「ありがとうございます」
そう言えば、何で食卓に醤油があるんだ?俺も珠洲も後から味を加えるのはあまり好きではないタイプの人間なのに。珠洲が調理した後に、そのまま間違って運んだのだろうか。
ん?でも、何か忘れているような・・・、
「って、うおーい!ちょっと待て。まだ俺の台詞が終わってないぞ」
「まあ、私が言いたかったのは『普通の人は』記憶がどんどん無くなって行くのは大変ですね、って事ですよ」
「ん?『普通の人は』?」
まるで、自分は『普通ではない』みたいな言い草だな。確かに、湖晴はタイムトラベラーだったり、天才だったりで、少しも普通な所は無いが、それとは少し観点が違うだろう。
「え、あ、はい。私は自分と自分の周りに起きた事は全て覚えていますから」
「何!?そんな事出来るのか?」
俗に言う『完全記憶能力』って奴か?と言うか、そんなの本当にあったんだな。そんな能力を持っている人は始めて見た。それにしても、便利そうな能力だよな。
「はい。まあ、これは私が生まれた時からある特殊能力の様な物ですし」
「何か、湖晴って色々スゲーよな」
「?そうですか?」
「ああ。オプションあり過ぎだよ」
タイムトラベラー、難関校飛び級卒業、プログラマー等に加えて今回の『完全記憶能力』だ。平凡やロングスリーパーくらいしか属性の無い俺からしてみると神の様な存在だ。
「・・・・・私だって、好きでこんな・・・」
「え?すまん。最後の方が良く聞こえなかった。もう1回言ってくれ」
湖晴が何かを言った様な気がしたが、最後の方が声が小さくてよく聞こえなかった。『私だって、好きでこんな』の後に何を言ったんだ?
俺は難聴などではなく、至って健康な耳を持っているはずだが、言った側の声が小さければやはり聞こえない時もある。
「いえ。何でもありま・・・・・っ!」
「どうかしたか?」
そんな湖晴が焼き魚(種類は分からん)を食べた瞬間、何かに気付いたかの様に、言葉を詰まらせた。もしかして、魚苦手だったか?いや、違うな。前にも魚はメニューに出て来てたし、そもそも、湖晴の今の表情は『嫌いな物を食べた時の反応』とは明らかに違うものだった。
「次元さん!少しここで待って頂けますか!?」
「え?ああ、待つも何もまだ食い終ってないしな」
何をそんなに焦っているんだ?湖晴は。急に席を立ち上がって、俺の方に真剣な眼差しを向けて来たかと思えば。
「あと、そのお醤油は使っちゃ駄目ですよ!」
「と言うよりも、俺は元々の味付けで食べる派だから、基本的に醤油は使わないぞ?あれ?そう言えば、何で醤油置いてあるんだ?珠洲も使わないから、いつも置いてないのに」
そうして、湖晴は何処かへと向かって走って行った。一体どうしたと言うんだ。それにしても、何で醤油?腐ってたのか?
と言うか、それ以前にさっきも気になっていた事だが、何故醤油が食卓にあるんだ?珠洲が調理に使用して、そのまま間違ってテーブルに運んだならまだしも、腐っているのなら珠洲が気付かない訳がない。だとしたら、何でだ?
数分後、湖晴が何かビンの様な物を幾つか持って帰って来た。
「おう、湖晴一体どうし・・・・・っておい!何してるんだ!?」
「・・・・・・・」
帰って来るなり早々、湖晴はそのビンの中にテーブルにおいてあった醤油を何滴か垂らし始めた。何かの実験か?醤油で?
その数分後、湖晴はその実験(?)が終わった様子でこちらを見て、俺に話し掛けて来た。
「次元さん」
「どうしたんだよ一体・・・・・」
「この醤油にはヒ素が混入しています」
「ヒ、ヒ素!?」
『ヒ素』。詳しい説明は尺の都合上省くが、ようはこれは毒だ。多量摂取したら人は死ぬ。利用方法は他にも様々あるのだが、よく刑事物の事件の時に使用される毒がこれだ。もちろん、そうでない場合も多々あるが。
だが、普通はそんな物は食物には含まれていないはずだし、ましてや醤油になんか入っていないはずだ。そんな危険な物が食卓に並んでいると、まるで、俺や湖晴を殺そうとしているかの様に思えてしまう。そう思ってしまうのも無理はないだろう。
「何でそんな物が?」
「分かりません。でも、ちょっとこれは捨てておいた方が良いですね」
「そうだな・・・・・って、湖晴!その醤油使ったんじゃないのか!?」
そうだ。湖晴は焼き魚を食べた直後に様子がおかしくなった。更に、その直前に俺が渡した醤油を掛けていたのを俺は目撃している。つまり、湖晴は毒入りの食べ物を食べた事になる。
「まあ、ヒ素は少量なら大きな害は無いですから大丈夫でしょう。それに、口の中にあったのはさっき全部吐き出しましたからおそらく問題ありません」
「そうか・・・なら良かった・・・・・」
湖晴がそう言う方面の知識を持ってくれていて良かった。俺1人だと、何も対応出来ていなかっただろうしな。
そして湖晴は安堵の表情をしている俺に質問して来る。
「もしかして、私を心配してくれていたんですか?」
「あ、当たり前だろ!ヒ素って毒だろ!?危ないじゃねえか!」
「次元さん・・・・・」
俺の言葉に疑問を投げかける湖晴に俺は怒鳴った。
そう。俺は今、本気で湖晴の事を心配していた。普段から迷惑ばかり掛ける様な奴だが、それと今の件は全くの別物だ。湖晴には死んで欲しくない。
「悪い。怒鳴って」
「いえ、大丈夫です」
「まあ、無事で良かったよ」
「そう・・・ですね」
俺は湖晴に怒鳴った事を謝った。湖晴もすぐに許してくれた。湖晴が寛大な心の持ち主で良かった。
「でも、良く分かったな。そんなのが入っているなんて」
俺はその事が気になった。『普通の人間』なら毒が入っているなんて全く分からないはずだ。いや、分かった頃には手遅れになっているのだと思うが。だが、湖晴もこうして生きている。一体どんなトリックを使ったと言うのか。
「食べた時に何か変な感覚がしたので、もしかしたらと思いまして」
「それで、さっきのビンに入れて確認したのか?」
「はい。このビンにはヒ素の検薬が入っていますので」
湖晴はテーブルに置かれているビンを見ながら、俺にさっきの状況の説明をした。
なるほど、そう言う事だったのか。だから、湖晴は焼き魚を食べた直後におそらく部屋に戻り、その検薬を取りに言ってたんだな。と言うか、随分準備が良いな。パッと見た感じ、湖晴の部屋には何も無かったのに。
それにしても・・・、
「また特殊能力が追加されてしまったな」
「そうですね」
タイムトラベラー、難関校飛び級卒業、プログラマー、完全記憶能力に加えて更に特殊能力が増えてしまった。これでは既に、完璧超人の域を越えていると思う。そう言う方面の専門的な何かで働けそうだ。
「それにしても、何でヒ素なんかが醤油の中になぁ。製造側のミスか?連絡しておいた方が良いだろうか」
だが、製造側のミスにしても不可解だ。今の日本の技術だと容器に商品を入れる際に余計な物、例えば空気や、さっきみたいな毒物が混入しない様になっているはずなのだ。でも、今回は混入していた。
しかも、ヒ素は化学反応で生み出される様な物ではなかったはずだしな。つまり、俺には全く分からん。
「いえ。それは私がしておきますので、次元さんは安心しておいて下さい」
「そうか?じゃあ、頼んだぞ?」
「はい」
湖晴には迷惑を掛けたので俺が製造側に問い合わせようかと思っていたが、湖晴が代わりに言っておくと言い出した。まあ、その方が俺も助かる。そろそろ学校に行かないといけないしな。
「(多分これは製造側のミスではないですね。ヒ素を入れたのは『あの人』だと思いますし。暫く警戒した方が良いかもしれないですね)」
湖晴がぶつぶつと何かを言っていた気がしたが、この時の俺はそれに気付く事はなかった。そして、2人共朝食を食べ終え、俺は学校へと向かった。
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
・・・・・何か、変なんだよなぁ。
学校、午前中4時間目化学の授業中、ふいに俺はそんな事を思った。
何が変なのかは説明出来ないが、ともかく、教室内の雰囲気が変だ。俺と栄長の誤解は解かれたはずなのに。もしかしたら、別件なのかもしれないが。
キーンコーンカーンコーン
4時間目終了のチャイムが鳴り、授業が終わった。そして、ある生徒は食堂へ、ある生徒はクラブの昼練へと向かう。皆さんお忙しそうで。
そんな時、音穏が歩いて来て、俺に話し掛ける。
「次元ー。お昼ご飯食べよー」
「ああ。分かった」
「燐ちゃんも一緒にー・・・・・って、あれ?」
「ん?」
音穏が俺の1つ前の栄長の席を見て、昼ご飯を一緒に食べる様に誘ったが、そこには誰もいなかった。栄長の奴、席から移動するの早いな。何時の間にいなくなったんだ?いや、そもそも授業中にいたか?
「ねえねえ、次元?燐ちゃんは?」
「さあ。分からんな」
「燐ちゃんの後ろの席なのに?」
「そうだな・・・・・」
俺は4時間目は寝ていないはず。そして、栄長は・・・・・あれ?何時からいなかったか?思い出せない。保健室にでも行ったのだろうか。何か心配だ。俺に一言言ってくれれば良かったものを。
「じゃあ、俺ちょっと捜して来るよ。音穏は先に食べといても良いぞ」
「うん。分かった」
そうして、俺は音穏を教室に残し保健室へと向かった。そして、階段を降り、保健室に着いたまでは良かったのだが、保健室のドアには『保健の先生は本日は出張です』と言う紙が貼られていた。つまり、栄長は体調不良でここに来た訳ではない?だとしたら、何処に?
俺は栄長がいそうな場所を考えた。・・・・・そうだ、屋上にいるかもしれない。そして、昨日と同じ様に俺と音穏の事を待っているのかも。だとしたら話は早い。
俺は栄長を見つけるべく、階段を上って行き、屋上へと向かう。
「栄長ー。いるかー?」
屋上のドアを開け、そんな風に声を掛ける。そして、ここにいなかったらもう帰ろう。そんな事を思っていた時だった。
「何だ・・・・・?これ・・・・・」
俺は見てしまった。
そこには栄長と昨日の夕方に会った白髪の男がいた。そして、その2人が正真正銘その言葉通り『戦っていた』のを。




