第05部
【2023年09月18日12時21分37秒】
キーンコーンカーンコーン
「やっと終わった・・・・・」
俺は4時間目の授業の終了のチャイムを聞くと同時に、この4時間俺に起こった出来事を振り返りつつ、軽く伸びをした。
今朝、栄長が『あんな事』をして来なければ、こんな状況にはならなかっただろう。まさか、栄長自身が『Phosphorus』である事を証明する為だけに、個人トークの時の軽い約束である『抱き付いて意味深な台詞を言う』を多数のクラスメイトの目の前で実行するとは。
俺からしたら良い迷惑だ。こんな事は普通は可愛い女の子、しかもこの場合は皆の憧れの的の美少女から抱き付かれるなんて出来事はラッキーイベントだが、今回は全くラッキーではなかった。むしろ、アンラッキーだった。
俺がそんな風に思ってしまう理由。それは今日の4時間の授業中、及び休み時間に起きた事が全てを物語っている。
まず、授業中だ。今朝、栄長が俺に抱き付いた事によってクラスの注目は俺達2人(しかも俺と栄長は席が前後)に集まった。そして、それはその場限りの物ではなかった。
授業中も俺にチクチクと痛い視線が集められていたのだった。俺は視線で視線源の人数を推測するなんて特殊能力は持ち合わせていないが、それでも10人近くはこちらを見ていたと言う事くらいは分かった。
ここで授業中に俺が取るべき行動、それは『誤解を解く』か『諦めて寝るもしくは寝たふり』だと思う。だが、クラス内で気軽に話せる相手が音穏しかいない俺が前者を実行する事はまず不可能だ。
つまり、いつも通りの様に後者を実行すれば良いだけなのだが、やはり誰かに見られていると分かっている状況では、過度なロングスリーパーの俺でも流石に寝辛い。
俺はこれらの理由から結局、俺と栄長の関係についての誤解を解く事が出来ず、寝ようとしても俺に向けられている視線のせいで睡眠活動に集中出来ず、授業を真面目に受けようとするも内容は全く分からないと言う、踏んだり蹴ったりな結果になってしまったのであった。
そんな中、俺のこんな境遇を作り出した主犯の栄長は退院後初めての学校での授業と言う事もあり、しっかりと前にある黒板の方を向いて授業を受けていた。俺達に寄せられる視線に気付いているのかどうかは分からないが、取り合えず今の俺に分かる事は、栄長は全く罪悪感を感じておらず視線も気にしていないと言う事だけだった。
そして、もう1つが・・・
「おい。上垣外。後で体育館裏に来い」
こんな感じで、俺と栄長の関係を勘違いした栄長非公認のファンクラブ『リンちゃん親衛部隊2nd』のメンバーが休み時間になる度にこんな事を言って来る。あと、後に知った事だが、今朝栄長に激励の言葉を叫んでいた複数人の男子クラスメイトは全員このファンクラブの者だったらしい。
ちなみに、『リンちゃん親衛部隊2nd』の『2nd』は別に第2世代と言う意味ではなく、『2年2組の』栄長非公認のファンクラブと言う意味らしい。つまり、他のクラスにもこの様な組織は存在すると言う。
今時、『体育館裏に来い』とか言われるとむしろウケを狙っているのかと思ってしまうが、本人達からするとそれなりに考えた結果なのだろう。行ったら何をされるか分かったもんじゃないので、もちろん俺は行くつもりなんてない。それに、そもそも・・・
「こら!次元くんを虐めちゃ駄目だよー!」
とまあ、こんな感じで栄長が助けに来てくれるのだった。時間帯によっては栄長に話し掛けて来た音穏によって助けられる事もあった。
と言うか、そもそもこんな状況を作り出したのは栄長な訳で、俺は何もしてないし何もするつもりは無かった。つまり、今朝の出来事は断じて俺の責任ではない。なので、主犯の栄長がその誤解を解くのは当然の事だろう。
まあ、男子の俺が女の子2人に助けられるなんて事は、かなり男としてのプライドが傷付くのだが。
俺はそんな事を適当に考えつつ、栄長と『リンちゃん親衛部隊2nd』のメンバーの1人(クラスメイトだが直接的な面識は無い)の会話を聞く。
「燐様・・・・・。でも、この男は・・・」
「次元君は何もしてないでしょ?しかも、今朝の事は私からしたんだから」
「しかし・・・・・」
「しかしも何も無いの。皆が心配してくれるのは嬉しいけど、私は大丈夫だから。それに、あれは私が望んでした事だから」
「そう・・・ですか・・・・・」
「分かったならもう良いよ。私、物分りが良い人は好きだよ?」
「本当ですか・・・・・?」
「うん」
「いぃぃぃやっほぉぉぉう!!!」
・・・・・そんなに喜ぶ事か?栄長が『物分りが良い人は好きだよ?』と満面の笑みで言った後、『リンちゃん親衛部隊2nd』のメンバーの1人は大声を出しながら走り去った行った。どんだけ栄長のファンなんだよ。
俺は栄長の事を音穏から聞かされている情報、『Phosphorus』である事、そしてその高貴で可憐な容姿だけだ。
全身的に音穏より少し大きめだろうか(胸とか身長とか)。また、その他にも、髪に付けている大きめのリボンがトレードマークとなっていて、髪が長い事もあり他の女子よりもかなりレベルが高い様に思える。それに、何か不思議なオーラがある様にも思える。
そんな事をさておき、栄長が人気の理由も少しずつ分かった来た気がする。今さっき説明した通り、外見はかなり目を引く美しい物であり特に男子から絶大な人気を誇っている。だが、それだけだと男子生徒が圧倒的に少ない原子大学付属高校では女子から嫌われそうだが、そうはなっていなかった。
さっきの栄長と『リンちゃん親衛部隊2nd』のメンバーの1人の会話を聞いていても分かる通り、栄長は話相手にペースを合わせつつ、話相手が求めている台詞を言っている。これは話し相手が男子の時にのみ適用される物ではなく、休み時間にクラスの女子と話す時にもそうなっていたのだった。
おそらく、音穏はそんな栄長の事が気に入っていて何回もお見舞いに行ったりしていたのだろう。無理矢理俺と栄長を会話させようとするのも、人脈が広い栄長と会話させる事で、俺のコミュニケーション障害を少しでも直させようとした結果なのだと思う。
色々と考えたのは良いが、まだこの悪状況は解決していない。早い所、栄長に事情を聞かなければ。
そんな時、音穏が弁当箱を持って俺の所に来た。そうか、もう昼飯の時間だったな。4時間目が終わった瞬間に色々考え始めたから、忘れていた。
「次元ー、燐ちゃーん。一緒にお昼ご飯食べよー」
音穏がそんな台詞を言った瞬間、再びクラス中の生徒の視線が俺達に集まる。
「あ、音穏ちゃん。良いよ、食べよう。次元君も良いよね?」
「あ、ああ・・・・・」
俺はあまり乗り気になれなかった。この状況の元、音穏がいると言っても教室内で昼飯を一緒に食べると言うのは正直きつい。飯くらい他人の干渉を受けずに済ませたいものだ。誰かに誘われて食べる分には全然構わないのだが。
「・・・・・音穏ちゃん。私、今日学校久し振りだから教室以外の所で食べようよ。日が当たっていて風通しの良い所・・・・・そうだ、屋上で食べよう?」
「屋上?うん。良いよー」
俺の様子を察知したのか、栄長が気を利かせてそんな事を言っていた。屋上なら人が少ないのでゆっくり出来るだろう。
そして、俺達はそれぞれ準備を済ませた後、屋上へと向かう。
途中、俺は各クラスの『リンちゃん親衛部隊』に睨まれたが、気にしないようにした。あと、栄長が屋上に行くと言う事を知った『リンちゃん親衛部隊』の数人が一緒に屋上に来ようとしていたが、栄長が懇切丁寧にお断りしていた。
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
何はともあれ屋上。俺と音穏、そして栄長は昼飯を食べている。栄長の忠告もあり、屋上には他に誰もいなかった。これで、やっと人の視線から解放された。
さっきから女子2人は俺の事なんてとうに忘れ、思い出話やら学校の事等を話している。2人の仲が良いのは良い事だ。それに、2人で勝手に話してくれてるのなら俺もゆっくり出来るしな。
そう言えば、音穏と会話している栄長がチラチラと何回かこちらを見ていた気がしたが気のせいだろう。栄長に色々と事情を聞くのは時間が出来た時で良いか。
だが、その時間は意外と早くやって来た。
『生徒の呼び出しをします。軽音楽部の2年生、1年生は至急職員室まで来て下さい。繰り返します・・・』
校内放送で軽音部の1、2年生が職員室に呼び出された。そして、この放送を聞いた2年生軽音部の音穏が少し驚いた後、その準備を始める。
「何だろう。じゃあ、私ちょっと行って来るから、2人共後は好きにしておいてね。何時話が終わるか分からないから、食べ終わったら先に教室戻っててー」
「うん。分かった。いってらっしゃーい」
「了解~」
そんな感じでタイミング良く音穏が屋上から姿を消した。音穏には悪いがグッドタイミングだ。他の誰もいないこの屋上で、ようやく俺は・・・
「『栄長を襲おう!』」
「違えよ!てか、何でタイミング良く俺の心の声と連動させられるんだよ!」
栄長がそれはそれはタイミング良く、俺の心の声と栄長の勝手な予測を連動させて来た。俺の本来の目的はそんな事ではなく、今日までの事と、今朝の事についての事情を栄長から聞きだそうと言う事だ。
「と言うか、ちょっと待て。何でわざわざ『栄長を襲おう!』なんて事を言ったんだ?」
「違った?」
「違う!断じて違う!俺はそんな事しないし、そもそも考えた事すらない!」
栄長の事を全く知らない俺だが、意外と普通に喋れている。これも栄長の不思議な力とやらのお陰なのだろうか。まあ、話がスムーズに進むのなら何でも良い訳だが。
「そこまで否定されると、逆に私が女として魅力が無いって事になるのかな?」
「いやいやいや!そう言う訳ではなくだな!俺が聞きたいのは・・・」
「これまでの事と今朝の事、そして、これからの事でしょ?」
「あ、ああ」
栄長の意味不明な茶々を入れて来たせいで話が逸れてしまっていたが、ようやく本来の目的に戻る事が出来そうだ。それにしても、何で『襲う』とか『魅力が無い』とかそんな話になるんだろうか。良く分からん奴だ。
「それじゃあ、順番に聞いて行って良いか?」
「どうぞー」
栄長は教室にいた時とは全く雰囲気が違う。何と言うか、教室内では良い意味で緊張感のある雰囲気だったのに、今はそんな事はなく、むしろ軽い感じのフレンドリーな雰囲気になっている。
それはそうと、栄長には色々と聞かなければいけない事がある。まずは・・・・・本当に栄長が『Phosphorus』であるかどうかの確認だ。合図が合っていたとしても、それだけが全てではないからな。
「まず1つ目だ。栄長が『Phosphorus』で良いんだよな?」
「あ、そんな事から?まあ良いけど。うん、私がランキングトップの『Phosphorus』で合ってる」
「これまで俺に強制対戦を仕掛けてきたのも?」
「うん」
「昨日、10分間も俺の知り合いとバトルしてたのも?」
「うん」
「その後、俺と個人トークをして俺の個人情報をばら撒きかけたのも?」
「全部そうなんだけど、何か私の印象悪くない?」
俺から散々経験値奪っておいて今更何を言うか。
「あんまり信じらんないよなー」
「でも、事実だし」
「てか、よくランキングトップになれたな」
「入院中は暇だから、それでかも」
そう言えば、栄長は入院していて今日は退院後初の登校日だったな。周りと馴染みまくっていたからすっかり忘れていた。
でも、パソコンとかの電子機器って病院みたいに精密機械が沢山ある場所で使っても良いのか?今は特に問題は無いのだろうか。医師と看護師の息子としてこんな事を知らないのは少し恥ずかしいが。俺の両親は応急処置の方法以外は特に俺達に教育はしなかったしな。別に気にする事もないだろう。
「で、今朝俺に抱き付いたのも・・・」
「個人トークで約束した通りだよ?疑っているのなら、もう1回しようか?」
「いや、流石にもう良い。それで、何で俺ばっかりを狙っていたんだ?」
「次元君。前も言ったかもしれないけど、覚えてる?」
「?何をだ?」
「『もう死なないで』って言ったのを」
その時も全く意味が分からなかった『Phosphorus』、つまり栄長の言葉だったが、あれは結局何なんだ?俺は今もこうして生きている訳で。そもそも、普通に生活していれば死ぬ様な危険な目には合わない。言った本人が目の前にいるので、せっかくだから聞いておく事にする。
「あーそう言えば、そんな事も言ってたな。あれって結局どう言う意味だったんだ?」
「次元君は知らない方が良い事だから、私は言わないでおいておく。どうしても聞きたいのなら言うけど、後悔したくないなら止めておいた方が良い」
それなら、何で話題に上げたんだよ。俺は別に滅茶苦茶気になる訳ではないので追求はしないが。それに、あらかじめ『後悔したくないなら止めておいた方が良い』とか言う風に忠告されると聞き辛いじゃないか。
「それはともかく、ちゃんと生き延びてくれてたんだね」
「お陰様で」
と言うか、死ぬ要因が無い。阿燕の過去改変前に学校で危ない目にはあったが、それ以外では何も無いしな。・・・・・もしかして、その事か?
「もしかして、何か心当たりがあるの?」
「・・・・・」
ここで栄長にあの事を言うのか?学校で様々な手段で殺されかけた事を。でも、あれは過去改変前の出来事だ。過去改変が済んだ『今』の世界ではあの事件は起こっていない。崩落した校舎の一部も元の姿に戻っているし、過去改変後、金曜日の昼休みに印刷室に行った所、俺が破壊したはずの窓ガラスも割れていなかったしな。
だから、ここで栄長にあの事件の事を言うのは適切ではないだろう。現実と違う事を言って混乱させても悪いしな。それはそうとして、何で栄長は俺の事をそんなに心配してくれるんだ?過去の俺が何かしてやったのか?
「いや、何も無いな。至って平和な日々だった」
「本当に?」
「・・・・・あ、ああ」
栄長は俺に疑惑の表情を向けて来た。それは俺が嘘を付いている事を見透かしているかの様な表情だった。
でも、栄長は暫く俺の顔を見つめた後、再び話し始めた。
「じゃあ、この話はおしまい。次の質問は?まだあるんでしょ?」
「ああ」
そうして、俺は栄長の不明瞭な回答を聞き届けた後、再び質問を続ける。
今思えば、栄長がさっき言っていた『もう死なないで』と言う言葉。あの言葉の本当の意味に気付いていれば、結末を変える事は出来なくてもせめて心構えくらいは出来ていたかもしれない。まあ、今となってはどうしようも無い訳だが。




