第01部
【2023年09月17日20時52分02秒】
「はぁ・・・・・」
この俺、上垣外次元は自分の部屋のパソコン前でそんな風に溜め息を付いた。普段、俺はこんな風に何かに対して溜め息を付く事は基本的には無い。だが、今回だけは例外だ。
「前に注意しておくべきだった・・・・・」
俺が溜め息を付いた理由。その答えは今俺が見ているパソコンの画面の中にある。パソコンの画面に表示されているのは育成型ネットゲーム『SFADV』の対戦画面だ。
その画面に表示されているのは、『ディメンション VS Phosphorus』とその下にある『YOU LOSE』『TIME 00:00:02』の文字。これらの文字を見るのも、今日だけで既に3度目だ。もう、良い加減こんなの見たくない。軽く鬱になりそうだ。
ついさっきまで俺は、機嫌が直ったのか直っていないのか分からない妹の上垣外珠洲、そして天然居候白衣少女兼タイムトラベラーの照沼湖晴の3人で夕食を食べていた。
そして、その後特にする事も思い付かない俺はこうしてネットゲームに時間を費やす事にしたのだった。
だが、それもさっきから言っている通りの結果になっている。椅子に座ってパソコン本体の電源を入れた瞬間に『対戦を申し込まれました 【強制対戦】なので拒否出来ません』などと言う理不尽な内容のメッセージが表示されたと思えば、数秒後にはそのメッセージは『YOU LOSE』と言う文字に突然変異していた。
レベル差やゲームの経験差があるとは言え、幾らなんでもこれは早過ぎる。他のユーザー(俺より強い)と対戦した時でも、どれだけ早くても3分はかかっていたのに、だ。
以前、授業をサボって掲示板を見た時に書いてあった情報だと『Phosphorusは経験値のレベルアップボーナスのほとんどをスピードに費やしている』とか書いてあった様な気がするが、それが真実だとしたら逆に俺の目の前に表示され続ける文字は説明が付かない。
何故なら、レベルアップボーナスにも限界がある為、スピードを上げれば他のステータス(スタミナとかパワーとか)を上げる事が難しくなるからだ。これはどの育成型ゲームにも当てはまる事だとは思うのだが、『Phosphorus』はその基本設定を無視したかの様な超スペックを持つアバターを操っていた。勝ち星ランキングトップなのも頷ける。
一応説明しておくと、さっき画面に表示されていた『強制対戦』とは『対戦を申し込まれた相手が対戦を拒否出来ない対戦』と言う理不尽極まりない対戦手段だ。
だが、実際はこの対戦手段は使用者のレベルが規定値を超えていなければ使用する事は出来ず、ターゲットが電源を入れていなければ不発となり、また、1度この対戦手段を使用すると次の対戦まで15分間対戦禁止となる為、意外と利用しているユーザーは少なかったりする。
そんなデメリットを持ち合わせている強制対戦だが、『Phosphorus』はそんなデメリットなんてお構い無しに、今現在、俺に丁度15分毎に強制対戦を仕掛けて来る。今までも俺が休憩がてらにパソコンの電源を入れた瞬間に強制対戦を仕掛けてきたしな。
どう言った目的で俺をこんなに狙うのかは分からないが、それでも俺でも1つ気になる事があった。
一体、どうやって『Phosphorus』は『俺がパソコンの電源を入れた事を認識している』のだろうか。流石に監視とかはされていないだろうし、ハッキングとかをされていたらセキュリティが発動するはずだしな。だから、全く方法が分からない。
それに、今までは多くても1日1回だった強制対戦が今日は既に3回もされている。向こうも暇なのだろうか。
こっちとしては、強制対戦後の対戦禁止時間中(15分間)にパソコンの電源を切ってさっさと寝てしまうのが得策なのだろうが、なんとなくその気にはなれなかった。
今日は朝から色々とあったしな。俺も精神的に疲れ過ぎて、逆に眠れなくなっているのだろう。疲れ過ぎて眠れなくなるなんて事は、まあ、俺としては良くある事だ。
湖晴の『連続ネガティブ発言』、珠洲の『ゴミ箱に放り込まれていた表彰状』。どちらも本人に聞いてみても結局何も分からなかった。
湖晴に『あの話は結局何が言いたかったんだ?』と聞いた所、『あの話、ですか?』と首を傾げられながら覚えていないふりをされ、珠洲に『表彰状あれで良いのか?今は俺の部屋にあるが』と言った所、『好きにしておいて良いよ』と笑顔で返された。2人共どうしたと言うんだ・・・・・。
湖晴の話は俺的には色々と引っかかる事があった訳だが、湖晴が何度も話したくないのなら無理して聞くつもりは無い。湖晴の過去に何があったのかとか、タイム・イーターの過去改変能力の不確定さについて聞いておきたかったが。
それと、珠洲のグシャグシャになっていた表彰状の件だ。表彰状の内容から察するに、おそらく珠洲は優勝したのだろう(優勝とかがあるかは知らないが)。
珠洲は交友関係に問題を抱えている訳では無いはずだから、他人にあれをされた訳ではないだろう。で、優勝している事から考えると、内容が気に入らなくて自分でグシャグシャにした訳でもないだろう。
だったら何でだ・・・・・?
・・・・・もしかして『俺のせい』か?音穏達に強引に連れて行かれたからとは言え、俺が朝にしたばかりの約束を破って試合を見に行かなかったから?
でも、これは少し考え過ぎではないだろうか?流石に『俺が見に行かなかっただけ』で表彰状をグシャグシャにする訳ないだろう。今までだって、俺は1度だって珠洲のクラブの練習風景や試合を見に行った事は無かったしな。
ピコーン
その時、パソコンから甲高い電子音が聞こえて来た。おそらく『Phosphorus』が本日4度目の強制対戦を仕掛けて来たのだろう。
今は色々と考え過ぎない方が良いかもしれない。その内、今日の2つの事の真相は分かるだろう。もしくは俺が忘れて、そもそも無かった事になるだろう。おそらく後者になるだろう。
「次元さん。何してらっしゃるんですか?」
すると、俺の背後から透き通る様な女の子の声が聞こえて来た。俺はその声の音源の方向を向くと、そこにはいつも通りの白衣姿(既に部屋着も兼ねている)の湖晴がいた。こんな時間に何しに来たのだろうか。
「湖晴か。別に、ゲームしてただけだ」
「そう言えば、次元さんも普通にゲームをされるんでしたね」
「暇な時だけだけどな」
「ちょっと見せて頂いても良いですか?」
「ああ」
そして、湖晴はパソコンの画面を覗き込んだ。その拍子に、湖晴の豊満な胸がプニュっと俺の肩に当たる。更に、俺はパソコン前の椅子に座っており、その後ろから湖晴がパソコンの画面を覗き込んでいる状態なので、湖晴の可愛らしい顔が俺の顔のすぐ隣にあり、しかも、湖晴の吐息が俺にかかっている。
それに加えて、湖晴は今風呂を上がった所だろうか、何か良い香りがする。湖晴は性格こそ天然の極みだが普通に可愛いもんな。胸もかなり大きいし。男の俺としては、こんな子と屋根の下1つで一緒に住んでいて、しかも今は俺の部屋で2人っきりとかを考えていると妙にドキドキしてしまう訳だが・・・
「って、違う違う違う!」
「?どうされましたか?」
俺は何を考えているんだ。もう少しで俺が『HENTAI』の称号を取得してしまう所だった。俺は平凡主義者、何事も平均・普通である事を理想とする人種だ。そんな称号はこれまでも、そしてこれからも必要無い。
だが、最近では今ここにいるタイム・トラベラーの湖晴のお陰で、前までの平凡な生活は終焉を迎えた訳だが。まあ、これも湖晴の使命とやらが終わるまでの辛抱だ。
「椅子代わるから、座れよ」
「そうですか?ありがとうございます」
湖晴は少し不思議そうにした後、笑顔で俺にお礼を言って来た。『その笑顔は反則だ!』とは言いたくても言えない。女の子の笑顔は何時見ても何となく嬉しい気持ちになれる。
そして、俺が椅子から退き、湖晴が代わりに椅子に座る。
椅子に座った湖晴を見て、俺は思った。湖晴って姿勢が良いな。まるで背中に定規を入れているかの様にピンと伸びている。この表現はあまり良くないかもしれないが、大体の状況は説明出来ているだろう。
「次元さん。何かメッセージ出てますけど、どうしましょうか」
「ん?ああ、そうだった。対戦を申し込まれているんだった」
対戦を申し込まれていると言っても、強制対戦なので拒否権は無いが。ちなみに、強制対戦を申し込まれたプレイヤーは強制対戦を申し込まれてから30分経つか、電源を切ってしまうと不戦敗となる。
「1回プレイしても良いでしょうか」
「別に構わないが、操作方法とか分からなくないのか?一応操作方法はメニュー画面から確認出来るが・・・」
「あ、これですね。なるほど。覚えました」
「早っ!え!?今の数秒で操作方法全部覚えたのか!?」
「え?あ、はい。これくらいなら5秒あれば充分です」
これくらいと言っても、『SFADV』はネットゲームにしては操作方法が多彩過ぎる事である意味有名だ。その操作方法は当然の事ながらマウスは使うし、十字キーを始めとしたキーボード全体を使う場合もある。組み合わせやパソコンの機種によっては数100種類を超えるとも言われている。
俺は『SFADV』をやり始めてから大して時間が経っていないのと、そもそも記憶力があまりよろしくないので、基本的に十字キーとマウスくらいしか使わない。その為、他のプレイヤーと比べて行動パターンが単純になって、先読みされやすい。
だが、そんな複雑難解な操作方法を湖晴はものの数秒で記憶したと言った。俺でさえ覚えるのに結構時間がかかったと言うのに、だ。流石、偏差値80の学校を飛び級して卒業しただけの実力はあるな。俺なんかとは格が段違いだ。
「でも、湖晴はこのゲーム初めてだろ?戦い方とか分かるのか?」
「対戦しながら相手の方の行動を見て、のんびり学んで行きますよ」
「・・・・・そうか」
普通に考えたら、相手は勝ち星ランキングトップの『Phosphorus』だ。だから、のんびり学んでいる暇も無く、数秒間で敗北してしまうだろう。
ここで俺は『あえて』その事は黙っておく。『相手が強いと言う事を知っている状態』で始めるゲームと『相手が強いと言う事を知らない状態』で始めるゲームでは、後者の方が断然面白いだろう。それに、対戦前に相手が強い事を言ってしまうとやる気が削がれる可能性もあるしな。
「これ押したらスタートですか?」
「ああ。まあ、頑張れ」
「はい!」
そうして、湖晴は『GAME START』と書かれたアイコンをクリックした。
次の瞬間、画面がそれまでの平和そうな青色の画面から突然切り替わり、殺伐とした廃墟の様な建物が周りに大量にあるステージ画面へと移った。そして、ゲーム開始までのカウントがされる。
【3】
【2】
【1】
【START!】
その表示と共に笛の様な機械音が鳴り響き、ゲームが始まる。
俺は湖晴はすぐに負けるだろうと確信していた。しかし、俺の目の前に繰り広げられているのは想像もしていなかった光景だった。
湖晴は目にも止まらぬ速さでキーボードを叩いて行き、コマンドを次々と打ち込んで行く。よくよく見てみると、その打ち込まれているコマンドには上級者向けの難しい(ようは長くて複雑)物が幾つもあった。
「何だ・・・これ・・・・・」
それから暫くの間、湖晴の防御と『Phosphorus』の速攻が続く。
時間は既に1分を過ぎている。今さっき操作方法を覚えたばかりの湖晴が勝ち星ランキングトップの『Phosphorus』に1分も耐えている。しかも、体力ゲージはまだ半分以上残っている。
最初の1、2分は『Phosphorus』の攻撃をひたすら避け続けたりしている湖晴だったが、しばらくすると攻撃を加え始める。俺が1度たりとも、1ダメージも与える事が出来なかった、あの『Phosphorus』の体力ゲージがガリガリと削られて行く。
そして、そんな中俺はある事に気が付いた。それは、画面の右端に小さく表示されているステージ全体のマップだった。そのマップに表示されているのは自分と相手の位置、元々落ちているアイテムやワープポイント。
更に『自分の仕掛けたトラップの位置』だ。トラップは自分が踏んでも起爆する為、そうならない様にこの仕掛けがマップが表示される。俺も度々自分の仕掛けたトラップで自爆したりもした。
だが、湖晴は計算したかの様に『ファイナルオブレジェンドホール』を仕掛け続けていた。この『ファイナルオブレジェンドホール』とか言う片仮名だらけの厨二病全開な名前の落とし穴は、別名『伝説の蟻地獄』と呼ばれており、設置するのに15個もの大量のパーツが必要で、最低設置範囲が広い為、膨大な時間と移動距離が必要なので基本的には使用されない。
だが、この『ファイナルオブレジェンドホール』のパーツである『ファイナルオブレジェンドホール1~15/15』を全てを仕掛けると発動し、まるで蟻地獄の様に床が崩落し、最後のパーツを仕掛けた瞬間に範囲内にいたプレイヤーに深刻なダメージを与える。
さらに、抜け出すのに転移装置を使用する事は出来ず、自力で上がる事になる。だが、今までにこの落とし穴を設置したプレイヤーも、抜け出したプレイヤーも数える程しかおらず、その時の対戦の様子を録画した映像がネット上に流れるとユーザー達を大いに盛り上がらせた。つまり、これはまさにロマンの塊とも言える代物だ。
だが、湖晴はあの『Phosphorus』の攻撃に既に5分以上も耐え、更に『ファイナルオブレジェンドホール13/15』まで仕掛けている。あと2つ設置出来れば発動だ。これに成功すればあの『Phosphorus』に勝つ事も夢ではない。
まさか、湖晴がここまでの実力の持ち主だったとは。存在を知ってからまだ15分も経っていないゲームでランキングトップのプレイヤーにあと1歩の所まで来ている。
この時、俺は純粋に思った。『湖晴、頑張れ!』と。
湖晴はその手を休める事無く、『Phosphorus』の攻撃を交わし、少しずつダメージを与えつつ、密かに『ファイナルオブレジェンドホール』のパーツを仕掛けて行く。
これなら、勝てるかもしれない・・・・・!
そして、湖晴が『ファイナルオブレジェンドホール15/15』を仕掛け終わる。そして、『SFADV』史上最強の落とし穴が発動する。




