第02部
【2023年09月17日11時15分31秒】
阿燕に手をしっかりと握られ、俺は連れて行かれるがままに阿燕の言う『行きたい所』に向かって、ほとんど人のいない温水プール施設内を走っていた。そして、ようやくその目的地に着いた。
走ったからだろうか、阿燕はまだ顔が赤い。
「で、何でここ?」
「い、良いでしょ!?別に!」
俺達が着いたのはいわゆるウォータースラーダーと呼ばれるべき場所だった。と言うかウォータースライダーその物だった。
施設全体の来場客が少ないせいか、見た感じ今は誰も使っていないみたいだが、それにしても何でここなんだろうか。阿燕はこう言う系(ジェットコースター系)が好きなのだろうか。高さもかなりあるし。
「ここが来たかった場所なのか?」
「そ、そうよ!」
「じゃ、俺は飲み物買っ・・・」
「え!?一緒に来てよ!」
「俺もするのか?これ」
「上垣外もしなかったら、何でここに来たのか分からないじゃない!」
てっきり阿燕がウォータースラーダーをしたくて俺を連れて来ただけだと思っていたが、俺もするのか、これ。俺は別に高所恐怖症とかではないので大きな問題は無いのだが、それでも普段はこんな所に来ないのでこう言うアトラクションには乗った事が無い。なので、どうしても乗る気にはなれない。
「駄目・・・?」
「・・・・・・」
阿燕が再び上目遣い(今回はやや涙目)で俺に聞いて来た。俺としてはなるべく体力を消費したくはなかったのだが、このままでは阿燕が可哀想だ。まあ、1回だけならさほど疲れないだろう。
「分かった分かった。でも、1回だけだぞ?」
「うん!」
子供に遊ぶ回数制限をする親みたいに、俺は阿燕にそう言った。そして、阿燕は幼い子供みたいな無邪気な笑顔をした。身長のせいだろうか、どうしても阿燕が年下っぽく見えてしまう。本人にはこの事は黙っておこう。
俺と阿燕はウォータースラーダーをする為、その階段を上り、ウォータースラーダーの入り口(滑り始めの所)に行った。行ってみて始めて気づいたのだが、ウォータースラーダーの建物の頂上って意外と高さがあるんだな。高所恐怖症の人とかは大変そうだ。
「どっちから滑る?俺は後でも良いが」
「い、一緒に滑って・・・」
「ん?」
「一緒に滑ってあげても良いのよ!?」
「一緒に?」
何でそんなに・・・・・もしかして、阿燕は興味本意でここまで来たは良いが、本当はウォータースラーダーは苦手なんじゃないか?だから、俺をここまで連れて来た?
それならここまでの経緯もある程度は理解出来るが、『一緒に』ってそれはちょっと不味いのではないのだろうか。俺は別に気にしないのだが、別に好きでもない男と一緒にくっ付いてウォータースラーダーをする、と言うのは流石に不味いだろう。女の子の貞操的に。
「早く早く」
阿燕はすでにスタンバイしていた。本人に余計な事を聞いて怒らせるのもなんなので、ここは黙って言う通りにしておく。
「あの、阿燕さん?何故そんな所に座るんでしょうか?」
「べ、別に良いでしょ!?」
俺がウォータースラーダーの入り口に座ると、その俺のすぐ前に阿燕が座った。ちょっと、近い。いや、かなり近い。と言うか、阿燕の地肌が俺に触れている。それに、阿燕の心臓の鼓動が俺に伝わって来ている。
「いやいやいや!これは流石に・・・」
「私じゃ嫌・・・・・?」
「・・・・・・・」
だからその上目遣いをされると俺はどうしようもなくなるんだって!俺って何時から上目遣いに弱くなったんだろうか。主に阿燕が原因なのは分かっているが。
「仕方ないな・・・・・。じゃあ、行くぞ!」
そう言って、俺と阿燕はウォータースラーダーをした。
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
数10分後。
ウォータースラーダーを滑るのはもう何回目だろうか。本当は1回で終わる予定だったのだが、終わる度に阿燕が上目遣いをして来て俺は抵抗する事も出来ずに、ウォータースラーダーを滑り続けた。
他の来場客がほとんどいないのが幸いなのか不幸なのかは分からないが、少なくとも俺にとっては幸いではなかった。そろそろ体力の限界だ。今すぐ寝たい。何時までも寝ていたい。
「なあ、阿燕・・・・・」
「何?次行こう?次」
「そ、そろそろ止めないか・・・・・?俺、もう体力が・・・・・」
日頃からスポーツをしている阿燕と寝てばかりいる俺とでは、決定的に体力に差がある。男女で元々の身体能力が違うと言っても、こう言う時にはそんな物は全く関係なかった。それに、阿燕は滑る度に俺に身を寄せて来たので、俺は精神的にきつくなって来ていた。理性が何時まで持つかも心配だ。
「え?あ、ごめん!私調子に乗り過ぎて・・・・・」
「いや、別に阿燕は悪くない。阿燕が楽しかったなら、俺はそれで良い」
「ありがとう・・・・・。じゃ、じゃあ2人の所に戻ろう?」
「そうだな」
そうして、俺と阿燕はさっき音穏と湖晴がいたプールに戻った。あれ?そう言えば、俺達って飲み物を買いに来たんじゃなかったっけ?まあ、良いか。後で昼飯と一緒に買いに行けば。時間も時間だしな。
そして、暫く歩いて2人の元に戻ったのは良かったのだが、そこには横たわる湖晴とそれを見つめる音穏の姿があった。
「音穏、どうしたんだ?何かあったのか?」
「あ、次元。うん、それがね。私が湖晴ちゃんにスキンシップをしてたんだけど、湖晴ちゃん途中で疲れ果てちゃったみたいで、今ちょっと寝てるの」
「・・・・・どんなスキンシップしてたんだ?」
湖晴はパラソルの下で横になっている。そして、今までは見た事もないくらい顔が青ざめていた。何をしたらあの湖晴が気絶するんだよ。音穏、恐るべし。
「それにしても、随分長かったね。混んでたの?」
「ん?あー、えっと・・・」
人がそもそもほとんどいないので、混んでいると言う可能性はないのだが『阿燕と一緒にずっとウォータースラーダーしてました』なんて言えないな。本来は飲み物を買いに行くだけの予定だったしな。
すると、阿燕が焦りつつも音穏に言った。
「そそそそんな事よりも音穏!私が湖晴の様子見ておくから、上垣外と何か買って来たら?」
「次元と?」
「そ、そう!」
「おい、ちょっと、待て。俺は疲れたから、もう寝・・・」
「そうね!じゃあ、阿燕ちゃん。湖晴ちゃんの事よろしくね!さあ、次元行こう!」
「待て待て待てーーー!!!」
俺は休む事を許されず、再び連れて行かれた。せめて1時間で良いから寝させてくれよ・・・・・。俺は音穏に連れて行かれるがままに売店へと向かう。
「あっ」
「音穏!」
すると、音穏が何かに躓いたのか倒れ掛けた。俺は急いで前に行き、音穏を庇って下敷きになる。過保護か?
「いたた・・・・・って、ごめん次元!大丈夫!?」
「あ、ああ。俺は大丈夫だ・・・・・。音穏こそ大丈夫か?
「え、うん。大丈夫。ありがとう・・・・・。よいしょ、っと・・・」
「・・・・・あれ?おわあああ!ストップ!音穏動くな!」
「ふぇ?」
俺が下敷きになって音穏が怪我をしなくて済んだのは良かったが、その後の状態が不味い事になっていた。
「え?何?」
「いや、ちょっとストップ!前、前ー!」
「前?」
俺は目を閉じつつ、音穏に注意した。それもそのはず、音穏の水着が取れかかっていたのだ。今俺が急いで下に回ったせいで、ずれてしまったのだろう。危うくポロリしかけていた。
「・・・・・そうか。なるほど~」
「音穏、そろそろ直ったか・・・・・って、うおーい!」
目を開けた俺の目の前にいたのは音穏だった。音穏がいたのはさっきから言った通りだが、さっきよりもかなり近くにいる。音穏の体は仰向けの俺の上に乗っかっていて、特に顔が俺の顔の目の前にあり、音穏のそれなりにある胸が俺の体に密着していた。
これは不味い。非常に不味い。温水プール施設内にはほとんど人はいないし、それに加えて今俺達がいる場所は阿燕達からは見えない場所とは言え、こんな所誰かに見られたら俺が社会的に抹殺される。
「次元。胸、ドキドキしてるよ?」
「へ、変な事言うなよ!早く直せって!あと、胸当たってるって!」
「次元ったら、照れちゃって~。胸は『当ててる』の」
「何で!?」
余計な事するな!俺の理性が崩壊したらどうするつもりだ!音穏は体重こそ軽いので別に乗っかられても大して辛くはないが、この状況は辛い。阿燕や湖晴にこの状況を見られたら絶対に誤解される。
「だって~次元ったら、全然反応してくれないんだもん~」
「は、反応?」
「せっかく私が水着を着てるのに、何も言ってくれないんだも~ん」
「いや、その、何だ。似合ってるぞ?普通に」
「そ、そう?ありがとう・・・・・」
「じゃあ、そろそろ俺の上から退いてくれ・・・」
音穏の水着が似合っているのはさっき俺が3人を見ている時に解説した通りだ。ここではその音穏の胸が強調されていた事は心にそっとしまっておこう。
「・・・もしかして、私にくっ付かれるのが嫌?」
「嫌とかじゃなくてだな・・・」
「じゃあ、良いじゃん~」
「何が!?音穏、何か変なスイッチ入ってないか!?」
「そんな事無いよ~?私はいつも通り~」
何か音穏の様子が変だ。顔が赤くなってるし、語尾に『~』が付いてるし、さっきからどんどん顔が近くなって、何か柔らかい物が俺の体に密着し続けている。誰か、助けてーーーーー!!!!!
「ね、音穏・・・・・?」
見上げると、そこには明らかに驚いていて、機嫌の悪い表情をしている阿燕の姿が。数秒後、音穏も阿燕の存在を認識し急いで俺の上から立ち退いた。ようやく助かった。俺の理性が崩壊する前に阿燕が来てくれて良かった。
「あ、阿燕ちゃん!?何でここに!?湖晴ちゃんは!?」
「ここにいますよ」
音穏が阿燕に聞くと、阿燕の後ろから湖晴が顔を出した。体調は治ったのかな。
「あ、湖晴。体調は大丈夫なのか?」
「はい。少し休んだら治りました」
「そうか。良かったな」
「湖晴が起きたから、2人を追いかけて来たの。で、何やってたの?」
笑顔だが、どう見ても怒っている阿燕は俺達に問う。
「いや、俺は音穏がこけ・・・」
「さ、さあ!そんな事はどうでも良いよ!お昼ご飯買いに行こう!」
「ちょっと、音穏!・・・逃げられた」
音穏が無理矢理阿燕との会話を終了させ、売店の方に向かって行った。しかし、阿燕は納得していない様子で、その怒りの矛先は俺に向けられる。
「で、何してたの?」
「え、えーっと・・・・・」
「言えない?」
「音穏がこけそうになって、俺が下敷きになって庇ったらあんな状態になっただけだ。特に疾しい事はしていない!」
「そう・・・・・」
俺は取り合えず、機嫌が悪そうな阿燕に真実を話した。音穏の様子が変だったのは、音穏の事を思って念の為黙っておく。これで納得してもらえただろうか。
「それが『表向き』の理由として、本当は何をしていたの?」
「今言った事が『表向き』であり『裏向き』の理由だ!つまり、表裏一体正真正銘の事実だ!」
しかし、阿燕は全く納得していなかった。俺の言った事実を『表向き』と仮定して話を進めようとして来た。
まあ、取り合えずそんな感じで先に走っていってしまった音穏に追いつく為、俺と湖晴と阿燕の3人は売店へと向かった。湖晴はまだ体調が完全には治っていないのか、意外と静かだったな、そう言えば。
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
俺達は一応無事に売店へと着いた。さっきの音穏と阿燕の話はこちらがひやひやする展開だったが、今は皆機嫌も直って昼ご飯を食べている。来場客が少ないせいか、並んだりする事なく食料を確保出来た。
「それにしても、珠洲ちゃんには悪かったね」
「そうだな。家に帰ったら謝っておくよ」
本来、と言っても今朝の事だが、俺は珠洲の入っている射撃部の試合を見に行く予定だった。だが、その直後に来たこの3人に連れて行かれたのでそれも叶わなかった。後で、珠洲にはフォローを入れておけなければ流石に可哀想だ。
「私もさ、或琥を誘ったんだけど『今日は無理』って言われちゃって」
「或琥って、妹か?」
「そうそう。そう言えば次元は何回かしか会った事無かったね」
音穏の妹の野依或琥には俺が小学生、中学生の頃に2、3回会った事があるだけだ。顔は一応覚えてはいるが向こうは忘れている事だろう。
「私も姫瀬乃誘ったけど、姫瀬乃も『用事がある』って」
「姫瀬乃って?」
「あれ?2人共会った事無かったっけ?薗頭姫瀬乃。中学から私と同じクラスで、今も同じクラスの大人しそうな子」
「へー。また今度会ってみたいな」
もしかして、過去改変前に教室前で俺が阿燕の居場所を聞いたあの子か?阿燕とそんなに仲が良かったのか。中学から同じとは。
「姫瀬乃、クラブとかには入ってなかったと思うんだけどね。中学生の頃は一緒にソフトボールやってたけど」
「そうなのか。それは知らなかったな」
「ん?上垣外は会った事あったっけ?」
「いや、無いぞ」
ここで変な事言って、ややこしくなったら面倒だ。だから、俺はあえて知らないふりをした。そもそも、過去改変前に阿燕を呼んでもらう為に教室前で話した女の子が、その薗頭である保障は無いしな。
「じゃあ、そろそろ行きますか!」
「そうね。皆食べ終わってるみたいだし」
「何時まで遊ぶ気だ・・・」
そんなこんなで俺はまだ解放されなさそうだ。もう腹も一杯だし、疲れたから昼寝したい所だが。まあ3人に勝手に遊ばせておけば良いか。
「次元さん」
俺は先にプールへと向かった音穏と阿燕を追いかけようとした。しかし、昼食中ずっと黙り込んでいた湖晴が俺の手を掴んで引き止めた。
「ん?どうした?まだ食べたりないのか?」
「それもありますけど・・・」
あるんだ。
「ちょっと、お時間よろしいでしょうか?」
「え?あ、ああ」
そして、俺は湖晴と話す事になった。




