第12部
【2023年09月14日18時06分57秒】
現在俺と湖晴は、元々目的地であったはずの駅前の商店街にいる。だが、豊岡の姿は無い。それもそうだ。向こうだって移動くらいするだろう。石像じゃああるまいし。
「で、豊岡は何処に向かっている?」
俺は湖晴に尋ねる。湖晴の持つタイム・イーターを使用すれば豊岡の現在位置は一瞬で分かるが、見ながらではどうしても走り難いため、こうして途中で小休憩を入れつつ豊岡の位置を把握して来ている。
「そうですね・・・・・、阿燕さんは駅の中に入ったと思われます」
「駅?何処か別の所にでも行くのか?」
「どうでしょうか。さっき調べたのですが、阿燕さんに誤って発砲してしまった警官は、現在駅前の交番に勤めているらしいですが」
「近いと言えば近いが、でも豊岡は駅の中なんだろ?だったら何を・・・・・?」
意外と近くに狙われている警官がいたものだ。本人は全然知らないだろうが、かなり危機的状況にあると言えるだろう。豊岡も流石に公の場では発砲したくはないだろうが、それでも確証がある訳ではないしな。
それにしても豊岡は一体何の為に駅に?俺達が今向かっている駅は地下鉄があったり、近くに地下街があったりと結構何でも出来る仕様になっている。必要な物があるのなら、ある程度は揃うだろう。
だが、この場面でそんなに必要な物があるのだろうか。まさか、今日は警官を殺すつもりは無く、ただ単純に買い物に行っただけ、なんてオチじゃあないだろうな。
暫く歩いた後、俺達は駅に隣接している地下街に入る。豊岡はこの中の内の店の1つに入っている様だ。
「あ」
その途中、俺はある事を思い出した。
「どうされましたか?次元さん」
「珠洲に連絡しておいた方が良いかもしれない・・・・・」
現在時刻は既に6時を回っている。そろそろ珠洲もクラブから帰ってくるだろう。珠洲が家に帰る前に連絡を入れておかなければ、帰った後が怖い。また『俺と湖晴が何かをしでかした』とか誤解を招く恐れがある。
「それもそうですね。珠洲さんには心配をかけたくありませんし」
「ああ。ちょっと待っててくれるか?」
「はい、大丈夫ですよ。阿燕さんの位置はタイム・イーターに表示されていますから。でも、長くなるようでしたら歩きながらでお願いします」
「分かった」
そう言って、俺は珠洲に連絡を入れる。何度か呼び出し音が鳴った後、珠洲に連絡が着いた。
「あ、珠洲か?えっと今・・・」
『もしもし!?おにぃちゃん!?』
かなり慌てた様子で珠洲が電話に出た。何があったと言うのか。・・・・・まさか!空き巣とか強盗が来た訳じゃあないだろうな!
「どうした珠洲!?何をそんなに慌て・・・」
『良かった・・・・・無事だったんだね・・・・・』
「?何の事だ?」
『いや、ワタシが家に帰って来ても誰もいなかったからさ。もしかすると、青髪白衣がおにぃちゃんを誘拐拉致監禁して、悪魔の様な笑みを浮かべながら、束縛プレイでおにぃちゃんにあんな事やそんな事を色々して面白がっているのかとか、とにかく青髪白衣がおにぃちゃんに何か卑猥な事をしたいが為に襲い掛かっているのかと思って』
「・・・・・どんな勘違いしてんだよ」
少なくとも湖晴はそんな奴ではないだろう。いくらなんでもそれは無い。と言うか、珠洲はどうやったらそんなに具体的にポンポンと台詞が出て来るんだよ。あと、俺が湖晴を襲うならまだしも、湖晴が俺を襲うなんて事は無いだろう。いやちょっと待て。俺が湖晴を襲う可能性も無いぞ。皆無だぞ。
『大丈夫なら良いよ。で、今何処にいるの?』
「駅の地下街だ。湖晴もいるぞ」
『!?何でそんな所で青髪白衣といるの!?まさか!』
「ちょっと待て、珠洲。お前は今大きな誤解をしているぞ。俺と湖晴は別に・・・」
珠洲が何か大きな誤解をしている様だったので、その誤解を少しでも解いておこうと思い俺は珠洲に便宜を図ろうとした。だが、その考えは実行に移る前に湖晴の唐突な大声によって遮断された。
「次元さん!阿燕さんが移動しました!追いかけましょう!」
「何!?すまん珠洲!また後で掛け直す!夕飯は先に食っててくれ!」
『おにぃちゃん!?もしもし!何があったの!?もしもし!返事してー!』
そうして、俺は珠洲に用件を伝えられる事無く、湖晴と豊岡を追い掛ける事になった。珠洲には悪いが、家に帰った後に正式に弁解する事にする。
「湖晴!どう言う事だ、豊岡が急に移動するなんて!」
「分かりません!でも、さっきと全く逆方向に移動しています!」
俺はさっきから湖晴に手を引かれて走っている。もう珠洲との電話は切ったので、別に手を離してもらっても構わないのだが。
と言うか、今俺と湖晴は実質手を繋いでいる状態なのだが、湖晴はあんまりそう言う事は気にしないタイプの人間らしい。初対面の時も、俺の家に居候が決定した日の朝も、それなりの格好だったしな。そう言う羞恥心をあまり感じないのかもしれない。と言うよりも、単純に無防備なだけなのだろうか。
俺達が着いた場所は普通のぬいぐるみ専門店だった。入り口のショーケースの中に大量のテディベアがあるのが分かる。何でこんな時にこんな所へ?湖晴が道を間違えたのだろうか。いや、それは無いな。湖晴にはタイム・イーターがあるのだから。だとしたら、一体?
「次元さん。この中に入りましょう」
「え?ここであってるのか?」
「はい。合っています。阿燕さんはこのお店の中にいます」
「そうか」
実は単純に湖晴がここに来たかっただけなのでは、と思っていたがその考えは間違っているだろう。何故なら湖晴の目を見ればそれはすぐに違うと分かったからだ。
その目はいつもの湖晴以上に真剣で、決してぬいぐるみを捜しに来て嬉しそうにしている様な目では無かった。無人の迷宮で生きるか死ぬか、そんな中で突破口を見つけ出そうとする。そんな目だった。
しばらく湖晴に付いて歩いて行くと豊岡を見つける事が出来た。豊岡はやはり単純に買い物に来ただけなのだろうか。でも何でぬいぐるみ?好きなのか?
俺達は店内にいる豊岡の行動をしばらく観察していた。
豊岡は店員に何かを尋ねた後、がっくりと肩を落としてこちらに向かって来る。もしかすると、欲しかった種類のぬいぐるみが置いてなかったのかもしれない。豊岡には悪いが、その姿は少し可愛かった。
・・・・・って、違う違う!今はそんな事を言っている場合ではない!
俺達は店内に並べられているテディベアやらその辺のぬいぐるみの物陰に潜んで、豊岡の様子を伺っていたのだが、豊岡はこちらに向かって来ている。ここが出入り口に近いせいもあるだろうが、見つかってしまったら尾行の意味が無い。
「湖晴!豊岡がこっちに向かってるぞ!早く戻ろう」
「・・・・・・・」
「おい、聞いているのか!」
「次元さん」
「どうした、それよりも早く・・・」
「ちょっと、頑張ってきて下さい」
そう言って、湖晴は両手で俺を『こちらに向かって来る豊岡の目の前』に押し出した。
「「・・・・・」」
急な出来事に驚き、その状況を全く認識できていない高校生が2人、そこにはいた。俺と豊岡は何が起きたのかを認識出来ず、互いの顔を見続けている。そして、ようやく状況を把握出来たのか会話ともつかない会話が始まる。
「な、な、な・・・・・!」
「や、やあー。き、奇遇だねー。こんな所で会うなんてー・・・・・」
俺は取り合えず思い付いた台詞を並べたが、思いっきり棒読みになっていた。豊岡の方も目を見開き『な』を連呼して驚き続けている。
「な、何で上垣外がこんな所にいるのよ!」
「い、いやー、たまたま通りかかって。そしたら、豊岡の姿が見えてさー」
俺は棒読みのまま会話を続ける。
湖晴!一体何のつもりだ!何の罰ゲームだ!この状況で豊岡に何を話せと言うんだー!俺は昼間に会った時に豊岡が何をしてきたか知っている、と豊岡に言ってしまっている。その後に様々な方法で殺されかけた為、有耶無耶になっていたが豊岡が覚えているのなら、俺の事を今でも敵対視しているだろう。
つまり、本音を言うと俺は豊岡とは会いたくなかった。さっさと過去改変をして終わらせたかったのだ。
そして、豊岡から様々な罵声を次々と浴びせられる。
「まさか!私を尾行してたのね!このストーカー!」
ばれてーら。正確に言うと俺はしたくは無かったしストーカー呼ばわりされた事にも一言言いたい訳だが、ばれてーら。
とにかく、何か話さなければ。湖晴が何も考える事無く俺を押し出すなんて事はしないだろう。つまり湖晴は『俺に何かをさせるつもり』で豊岡の前に押し出したのだ。それが何かを早く見つけなければ。
それなら、まずここまでの状況を整理しよう。
まず、豊岡が今日外出しているのは『過去に豊岡に誤って射撃してしまった警官を殺す為』だとする。この仮定がそもそも間違っているのなら、それはそれで結果オーライなので構わないが。
そして、今何故か豊岡はぬいぐるみ専門店にいる。一般常識の範囲内で考えるのなら、ただの女の子の買い物だろう。
だが、そうでないとしたら?豊岡がここに来た意味が何かしら存在するとしたら?・・・・・そうか!湖晴はこの事を豊岡に聞かせるつもりだったのか!
「で、豊岡の方は何でこんな所にいるんだ?もう6時半回ってるぞ?女の子はあまり夜道を歩かない方が良いと思うが」
「まだ9月半ばなんだからこの時間帯でも夜道って程暗くないじゃない。・・・・・って、何で私は上垣外なんかと話してんのよ!あー馬鹿馬鹿しーなー」
不味い。俺が余計な一言を足してしまったが為に豊岡が帰ろうとしている。しかも、まだ『豊岡が何故こんな所にいるのか』を聞き出せていない。何とかして引き止めなければ。
「待て」
俺は帰ろうとする豊岡の右腕を掴んで引き止めた。
「な、何!?」
「俺は君の、豊岡の味方だ。だから話を少し聞いてくれ」
ボンッ!
ん?何かが爆発した様な音が聞こえたが気のせいか?・・・・・あれ?豊岡の顔が昼間の時以上に真っ赤になっている。突然顔が赤くなる様な体質なのだろう。そんな体質あるのか?
「・・・・・何なのよ、一体・・・・・!」
耳まで真っ赤に染めている豊岡は俺に言う。
「何なのよ!昼真っから、私の事追い掛け回して!変な事言うし、殺されかけるし、本当にあんた一体何なの!?」
「何度も言うが、俺は豊岡を『救う』味方だ」
「~~~~~!!!」
昼間からずっと同じ様な事を言っている気がするが、俺は豊岡を過去改変により救う。具体的には『今の』豊岡の思いを無駄にする事無く、過去を変え、『今の』様な境遇から開放する。そう言う事だ。
俺がその事を伝えた後、豊岡は何故か唸っていたが、俺は気にする事なく会話を続ける。
「だから、話を聞いてくれ。何でこんな時間にぬいぐるみ専門店になんていたんだ?」
「別に。上垣外には関係ないでしょ・・・」
「関係ある」
「何がよ!」
関係無い訳無いだろう。俺は豊岡の過去を聞いた時から豊岡の味方なのだから。
「関係ある。俺は豊岡が何をしてきたかを知っているから。だが、今はそんな事は関係ない。俺の質問に答えてくれさえすれば良い」
「・・・・本当に、本当に誰にも言わない?」
「俺は豊岡の味方だ」
「分かった。全部知ってるのなら仕方無いか・・・・・私にはね・・・お姉ちゃんがいたの」
「お姉ちゃん?」
「そう。でも、お姉ちゃんは12年前私がまだ5歳の頃に殺された」
「え・・・・・?」
何て事だ。豊岡にはまだそんな過去があったと言うのか。しかも、12年前だと?俺が豊岡の立場なら5歳で姉1人を失うのは耐え切れないだろう。俺の場合は珠洲かもしれないが、そう考えると更に嫌だ。自分の大切な家族を失うなんて、そんな事絶対に嫌だ。
「その殺人犯があの3人だった」
「!」
「奴らは私からお姉ちゃんを奪った。しかもその挙句、私からも大好きな物を奪って行った」
「そんな事が・・・・・」
何処まで話が繋がっているんだ。豊岡が殺して来た3人が豊岡の姉すらも殺していたなんて。通りでついさっきまで話が繋がらないと思った。普通復讐をするのなら実行犯である警官1人で良いはず。だが、それ以前に姉を殺されているのなら話は違って来る。
「それで2週間後9月27日はお姉ちゃんの命日だから、お姉ちゃんが大好きだったぬいぐるみを買っておこうと思って。でも、さっきも別のお店に行ったけど、もう販売してないって言われて・・・」
そう言う事か。ようやく事の全容が分かったぞ。何故豊岡が復讐をしているのかも、何故こんな時にこんな所にいるのかも。
「任せておけ」
「え?」
「俺に任せておけ。俺が必ず手に入れて来てやる。だから、豊岡はもう家に帰れ。分かったな?」
俺はお人好しかもしれないな。だが、今は豊岡を家に帰す事が先だ。それに『今の』豊岡の思いを無駄にしない為にも、そのぬいぐるみは俺も捜す事にする。
「何で、上垣外がそんな事までしてくれるのよ・・・」
「気にするな。そのぬいぐるみの特徴を教えてくれ」
「・・・P・B社の青色のツバメで原寸大くらいの大きさ」
「分かった、任せておけ。それじゃあな」
俺は豊岡からぬいぐるみの特徴を聞いた後、さっき何処かに消えた湖晴を捜す為に豊岡の元から去ろうとする。メーカーの指定があるのは正直驚いたが。
そのすぐ後、俺は豊岡によって呼び止められた。
「上垣外!」
「どうした?」
「・・・・・ありがとう・・・」
「ああ」
そうして、俺と豊岡の会話が終わった。俺は豊岡が走り去って行くのを見届ける。すると、さっきまで何処に隠れていたのか、湖晴がヒョコッと出て来た。
そして、俺にいきなりあんな事をさせた湖晴を攻める事無く、歩きながら豊岡との会話について結果報告をする。俺って本当に心が広い良い奴だな。急にあんな事をさせた奴を全く責めないなんてな。
「いやー、流石次元さんですねー。中々の天然ジゴロっぷりでしたよ」
「湖晴もそんな言葉知ってんのな。・・・って、俺は別に普通に喋ってただけだぞ!?何でそんな風に言われないといけないんだ!?」
何で俺が天然ジゴロ呼ばわりされないといけないんだ。俺は普通に、豊岡から情報を聞き出そうと一生懸命話していただけなのに。
「それが天然ジゴロなんですよ。で、どうでしたか?阿燕さんから話は聞けましたか?」
「話聞いてたんじゃないのか?」
「一部分しか聞こえてませんでした」
妙に都合良いな、おい。何で重要な所は聞こえてないんだよ。
「・・・まあ良いか。ああ、話は大体聞けたよ。今日は豊岡は警官を殺しに行ったりはしないだろう」
「そうですか。分かりました。では今日はこの辺で引き上げて、過去改変は明日にしましょう」
「え?それで良いのか?」
意外とあっさり引き上げるんだな。別に俺は少しでも早く寝られれば構わないのだが。
「はい。阿燕さんが捕っていなければ、過去改変は何時でも構わないんですよ」
「そう言えば何で豊岡が捕まったら駄目なんだ?別に捕まっても過去改変すれば済む話じゃあないのか?」
俺はまだ湖晴からその事についてあまり詳しく聞いていなかった。何で何だろうか。
「それがそうとも言えないんですよ。阿燕さんが捕まってしまわれると、もし過去改変に成功してもその影響が出難いかもしれないんです」
「何で」
「過去改変にも限度があるんですよ。音穏さんの時にもお話しましたが、色々と制約があったでしょう?それと同じです」
「そんなもんか」
「そんなもんです」
そんな事をグダグダと話しながら20分程度俺達は歩いていた。駅の地下街を抜け、地上に出る。そして、自宅に帰る為に人通りの少ない路地裏の近くを通った時だった。
パンッ!
乾いた銃声が俺の耳を劈いた。




