第10部
【2023年09月14日12時56分38秒】
「危ない!」
俺は豊岡に向かって行く『何か』を見つけた後、豊岡にそう叫んだ。豊岡も俺のその声に気付き、一瞬真上を見上げた後、その『何か』を避ける為に左方に数m跳んだ。流石、元スポーツ選手だ。普段運動していない俺とは身体能力が全然違う。
その次の瞬間、その『何か』が左方に跳んだ豊岡のすぐ真横に落下した。その『何か』はどうやら屋上に取り付けられていた鉄柵らしかった。何でこんな物が・・・。老朽化していたのだろうか。
「豊岡!大丈夫か!?」
「痛た・・・。何なのよ、一体・・・」
どうやら怪我は無いみたいだ。だが、その鉄柵を回避する為に飛んだ時に膝を擦り剥いてしまったらしい。少しだけ血が出ている。念の為、保健室に連れて行った方が良いだろう。
「豊岡歩けるか?保健室まで肩貸すぞ?」
俺は豊岡に手を差し伸べた。しかし、その手は豊岡によって撥ね退けられた。
「別に良い!これくらいなんとも無い!」
豊岡はさっき俺が言った言葉をまだ引きずっているのだろう。無理も無いが、今はそんな事は置いておいて欲しい。誰が何と言おうと、豊岡は女の子だ。俺は男としても、怪我をしている女の子を放っておく訳には行かなかった。
「な、何やってるのよ!あんた!」
俺は地面に座り込んでしまっていた豊岡を無理矢理背負った。何か背中をポコポコ叩かれているが全く痛くない。それに、かなり軽いので普段に近いスピードで走れそうだった。そもそも俺は普段は走らないが、今はそんな事は気にしないでおこう。
校舎内から騒ぎを聞き付けたのか、先生数人と野次馬の生徒達が落下して来た鉄柵に集まって行ったが、俺はそんな中を潜り抜けて真っ直ぐに保健室へと向かった。
「何なのよ・・・本当に・・・・・」
「言ったろ?『俺がお前を救ってやる』って」
「言ってた、言ってたけど・・・でも・・・・・」
豊岡は俺の背中を叩くのを何時の間にか止めていた。しかも、今は落ちないように両腕を俺の体の前に回していた。
しかし、俺達に落ち着いている暇は無かった。
パンッ!
校舎内に入り、1階にある保健室まで残り数mの所で、そんな乾いた銃声音と共に俺の目の前を『何か』が通過した。
「何だ!?」
その銃声の方を見てみるともろに拳銃があった。足元も見てみると、糸のような物がある事が分かり、これがいわゆるトラップである事に気付く。一体誰がこんな事を。
「な、何!?今の!?」
「分からない。だが、誰かがトラップを仕掛けていたらしい」
さっきの鉄柵の落下と言い今の拳銃と言い、これは事故ではないだろう。そもそも保健室に行く最中に拳銃に撃たれる事故なんて聞いた事が無い。明らかに何者かが俺達を狙っている。俺はそう結論付けた。
今はそれが誰なのかは分からないが、おそらく俺ではなく豊岡を狙っている。それはさっきの鉄格子の落下を見れば明らかだ。
もしかすると、豊岡に殺された人の仲間か何かが復讐しに来たのだろうか。しかし、そうならば不審者が不法侵入したとして学校中に放送が流れるはずだが。
「上垣外!右!」
唐突に俺におんぶされている豊岡が大声を出した。初めて俺の名前を呼んでくれた事に喜びを感じる暇も無く、俺は右側を見た。
すると、さっきの拳銃の銃弾が当たったからなのか、丁度そこにあった机の上の布製の袋が炎を上げて燃えていた。それは言うまでも無く、完全に火事だった。だが、うちの高校には校舎中にスプリンクラーが完備されている為、火事自体は全然問題無いだろう。
「チッ!次から次へと!」
こうなったらもう保健室どころではないかもしれない。スプリンクラーがあるとは言え、火は危険だ。それに、保健室はもう少しで着く事が出来るが、そこに辿り着くまでに何が待っているか分からない。何処か安全な所に隠れなければ・・・・・。
「ねえ。『あれ』何かしら?」
そんな事を考えていると、豊岡が『何か』を発見した。それはさっきの廊下の端に綺麗に並べられている、柔らかそうな銀白色の塊だった。柔らかそうな銀白色の塊と言えば、ナトリウムか何かだろう。化学の授業で見た記憶がある。
普通に歩いていれば気付かないと思われる置き方だったが、気付いてしまった以上、それは不自然以外の何物でもなかった。
・・・・・ん?『ナトリウム』だと?
「そう言う事か・・・・・!」
俺はすぐに思い出した。ナトリウムは水に触れると爆発する。そして今、銃弾の摩擦によって机の上の布製の袋が炎を上げて燃え盛っている。更に、うちの高校には校舎中にスプリンクラーが完備されている。
・・・・・まさか!これが狙いか!
「豊岡!しっかり捕まってろよ!」
「え?う、うん」
俺は歩けない豊岡を背負ったまま、全力でその場から逃げようとした。
しかしその次の瞬間、スプリンクラーが作動し廊下中に置かれていたナトリウムが一斉に発火し爆発した。
スプリンクラーが起動し、そのスプリンクラーの放水で更に別のナトリウムが連鎖的に発火・爆発していく。俺は豊岡を背負いながら、背後に迫り来る爆発音から全力疾走で逃げた。
ようやくナトリウムが尽きたのか、背後の爆発音が止んだ。取り合えず、一旦休憩を入れる事が出来そうだ。さっきから走りっぱなしで、もう足がパンパンだ。
俺と豊岡はスプリンクラーの放水でびしょびしょになったが、一応爆発に巻き込まれる事は無かった。そして、ここまで走って来た道を振り返ってみると、爆発のせいで廊下が完全に崩落していた。
「何なんだよ・・・・・一体・・・・・」
俺は過去改変をすると決めた時に、自分の平凡な生活の時間は減るだろうと思っていた。しかし、この状況は何だ、どう言う事だ。誰がどうしてこんな事までする?たとえ豊岡を狙っているにしても、規模が桁違いだ。学校を壊滅させてでも、確実に殺そうとしている。
しかも、それぞれのギミックが次のギミックに何らかの影響を与えられて発動している。豊岡が鉄柵を避けて怪我をしたので保健室に行くと言う所から始まり、豊岡を背負っている俺が糸に引っかかり拳銃が作動、そしてその銃弾の摩擦で布製の袋が炎上し、その炎を感知したスプリンクラーの放水でナトリウムが一斉に大爆発した。
ここまで来てしまうと、もう次に何が来るのか全く予想出来ない。元々予想などする時間は無かったが、あったとしても全く予想出来なかっただろう。
そしてその数秒後、再び次のギミックが発動した。そのギミックも案の定、ナトリウムの大爆発によって引き起こされた物だった。
「しまった!蛍光灯が・・・・・!」
そう。さっきのナトリウムの大爆発によって崩落した廊下の天井に元々取り付けられていた蛍光灯がショートしていたのだ。その蛍光灯はシーソーの様に不安定な形でゆらゆらと瓦礫の上でゆれている。さらに、その蛍光灯の接続部分は俺達がいる廊下の地面に触れそうで触れない状況を保っていた。だが、この状況も長くは続かないだろう。
しかも、さっきから連続して発動しているスプリンクラーの放水のせいで、ここら辺一帯と俺達は水でびしょ濡れになっている。これらの事柄から導き出せる計画された次の死亡原因は答えは1つ。高圧電流による『感電死』だ。
早く何処か電気が通り難い所に行かなければ、感電してしまう!俺はこんな所で死ぬ訳にはいかない!何処が良い!何処なら安全なんだ!
近くに階段は無く、窓の外に逃げようにも豊岡を背負ったままでは時間がかかり過ぎる。豊岡が怪我をしている以上、片方ずつなら尚の事だ。俺の運動神経が良ければ全く問題ないが、あいにくそんなに都合良く事は進まない。
近くには印刷室と放送室があるが、スプリンクラーが作動してしまっていたので、おそらく部屋の中にまで水が溢れていて、ドアを閉めても結局電流が流れて来るだろう。
どうすれば良いんだ!電気が流れ難い所なんて無いじゃないか!まだ、俺にはやるべき事が残っているのに!せめて、電気を遮断出来れば!・・・・・ん?『電気を遮断』?
「上垣外!」
俺に背負われている豊岡が大声で俺を呼んだ。何が起きたのかは大体予想は付く。おそらく、さっきの蛍光灯の接続部分が水浸しの廊下に触れそうになっているとかそんな所だろう。
そして、俺は蛍光灯の剥き出しになっている接続部分が廊下に付くのを確認する事無く『印刷室へと駆け込んだ』。ここからは完全に運だ。何が運なのかはすぐに分かる。
「豊岡!適当に紙を印刷室前に投げろ!」
「え?一体何を・・・」
「感電死したくなければ早くしろ!」
俺は豊岡にそう指示した。この作業は歩けなくてもこなす事が出来るからな。俺が何故こんな一見意味の無い様な事を言ったのか、それには列記とした意味があった。
紙は『絶縁体』だ。『絶縁体』とは電気を流し難い、もしくは流さない物質の事だ。これを利用する事によって、俺達は逃げも隠れもする必要もなく、感電しなくて済む様になる。
だが、紙が絶縁体だとしても濡れていては、効果が半減するだろう。だから、紙が濡れているか否か。その事について、俺は『完全に運』といったのだ。幸いな事に、紙自体は引き出しに入っていた為、あまり濡れていなかったが。
豊岡にばかり指示をして、俺が何もしない訳ではない。今からする。これからする作業はある程度力が必要なので、俺が引き受けた。
「うおおおおお!!!」
パリンッ!
俺は腕が外れそうになるくらいの勢いと力で窓ガラスを『殴った』。そう、ガラスも紙同様に『絶縁体』だ。ただし、割った後の破片を狙った所に飛ばす事など俺には出来ないので気休めに過ぎないが、それでも無いよりはましだろう。
「いってぇ・・・・・」
俺の右拳からは当然のごとく血が出ていた。ガラスで切ったのだろう。
「上垣外!大丈夫!?」
豊岡は心配してくれたが、その言葉は俺の耳には届かなかった。
そして、長い長い数秒間が終わり、電流が廊下つまりは水によって伝導性の高い所に流れる。
しかし、これだけではまだ電流を遮断する事は出来ないだろう。そして、俺は最後の仕上げにかかる。印刷室にならおそらくあるだろう。
俺は印刷室の中にある机の引き出しからビニールテープを全て取り出し、印刷室の入り口に勢い良くぶちまけた。もちろん、ビニールテープ等の粘着テープは一般的にポリ塩化ビニルと呼ばれている絶縁体を使用している。つまり、ビニールテープそのものも大量にあれば、充分に絶縁体の壁として運用出来る。
ビリリリリリ!
その直後、高圧電流が印刷室をスルーして、廊下中に流れたのが確認出来た。大量の絶縁物質のお陰で、どうやら印刷室内には電気が流れなかったらしい。
「「はあ・・・・・」」
俺と豊岡は安堵のため息をすると互いに顔を見合わせ、それぞれの存在を確認し合った。
「終わったの・・・・・?」
豊岡が俺にそう聞いてくる。
「多分な。膝以外は特に怪我はしてないか?」
「ええ、大丈夫。・・・・・あと、ありがとう・・・」
豊岡は頬を赤らめて、そっぽを向きながらそんな事を言った。
こんな表情を出来る子が殺人者とは到底思えない。だが、現実は厳しい物だ。そうなってしまっているのだから。だから俺は、豊岡の過去を変えて、全てを無かった事にする。『今』の豊岡の思いを無駄にする事無く。
その後、俺達は昼休み終了のチャイムの音を聞き急いでそれぞれの教室に戻ったが、予想通りと言うか何と言うか、授業どころではなかった。それもそうだ。
屋上から鉄柵の落下、拳銃、火事、スプリンクラー、爆発、廊下の崩落、高圧電流と普段の学校生活では絶対に有り得ないであろう事が立て続けに起こったのだから。
その全ての現場に俺と豊岡はいたが、誰にも目撃されていないはずなので誰からも特に何も聞かれなかった。そして、先生達も対応に追われているらしく、午後の授業はカットとなった。
あと、言い忘れていたが、俺が教室に帰って来た時に音穏とこんな会話があった。
「次元!何処行ってたの!?何か色々あって、学校中がパニックなんだよ!?」
「ああ、悪い。俺、昼休み中ずっと体育館裏で寝てたんだ」
「こんな時に!?」
「そうさ。これからもう一眠りするよ」
正直言って本気で体力が持たないので、暫く寝させてもらおう。
バキッ!
「ゴファ!」
何故かは分からないが、俺は音穏に怪我をしていない方の足によるタイキックを喰らっていた。これ以上怪我はしたくないのに、何て事しやがるんだ、音穏の奴。
「もう!何処を捜してもいないから、心配してたのに!次元なんてもう知らない!」
「・・・・・はい・・・?」
何で俺が怒られるんだ。心配するんだったら、もっとそれなりの対応で優しく扱ってくれても良いものを。
・・・・・それでも、音穏は俺の事を気にかけてくれていたのか。自分は怪我をしていて、学校中はパニック状態なのに。やはり俺は充分に幸せ者だな。そんな幼馴染みがこんな身近にいて。だからこそ、生きて帰る事が出来て良かった。
そして、俺はそんな事を思いながら横腹の痛みをこらえつつ、何とか自分の席に辿り着き、眠りに着いた。




