第09部
【2023年09月14日12時36分24秒】
昼休み。俺は音穏を教室に残して早めに弁当を食べた。そして、昨日湖晴に言われた通りに豊岡へのアプローチを試みる為、現在2年4組の教室前にいる。俺のクラスの2年2組とは階が違う為、ここまで来るのに若干迷ってしまった。
教室前に来たのは良いのだが、教室内には昼休みなのでそれなりに人がおり、その中の誰が豊岡なのか分からない。実は湖晴にこんな事にならないようにあらかじめ外見の特徴を聞いておいたのだが、タイム・イーターにはそんな事までは表示されないらしい。音穏の時は分かってたのにな。そして、結局分からず仕舞いで今に至る。
俺がそんな事を考えて教室前をウロウロしていると、教室の中から女の子が1人出て来た。あの子に聞いてみよう。本人なのなら手間が省けるが、そんなに上手く話は進まないと思っておいた方が良いだろう。
「あのー。すみません」
「はい?何ですか?」
同学年で敬語で話す、と言うのは普段はあまり無い事だと思うが今回の場合は初対面なので仕方ないだろう。
それにしても、今話しかけた女の子が大人しそうな子で良かった。用件を言いやすい。ヤンキーとかそんな類の人だったら、対応に困る。と言うか俺はそう言うタイプの子は苦手だ。
「豊岡さんって教室にいますか?」
「豊岡さん?あー、阿燕ちゃんですか?いますよ」
どうやら豊岡の知り合いらしい。呼んでもらおう。
「ちょっと用事がありまして。呼んでもらえますか?」
「?分かりました。阿燕ちゃーん、ちょっと来てー」
その女の子は1回首を傾げて俺の方を見ていたが深入りはするつもりは無い様で、すぐに豊岡を呼んでくれた。そして、その時にその女の子の大声で教室内の生徒の視線をやや集めてしまったが、俺は柱に隠れてその生徒達から見えない様に工夫した。何故か。無駄に。
暫くすると、教室の奥の方から金髪ツインテールの女の子が俺達の元に歩いて来た。この子が豊岡だろう。身長は低めだが一見普通の子にしか見えない。しかし、他の生徒とは明らかに違う雰囲気が漂っていた。おそらくそれは豊岡の右目に付けられている眼帯と、その不機嫌そうな顔の表情のせいだろう。
「これで大丈夫ですか?」
「あ、はい。ありがとうございます」
「いえいえ。それでは」
豊岡を呼んでくれた女の子にお礼を言う。俺は常識人だ。自分を助けてくれた人にはキチンとお礼くらい言える。俺がお礼を言うとその女の子は何処かへと歩いて行った。
「で?私に何か用?てか、あんた誰?」
おう、単刀直入に直球で質問攻めだ。豊岡はさっきからずっと不機嫌そうな表情のままだ。そんなに俺と話すのが嫌なのだろうか。少しへこむ。だが、初対面の男子とそんなに話せる女の子はそうはいないだろうし、仕方無いだろう。
「俺は上垣外次元。俺と少し話でもしないか?」
「しない。それじゃ」
それなりに考えた『単純明快で受け入れやすい』台詞を言ったつもりだったのだが、さらっと受け流されてしまった。豊岡は教室に戻ろうとするが、俺はそんな豊岡の右手を掴んで引き止めた。
「いや、ちょっと待ってくれ」
「な、何!?何で私があんたなんかと話さないといけないの!?」
ついさっきまでの冷静な態度とは逆に、急によく喋る様になった。もしかしたら、こっちが素の豊岡なのかもしれない。
補足しておくと、豊岡は何故か頬が少し赤くなっていた。暑がりなのか?季節的には比較的に過ごし易い時期だと思うが。
「俺は君と話がしたいんだ!」
気付くと俺は何かのドラマのプロポーズ的な台詞を豊岡に放っていた。俺からしてみれば豊岡の過去を知る前に、少し世間話でもして場を和ませようとしているだけなのだが。
しかし、豊岡には案の定、間違った意味で伝わってしまったらしい。俺にはそんな気は無いが、やはりプロポーズの様に聞こえたのか、顔を真っ赤にしている。怒らせて仕舞っただろうか。こんな公衆の面前でプロポーズまがい(俺は無自覚だが)の物を見せ付けてしまったのだから。
「・・・・・・・はい」
しばらく俺が豊岡の様子を伺っていると、豊岡が俯いて小さな声でそう言った。これは『了解』と言う意味で良いんだよな?怒っている訳ではないのか?
「ありがとう。じゃあ、場所を変えよう」
俺は場所を『教室前』から変更する事にした。流石にここでは人が多過ぎて、話に集中出来ない。それにさっき俺が大声を出したせいだろう、廊下や教室にいた生徒達の視線を集めてしまっていたのでかなり居心地が悪い。
豊岡は俯いたまま無言で付いて来てくれた。流石に場所を変えた途端に俺が殺される、なんて事は無いとは思うが、それでも警戒はしておいた方が良いだろう。湖晴の言う事が真実なら、豊岡は既に『3人の人間を殺した』と言う事になる。充分に重犯罪者だ。何をされても不思議ではない。今も凶器を持っていない、とは断言出来ないしな。
俺的には何で警察に捕まらないのか分からないが、何か特別な警察対策でもしているのだろう。証拠隠滅が神掛かっている、とか。・・・・・それでも捕まるよな、普通は。別に今はそんな事は問題ではないのだが、少し気になった。
俺達は学校のグラウンドの手前にあるベンチに座った。ここならせいぜい昼練中のクラブの人くらいしか通らないだろう。それに、風通しもそこそこ良く日陰だ。
「で、結局何の用なの?」
隣を見てみると、調子を取り戻したのか豊岡がそんな事を言って来た。右目は眼帯で隠れて見えないが、不機嫌そうな顔だ。さっさと用件を済ませよう。だが、俺はすっかり提供する話題を考え忘れていた。
「俺と話すのは嫌か?」
「嫌も何も、あんたの事何も知らないんだけど。しかも、こんな人気の無い所に連れ込んで。何のつもりなの?」
うーん。どうしたものか。俺は豊岡の過去について調べる必要がある。しかし、豊岡はこんな所で見ず知らずの男子に『話をしよう』と言われた事に対して、明らかに不信感を抱いている。
何も思い付かないので、そのまま質問の返答をする事にしよう。
「さっきも言ったが、俺は上垣外次元。豊岡と同じ2年生だ。俺は君と話がしたい。ただそれだけだ。他に理由なんて無い。それで良いか?」
返答の内容が質問に対してがストレート過ぎたか?・・・・・あれ?何故か豊岡が顔を真っ赤にしている。やはり、熱でもあるのだろうか。
「そそそそれで良いも何も、ななな何で私なのよ!」
「豊岡じゃあ、駄目なのか?」
「べべべ別に、いいい良いけど!」
何故そんなに同じ平仮名を繰り返してしゃべるんだ。それはともかく、豊岡は一応は俺との会話に乗ってくれるらしい。耳まで真っ赤だが、気にする必要もないか。
「何から話そうか。そうだ、クラブには入ってないのか?」
帰宅部なのは湖晴から聞いていたので知っていたが、ここら辺から入るのが妥当な所だろう。
「あ、えっと、クラブには入ってないわ」
「そうか。中学の時は何かしてたか?」
「・・・・・・・ソフトボール」
「ほー、ソフトボールか。今はもうしないのか?」
ソフトボールか。今俺がいる原子大学付属高等学校はソフトボール部と剣道部がかなりの強豪だ。中学にソフトボールをしていて、今はそんな高校にいるのに何で帰宅部なんだ?途中で止めたのだろうか。
「こんな目じゃ出来る訳ないじゃない!」
唐突に豊岡は俺に怒鳴った。自分の右目を指差して。
そうか、俺とした事が迂闊だったな。確かに球技で片目が使えない、と言うのはかなり厳しい。特に野球やソフトボールなどは動いているボールを捕ったり投げたりする。片目だけでは焦点が定まらないだろう。
「ごめん・・・・・」
俺は素直に謝った。過去改変の為とは言え、やはり女の子の過去を聞き出すのは俺の良心が痛む。だからこそ、早く救ってあげないといけない。
「・・・・・別に良いわよ。わざとじゃないんでしょ」
「ああ」
「それで?もう話は終わり?」
「いや。それじゃあ、こんな話になったから聞いておきたい事がある。嫌なら別に話す必要は無い。その右目は『何時怪我した』んだ?」
俺は確信した。おそらく豊岡のあの右目が犯行動機の1つだ。
俺の推測する事の経緯はこんな感じだ。豊岡は中学時代にソフトボールをしており、そのソフトボールで強豪として有名なここ原子大学付属高等学校に入学した。
しかし、豊岡はわざとされたのか、事故だったのかは分からないが『何者か』によって右目の視力を失ってしまった。そして現在、豊岡が殺して来た人達はその『何者か』だ。つまり、これは復讐だろう。
「ここに入学が決まった春休みの時よ・・・・・」
「春休み?」
「そう。帰り道に強盗に合った銀行の前を通ったの。警察が数人とパトカーがあって、どうしたんだろうとは思ったけど、そんな事知らなかったから」
今時銀行強盗とは珍しい。現代日本ではセキュリティの進化で基本的に強盗系な犯罪は即座に捕まるからな。
「それで何も知らずにそこを通った私は強盗犯に『人質にされた』」
「え・・・・・?」
『人質にされた』だって?そんなの一大事じゃないか。その時の拍子に右目を怪我したのか?と言うか警察は何してたんだよ。
「・・・・・その時に目を?」
「いや、違うわ。こうなったのはその後の事。警官が動きを見せない強盗犯に威嚇射撃をしたの。そして、その弾丸が不運にも『私の右目を掠った』」
酷い話だ。豊岡は何も悪くないじゃないか。その事件の直前までの豊岡は、自分が大好きなソフトボールの強豪校に受かった、と言う事が嬉しかった事だろう。しかし、その思いは不運にもそんな出来事で崩れ去った。銀行の前を通らなければ、警察がもっとしっかりしていればこんな事にはならなかったはずだ。
俺は怒りが込み上げて来た。俺は本来あまり怒らない。他人の事なら尚更だ。だが、俺は純粋に豊岡の今の置かれている状況を思うと冷静を保つ事は出来なかった。たとえ、どんな事があっても人を殺してしまう事は犯罪だ。しかし、そんな現状を作ったのはわざとではないにしろ、殺された人達じゃないか。
「そして、私は右目の視力を失い2度とソフトボールが出来なくなった」
「・・・・・・・」
「でも、私の不運はまだ続いた。ソフトボールが出来なくなっても、高校には行かないといけない。でも、そこでの事だった。片目に眼帯をしている私の事をクラスメイトは距離を置いて接していた。そして、ついに友達はろくに増えなかった」
俺にも友達はいないが、俺の場合は自業自得で友達が出来ていないだけだが、豊岡は違う。望んでも手に入らない。増えない。自分の大好きな物を失い、しかも、その心を癒してくれるかもしれない存在すらいない。これほど、辛い事は無いだろう。
「・・・・・そんなのおかしい・・・!」
俺は本心でそう思った。
「え?」
「おかしいだろ!そんなの!」
タイムトラベルで豊岡の過去を変える事は可能だろう。だが、『今』ここにいる豊岡はどうなんだ?自分が大好きなスポーツが出来なくなったあげく、友達も出来なかった。でも、そんな状況でも頑張って来た『今の』豊岡の思いを無駄にしてはいけない。
「何でそんな事で豊岡が苦しまないといけないんだ!警察のミスじゃないか!」
たとえその状況を打破する方法が復讐殺人だとしても、豊岡は苦しんだ。しかも、自分が意図しない内に。こんな事がおかしくない訳無いだろう。だからこそ俺はそう言った。
その後しばらく俺と豊岡はベンチに座ったまま、無言で過ごしていた。俺はヒートアップし過ぎた精神を安定させる為に。豊岡は俺の唐突な大声に驚いていたのだろう。
ようやく、冷静になり始めた俺は言葉を発する。
「・・・・・悪い。熱くなり過ぎた。ごめん」
「・・・良いわよ別に。それに少し嬉しかった・・・・・」
「?どうして」
俺が勝手に熱くなってしまっただけだが、豊岡はそれを『嬉しかった』と言った。
「そんな事言ってくれたのはあなたが始めてだから」
豊岡は頬を少し赤らめてそんな事を言った。端から見れば誤解されそうな台詞だったがここにはほとんど人はいないので気にする必要は無いだろう。また、そんな表情も含めてせっかく可愛いのに、眼帯のせいでそれが半減してしまっている。いや、むしろ人によっては評価がアップするかもしれないが。
それに今俺の呼び方が変わらなかったか?『あんた』から『あなた』に。心を少しだけ許してくれたんだろうか。もちろん昨晩の珠洲との会話とは別の意味で心を許してくれた、と言う意味だが。
「なあ、豊岡」
「何?」
「豊岡がかなり苦しい境遇にいるのは分かる。だが、あんな事をしちゃいけない。お前に人生があって苦しんだ様にあの人達にも人生が、家族があったんだ。それを奪い取っちゃいけない」
「・・・・・!」
俺は本心で豊岡を救うと覚悟を決めた時に、そう言ってしまった。遠回しな表現になっていたがおそらく豊岡には伝わってしまっただろう。この俺が『豊岡が殺人者である事』を知っていると言う事実を。
俺は別に自首させるつもりでこんな事を言ったのではない。第一、豊岡が捕まると湖晴が少し困った事になると言っていたしな。だが俺は豊岡の、この子の過去を変えなければならない、と覚悟を決めた時に不意にそんな台詞を言ってしまったのだ。
俺が気付いた時には既に手遅れだった。何かを察したのか、豊岡はついさっきまでの優しそうな雰囲気から一変し、初対面の時と同じ様に不機嫌そうな表情で俺の事を敵対視していた。
「あんた、何言ってるの?」
「事実だろ?俺は豊岡がしてきた事を知っている」
俺は自身の言った言葉を訂正せずに続ける。そして、俺は何かの刑事ドラマの黒幕の様に豊岡に言った。
「どうして!?どうして分かったの!?」
豊岡は明らかに取り乱していた。そんなに俺に事件の全容を知られていた事が不思議なのだろうか。今まで警察に捕まらなかったのに、こんな平凡を具現化した様な男子高校生にそんな事を言われたのだ。無理も無い。バレないと確信していたのかは知らないが、まあそんな所だろう。
「俺は別に豊岡を警察に突き出そうなんて思っていない。だが、俺は絶対にお前を救う。救ってみせる」
「何言ってるの!?私に救いなんて無いのよ!」
そして、豊岡は校舎の方に走って行った。
俺としては過去改変の為の材料は揃ったと思う。後は湖晴に報告して、タイム・イーターで過去改変をするだけ。そう思っていた。しかし、俺はまだその行動に移る事は出来なかった。
そう。俺は見てしまったのだ。校舎に向かって走っていく豊岡の丁度真上の屋上から、何かが豊岡の頭部に向かって一直線に落下して来ているのを。




