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8.僕は食後のケーキ君(1)

待ち合わせは駅のホームだった。三十分ほど早く着いた僕は、ホームのベンチに腰をおろした。


気持ちよく晴れた六月初旬の朝十時。それでも、僕の心はどんよりしていた。できれば待ち合わせのヒトとは会いたくなかったし、正直なところそんなヒトがいるなんて知りたくもなかった。


でも、逃げるわけにはいかない。喉が異様に渇いてくるのを自覚しながら、一歩も動かずに待った。


やがて、そのヒトは来た。三十分も遅刻してきたので、僕は都合一時間も待っていたことになる。「悪りぃ悪りぃ」と手をひらひら振りながらやってくるそのヒトからは、反省など微塵も感じ取れない。僕は立ち上がり、深く会釈した。


「初めまして……蓮川さん」


「硬い硬い。なんだったら、『姉ちゃん』でもいいんだよ」


背中をバシバシと叩かれた。


「えと、その、じゃあ。カナタさんと呼ばせていただきます」


「ほいきた。じゃあ私は、『食後のケーキ君』って呼ぼうかな」


「えと、それはどういう……」


「別腹って意味だよ」カナタさんは意味ありげに口角を上げる。


「えっ、その……」


「じょーだんじょーだん。私は正志(まさし)って呼ぶわ。別腹とはいえ姉なんだから、呼び捨てでいいでしょ」


「はい。問題はありません」


「じゃあ、決まりね!」


カナタさんは軽快な笑顔でいったが、僕は同じように笑みで返すことができなかった。どういう表情をすればいいのかわからなかったのだ。


カナタさんは高三ということだから、高一の僕とふたつしか違わない。父さんのことはもちろんとして、母さんや僕のことまで、恨んでいても不思議ではない。境遇の違いを達観できるほど、高校三年生というのは大人ではないはずだ。いや、いい歳した大人だって、妬みや嫉みを完全に消し去ることなどできないと思うのだ。


なのにカナタさんからは、そういった悪意を感じなかった。せいぜい遅刻で待たされたぐらいだ。それとも、今の態度は芝居で、虎視眈々と復讐の機会をうかがっているのだろうか?


僕の考えがまとまらないまま、電車が来た。


「よし、行こう」カナタさんは軽やかに乗り込む。


三駅進み、S駅で電車を降りた。駅から出るとすぐに、カナタさんはハンバーガーチェーン店を指差した。


「腹ごしらえ、あーんど、作戦会議!」


まだ十一時にもなっていない。早すぎる昼ごはんなのか、遅すぎる朝ごはんなのか、判断が難しいところだ。ともあれ、カナタさんはポテトとドリンクがついたハンバーガーセットに、季節限定のバーガーを単品で追加していた。食欲のなかった僕はアイスコーヒーだけだ。


「姉ちゃんだから、奢ってやるよ」とカナタさんがいったのを、僕は丁重にお断りした。それでも、「正志の父親からせしめた金だから遠慮はするな!」と、押し切られた。


席に着くと、カナタさんはあっというまにハンバーガーのひとつを平らげてからいった。


「そんでさぁ。正志をここに連れてきた理由だけどね」


僕はごくりと喉を鳴らして頷いた。



カナタさんから僕のスマホに電話がかかってきたのは、昨晩のことだ。見知らぬ番号だったが気にせず出ると、いきなりの衝撃的なセリフが飛んできた。


「キミの腹違いの姉、ハスカワカナタっていうもんだけど、明日会えない?」


すぐに僕は電話を切り、妙なイタズラだと腹を立てるも、イタズラと断定する根拠などないことに気づく。そういえば、最近の父さんには妙な違和感があった。僕は父さんの事務所に電話した。長いコールのあと、父さんが出た。


「僕だけど」


「なんだ。正志か」父さんは相変わらずぶっきらぼうな声だ。


さてさて、元刑事の父さんと腹の探りあいをしてもしょうがない。僕は単刀直入に訊いた。


「僕の姉を名乗るヒトから電話があったんだけど、心当たりある?」


しばらくの沈黙のあと、「母さんは知っているのか?」と、質問で返してきた。


「電話は僕の携帯にきたし、母さんにはいってない」


「そうか。しばらく、黙っておいてくれ、俺がなんとかする」


電話が切れた。どうやら本当に姉がいたようだ。


ため息がでた。父さんは「なんとかする」といったが、一体なにをどうしようというのだろう? ろくなことにならない気がする……。


また電話が鳴った。登録されていない番号だ。間違いなくハスカワカナタだろう。僕が動けずにいると、十回ほどのコールで切れた。だが、すぐさま同じ番号でスマホが鳴った。


僕は決意を固めた。




「そんでさぁ、正志をここに連れてきた理由だけどね。手伝って欲しいことがあるの」


僕は両手を膝に置き、「はい。なんでしょう」と答えた。カナタさんからどんな言葉があっても、全てを受け止める覚悟でここに来たのだ。


「セキューオーになるためにホッケョクセーノハハをいっしょにさがして」


なにかの呪文のようだ。僕に呪いをかけるつもりなのだろうか……。


それでも僕は注意深く会話を重ね、カナタさんの願い事をなんとか翻訳した。どうやら、石油王になるために、『北極星の母』という占い師を探してほしい、ということらしいのだが……正直意味がわからない。

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