9.僕は食後のケーキ君(2)
「最初は探偵やってるチチに頼んだんだけどね。事務所でずっとタバコ吸ってるだけのくせに、忙しいとかいいやがるのよねぇ」
「それで僕に?」
「チチに聞いたよ。たまに探偵の仕事を手伝ってるんでしょ。センスがあるって褒めてた」
父さんが僕を褒めた!? 本当だろうか? たしかに僕は父さんの仕事を何度か手伝い、自分ではうまくいったと思うことが多いのだが、父さんに褒められたことなど一度もなく、むしろ説教ばかりだ。数年前まで刑事だった父さんは、殉職した先輩刑事の名を出して、「それに比べればまだまだ」と僕のやることなすことを否定してくるのだ。いくら父さんがその先輩刑事さんを尊敬していたからといって、そんなヒトと比較しないでほしい。僕は、ただの高校生なのだから。
それはさておき、カナタさんの真意はまだ見えてこない。壮大な復讐劇の始まりなのか? 金を無心するための一芝居なのか? それとも本当に、その占い師を探しているのか?
父さんなんて当てにならない。もし、復讐であれば母さんは僕が守らなければならない。その決意を胸に、僕はここに来た。
「あのー、その『北極星の母』というヒトを探しだせたら……許してもらえるのでしょうか?」
「許すって……なにを?」カナタさんは眉をよせた。
失言だった。許しを請うなど、「僕の方が恵まれていた」と宣言するようなものだ。もしカナタさんの目的が復讐ならば、火に油を注ぐことになったはずだ。
しばらくの沈黙のあと、カナタさんは「しょうがないなー」と肩をすくめた。
「正志がなにしたか知らないけど、私が石油王になったら、お金の力で何とかしてあげるよ」
「はあ」と首をひねる。どうやら、僕が悪さをして誰かに許しを乞う立場だと、カナタさんは勘違いしているようだ。どういう思考回路なのか、さっぱり理解できない。
僕の見立てでは、カナタさんが悪どい人間とは感じなかった。だが、ちょっと、いや、だいぶ変わったヒトではあるようだ。ともあれ、今日は人探しのお手伝いに精をだすことに決めた。
「わかりました。必ず見つけます、とまではいえませんが、精一杯頑張ります」僕は氷が溶けて薄くなったコーヒーを飲み干し、立ち上がった。
最初に案内されたのは、カナタさんが実際に『北極星の母』と会った場所だった。レトロな喫茶店の脇で、細い一方通行の道路を挟んだ向かいには、大きな駐車場がある。
「ここに座っていたの」
「店の人には?」
「訊いてみたよ。最近は見かけてないってことは教えてくれたけど、どこに行ったかは知らないってさ」
「『北極星の母』は、転々としていたんですよね。他の場所もわかりますか?」
「噂をたどって何個かはね」カナタさんは頷き、歩きだした。
十五分ほどで商店街に着いた。古臭いアーチをくぐって中に入る。開いている店はあまりない。シャッター街と呼んでも問題なさそうだ。
カナタさんはどんどん中に進み、かび臭い古本屋に入った。
「なんだ、また来たのか!」店主であろう老人が不機嫌そうにいった。
「ここの前に、占いしてる婆さんがいたでしょ?」
「いたからって、なんだというんだ!」店主は荒っぽい声で返した。気難しいヒトなのだろうか? それとも、前回よほどカナタさんがしつこく訊いたのだろうか? どのような経緯か知らない僕だが、「占いのお婆さんはどのあたりにいたんですか?」と、訊いてみた。
「オマエがいるあたりだよ! あのババァ、俺に一銭も払わず居座りやがって!」
店主の憤りを聞き流し、僕はスマホの地図アプリでこの場所に旗を立てた。
「次に行きましょう」
「次は近いよ」カナタさんが歩きだす。店主の「もう来るなよ!」という怒声を無視して、カナタさんの後ろに続いた。
近いよ、との言葉どおり、数分で目的地に着いた。商店街奥のコンビニだ。
「ここらへんにいたらしいのよね。もう一度訊いてくるから、待ってて」
カナタさんがコンビニに入ると、レジにいた茶髪の若い女性があからさまに顔をしかめた。ここでも、カナタさんはしつこく訊き回っていたのだろう。
「この前にいた占い師の婆さんのことなんだけど――」
カナタさんの言葉をさえぎるように、「だから、知りません!」と茶髪の店員がいった。取り付く島もなさそうだ。カナタさんは不機嫌そうな顔で戻ってきた。
「任せてください」と、今度は僕がコンビニに入った。さっきの古本屋の店主ならともかく、ここの店員さんなら、大丈夫だろう。
「ごめんなさい。もう少しだけ、お話聞かせてください」僕は頭を下げてから、まっすぐに店員さんを見た。
「えっ、うん。いいですけど……」
明らかに彼女の表情が変わった。




