6.運命の人(6)
五分で駅についた。改札あたりで、制服のままの未來が立っている。
「どっからタクシー乗るの?」
「急行で一駅行ったD駅から」優子は答え、改札を抜けた。
電車の中で、地図アプリを開く。あのビルの前の細い道を十メートルほど北に行くと、広い車道があることがわかった。そこにタクシーを待たせておけば、滅多なことなどないだろう。
D駅に着き、外に出た。この辺りでは一番大きな街で、デパート、家電量販店、ホームセンターなど一通りはそろっており、映画、カラオケ、ボウリングと娯楽施設もある。飲食店も充実していて、この時間でもまだまだ賑やかだ。優子たち三人もよく来る街で、映える店に若者が行列していたり、酔っぱらいの中年が店先で騒いでいたりするのも見馴れたものだ。
バスがまだ動いている時間帯なので、タクシー乗り場に行列はなかった。後部座席に三人で乗り込み、優子が住所を告げる。
車内で優子が、「カナタの無茶な要求は断らないとだめだ」と未來を説教していると、あっというまに着いた。メーターを確認すると三千円弱だ。優子は五千円を運転手に渡した。
「ここで待っていてください。十分で戻ります」優子は運転手にいってから、カナタを睨んだ。「いいよね! 十分で」
「わかった」カナタは車を降りる。
優子と未來も降り、早歩きのカナタを追った。野口探偵事務所がある汚いビルには、すぐに着いた。三階だけ灯りがついている。躊躇なく三階まで上がり、扉の前に立った。安っぽい『野口探偵事務所』のプレートが妙に目立つ。
「で、どうするの?」優子がいった。
「とりあえずは、こうしてみる」カナタは蹴りとばして扉を開け、中に入る。
一瞬はギョッとした優子だが、覚悟を決めたすえの深夜の冒険だ。堂々と中に入り、カナタの横に並んだ。さすがに未來は、優子とカナタの背後で隠れるようにしている。
二十人ほど働けそうな広さの部屋だが、奥にあるのはデスクトップパソコンがおかれた事務机がひとつと、小さな冷蔵庫だけ。中央には向かいあった二脚のソファーと、そのあいだにローテーブルがある。
広さのわりに設備は少ないが、吸い殻が山積みとなった灰皿、散乱するビール缶、枯れ果てた観葉植物のせいで、ゴミゴミした印象を受ける。
中央のソファーでは探偵事務所の主であろう例の男が、タバコを咥えて足を投げだしていた。男は一瞬だけ戸惑いの表情を見せたが、すぐに怒りの顔つきに変わった。
「おいっ! なんだ、お前らぁ!」目を剥き、声を荒げる。
優子は顔がひきつるのを自覚しながら、カナタを見た。カナタは臆する様子もなくズカズカ進み、男の対面にあるソファーに座る。
「アンタのさぁ、初恋の子の名前ってなんだっけ?」
「バカにしてんのかっ! お前ら、夕方も来てたよなぁ! あんまり大人をなめてっと、痛い目にあうぞ、おぉっ!」
男がテーブルに拳を叩きつけた。ガンと音が響き、大きな灰皿に積みあがった吸い殻がこぼれ、灰が舞う。
まるでヤクザだ……。優子は恐怖で肩を震わせ、未來も「ひぃ」と泣くような声をあげていた。そんな状況でも、カナタは平然としている。
「カナ……ちゃん。それがあんたの、初恋の子の名前よね?」
「あぁ!? なんだ、お前は!」男が身を乗りだして、凄む。
「私の名はカナタ」
「だからなんだ!」と声を荒げた男は、ハッと目を見開いた。「苗字はなんだ!?」
「蓮川だ」
男は目を細め、「ハ、ス、カ、ワ、カ、ナ、タ」とロボットのように呟いた。
「そうよ」カナタは頷き、立ち上がる。そして、部屋の隅にたたんであったパイプ椅子を持ってきて、男の正面に立つ。「母の名は蓮川彩! 私を孕みながらも、あんたが捨てた女だ!」
高々とかかげたパイプ椅子を、カナタは勢いよく振り下ろした。男の脳天に直撃し、ガチンと金属音が響く。男は苦痛の表情を貼りつけたまま崩れるようにソファーに座った。
優子は絶句した。運命の人とは、カナタの父親だったというのか……。
「はあ、スッキリした。よし帰ろう」
カナタはパイプ椅子を投げ捨て、扉の方に向かう。
「待て!」男はうつむいたままいい、やがて顔を上げる。「確かに蓮川彩と同棲していたのは事実だ。だが、子供ができたなどとは聞いていない。それに、フラれたのは俺のほうだ。捨ててなどいない」
「はぁ!? 私は幼い頃から、母に何千回と聞かされてきたんだ。『私たち親子は野口という男に捨てられたの。だからあなたの名はあの男の初恋の娘、カナを少しもじってカナタ。ねえ、カナタ、生きている限りはふたりであの男を恨みましょう』とね!」
カナタの啖呵に、男は肩をビクつかせた。




