4.運命の人(4)
「なにすんだ、ババァ!」カナタは額を押さえながらわめいた。
「こうやって占うんじゃ。ほれ、結果を聞きたければ二万だ」『北極星の母』が手を前にだす。
値段に関しては情報がなく、学生が利用しているのだから高くても五千円ていどだろうとタカをくくっていた。二万とは想定外だ。それでもありがたいことに、『北極星の母』の口振りでは、結果を聞かなければ金を払う必要はないようだ。
当たるも八卦、当たらぬも八卦。そんなもののために、カナタに二万円も使わせるわけにはいかない。優子は辞退を申し入れようとしたが、すでにカナタは『北極星の母』に一万円札二枚を渡していた。
バカ……。優子は薄く長く、息を吐いた。
「さあさあ、結果を教えてよ!」
「ここに行きなされ」『北極星の母』はしわくちゃの紙にさらさらと何かを書き、カナタに渡した。それを覗き込んだ優子は目を見張った。そこには町名はおろか番地まで書かれているのだ。
そんな具体的な占いなどあるのか? 優子の疑念などどこ吹く風で、カナタは満足げに頷く。
「高いだけあって具体的じゃん! よしっ、行くか!」
「今から?」優子は眉をよせた。今の季節は日が長いとはいえ、すでに十八時を回っている。
「そう、今から」カナタはさっさと駅に向かって歩きだした。
占いの結果にでていた住所は、帰宅方向へ鈍行で二つのN駅だ。やはりここでも下車したことはないが、土地柄がよくないことで知られている。この地域で起きた血生臭い事件がニュースで流れることも、そう珍しいことではない。
駅から出ると、さっそく缶ビールを片手に持った小汚い爺さんが、舐めるようにこちらを見てきた。
「やっぱり明日にしよう。私が声をかけたら、男子たちが喜んで用心棒をやってくれるからさ」
優子はいったが、カナタは聞く耳持たず、スマホで地図を確認しながら先へ進む。当然のように未來もあとを追う。優子は赤く染まりつつある空を睨んでから、ふたりの後ろを歩いた。
狭い路地を進むにつれて、古く傷んだ家屋が多くなってきた。窓ガラスが割られたままの家、この夏の台風で崩れるんじゃないかというボロ屋。なかでも驚いたのは、焦げた柱の残る半壊したあばら屋だ。火事のあとに放置されたのだろう。
ここの住人とでくわす回数こそ少なかったが、漏れなく優子を不安にさせた。大声で独り言を垂れ流す中年男。直角に腰の曲がった老婆の異物を見るような視線。ほとんど下着姿の超肥満男と狭い路地をすれ違うときなど、悲鳴をあげそうになった。
空も本格的に暗くなってきた。もちろん街灯なんてものはない。
そろそろ限界だ。カナタを引きずってでも、駅に戻ろう。そう決心したタイミングでカナタが先んじた。
「着いた。あれだ」カナタが指差したのは三階建ての汚いビルだった。どの階の窓にも灯りはついていない。
カナタが躊躇なくビルに入る。
「ちょっとちょっと!」優子は慌てて追いかけた。
入ってすぐに階段と、テナントの出入口があった。スチール扉にはガムテープがバツ印に貼られている。入居者はいないのだろう。カナタが階段を上がる。
「ちょっと待って! 変な奴がいたらどうすんの? 危ないって!」
「大丈夫。なにせ親友が紹介した占い師がここに行けといったんだから。信じてるぞ、優子」振り返りもせずに、カナタは進む。
カナタの皮肉に優子は唇を噛みながら進み、二階に着いた。一階と同じく、扉にはバッテンがつけられている。一階との違いは、リノリウムの床の汚れがさらに酷くて不快だったことぐらいだ。
「次は三階。やっと運命の人に会える!」カナタは目をギラつかせながら、階段を上がる。
ここまできたら最後まで付きあってやるよ! 半ば意地になって優子も続く。未來は青ざめながらもついてきた。
三階は空き物件ではなかった。安そうなプラスチックのプレートが扉に掛けられている。
「野口……探偵事務所」カナタが顔をしかめた。
緊張の糸が切れて、優子は吹きだす。「あはは! やってくれたな、あのババァ。探偵事務所に運命の人を探してもらえってさ! 二万も取っといて、とんでもない詐欺ヤローだ」
「まだ詐欺だと決まったわけじゃない」カナタは憮然としていった。
「まっ、そもそも私は占いなんて非科学的なもの信じないのよね」
「はあっ!?」
「ごめんごめん、悪かった。二万は私が返すからさぁ、今日はもう帰ろう」
「おい!」不意に背後から低い声がして、一瞬息が止まった。
おそるおそる、振り向く。四十あたりの男がいた。スーツこそ着ているが、ボサボサの髪と無精髭、まっとうなサラリーマンには見えない。
「お前ら、ここでなにをしている」
男の粘っこく絡み付くような視線に、不快と恐怖を覚えた。




