33.本物ではなかった私たちが目にした輝きは(2)
私のくだらない回想を押し払うように、優子さんの声が通りました。
「で、塾のお金はどうすんの? ちゃんと正志君に返すの?」
「返すに決まってんじゃん。でも、サッキーにバレるから、塾から取り返すわけにはいかないんだよね。だから、バイトも再開することにした。前みたいに無茶なシフトは組まないけど、毎月五万は返すつもり」
「やっぱりバカねぇ。その石ころをピンク屋に返せば一発で解決じゃない」
「だから嫌だっつーの! エラルドの力で、絶対石油王になってやるんだから!」カナタさんは石を握りしめて眼を閉じ、「私を石油王にして、石油王にして」と呪文のように唱えだしました。
「後世に伝えるべきバカだ」
優子さんがスマホを向けて動画を撮りだします。
カナタさんは舌打ちしてから、私のほうに石をにぎった手を差しだしました。
「未來も手を重ねて祈って! 石油王になれますようにって」
さすがに恥ずかしかったのですが、カナタさんのお願いを断ることなどできません。私はカナタさんの手に触れて眼を閉じ、石油王になれますようにと呟きます。
直後に優子さんの悲鳴が聞こえて、私は慌てて眼を開きましたが、そこに優子さんの姿はありませんでした。
それどころか、ファミレスすら消え失せていて、銀色の世界が広がっていました。握りあっていたカナタさんの手も、石だけを残して消えています。
「いったい、なにが……」
全身から力が抜け落ち、ペタンと座り込みました。
夢なのだろう、きっと。
私は考えることを放棄して、そのまま呆然としました。どのくらいそうしていたのかわかりませんが、しだいに怖くなって叫びます。
「どこ? ここは、どこですか!? 誰か助けて下さい!」
もちろん返事はありません。
繋がるかどうかはわかりませんが、スマホもカバンの中に入れっぱなしで、ここにはありませんでした。
途方に暮れかけた私ですが、頭を何度も振って気持ちを落ちつかせました。
それにしても、ここはどこなのでしょう。
よく見れば、地平線まで銀色なわけではなく、銀色をした金属の筒の中のようです。
広さは先ほどのファミレス程度ですが、上空は無限に続いているように見えます。太陽は見えないのですが、空からは白い光が降り注いでおり、その先には天国でもあるかのようです。
ふと私の中で、『神隠し』という言葉が浮かびました。最近ではラジッドの鮎川さんがいなくなり、世間では『神隠し』だと大いに騒がれています。
夢なら、覚めてほしい……。
呟きながら、ふらふらと壁際まで進みました。銀色の壁は磨かれた鏡のようです。
恐る恐る指で触れてみると、まるで液体のようにそこから波紋が広がりました。しかも、鏡だと思った壁には私の姿が一切映ってないことに気づき、ふわっと意識が遠のきました。
「怖い……帰りたい……。カナタさん! どこですか!?」
祈るように私がいうと、背後でドサリと音がしました。恐怖に震えながらも振り返ると、部屋の真ん中にぐったりと倒れる人影が見えました。
「カナタさん!」
叫びながら駆けより、カナタさんの半身を抱き起こしました。
「カナタさん! カナタさん!」
さらに、何度呼んでも起きる気配はありません。
でも、身体は温かくて息はあるし、怪我も見当たりません。ただ気を失っているだけだと、信じたいです。
「どうしよう、カナタさん」
返事を期待しての言葉ではなかったのですが、背後からフランス語のような言葉が聞こえ、全身が強張りました。
深呼吸をしてから振り向きます。
すぐ後ろで奇妙な格好の人物が立っていました。細身で背は高く、能面のようにのっぺりと冷たい顔。そして、顔だけだした全身紫のタイツ、手には傘とも花の蕾とも見えるものを持っています。
不気味なヒトではありますが、攻撃的ではないように思えました。私は勇気を振りしぼって話しかけました。
「あの……あなたは……」
彼は答えず、私をじっと見つめています。
「あの……どうやったら帰れますか?」
さらに質問を投げてみましたが、やはり彼は無言で私を見ているだけです。




