31.誘拐(6)
しばしの沈黙があったが、「さっさと捕まえてこい!」とボスが声を荒げる。
そこで、野口の時間も動きだした。なにがどうなっているのかわからない。それでも、娘の命が危ないというのは確かだ。カナタが覆面の男たちに捕らえられ、爪を剥がれるなど絶対あってはならない。
野口は、押さえつけている男の腕に噛みつく。男の悲鳴とともに圧迫が弱くなった。手足は縛られたままだが全力で全身をバタつかせて男たちから逃れ、そのままドアの前まで転がった。
運良く、扉は内側に引いて開けるタイプだ。ここを死守すれば、男たちは外に出られない。
「邪魔だ! どけっ!」
男たちから蹴られ、殴られ、そして引きずられかけたが、必死で抵抗した。
娘だけは、カナタだけは、なんとしても!
痛みすら忘れるほどの決意をたぎらせて、野口は叫ぶ。
「逃げろ! 警察を呼べ!」
「なにが逃げろ、だ! この盗人め! それに、まだ来ていないが警察はすでに呼んでいるわい! 覚悟しろよ!」
カナタのよく通る声が外から響く。
『警察』というキーワードがでたが、男たちに怯む様子はない。
「いいから、逃げろ! バカッ!」野口はもう一度叫ぶ。
「なにがバカだ! 自分の立場をわかっているのか! いいか、警察だけじゃなく全部呼んでやったぞ! インターポールもシーアイエーもケージービーも、銀河パトロールもだっ!」
いってることが無茶苦茶だ……。本当は警察にすら連絡していないのだろう。
だからといって、あきらめるという選択肢はない。野口はもう一度叫ぼうとしたが、男たちが妙にバタバタしだした。
男のひとりが窓を開け、ボスを呼んだ。ボスは窓から外を見やり、「引くぞ」と即決。
そこからは早かった。ドアの逆側にある窓を蹴破り、六人の男が次々と下に飛び降りる。一分もかからぬうちに、部屋に取り残されたのは縛られた三人だけとなった。
「俺が警察だとあいつらは知っていた」内川はぐったりした口調で呟いた。「口封じで殺られると思っていたがな……。逃げる前に数発撃っても、プロなら三秒はかからない」
「そうだな……。なぜだろうな」
野口は深い吐息のあとにいった。今さらながら、男たちに殴られた箇所や、剥がれた爪が痛みだす。
「会いたくないヒトがいたんでしょう。僕も今は逃げとこーっと」倉本が軽い口調でいった。
「どういうことだ?」
内川が訊いたが倉本は答えず、置きっぱなしになっていたペンチで縄を切って、さっきの男たちと同じルートでいなくなった。
「アイツはいったい……」
そう野口が呟いてすぐ、カンカンと階段を上る音が響いてきた。扉が開いて現れたのはカナタと正志とユウコだ。その一歩後ろには、オドオドと落ち着かない様子のミクがいた。
「こんなこともあろうかと、チチのスマホには追跡アプリが入れてあったのだ!」
カナタは勝ち誇った顔で、ドアの前で転がる野口を踏みつけた。
「いや、カナタさん! それどころじゃないですよ!」
正志が顔を青くして、野口を縛っている縄をほどき始めた。
内川と会ったのはあれから一週間後だった。昼過ぎに事務所へ来た内川は、ソファーにふんぞりかえってタバコをくわえた。
「あの事は、上にあげたのか?」野口もいいながらタバコに火をつける。
「いいや。あげても潰されるだけだろうからな。もしくは、お前のように追いだされるかもしれん」忌々しげに内川は煙を吹きあげた。
「倉本には会ったか?」
「そこもまだだ。正直、ずっとダウンしてた。あちこち殴られたし、爪もやられた。職場にもやっと今日から出たところだ」
「俺も似たようなもんだ……。で、今日はなんの用だ。ピンク屋にでもいくのか?」
「そうだな」内川が頷くと、事務所の扉が開いた。入ってきたのは倉本だ。
「なんでお前が!?」野口はとっさに腰を上げた。
「おひさしぶりっす」倉本は緊張感なく答える。
「手間が省けた。お前には訊きたいことが山ほどある」
「じゃあ、早速聞いて頂きましょうか。久丘をさらった犯人のことを」
「なんだと!」
「久丘の部下たちも犯人に目星はついていました。だけど、直接やりあって勝てる相手ではないので、外堀から埋めようとした。先週、僕たちが酷い目にあった理由はそういうことです」倉本はテーブルの上に写真をおいた。目出し帽の男にも見せられたカナタ、ユウコ、ミクが写った写真だ。「しかし、その犯人がいきなりあらわれてしまい、彼らは慌てて逃げだした。犯人はこの中に写っています」
「おい、ふざけてんのか!」
「ふざけてなどいません。久丘をさらったのは彼女です」倉本は早口でいい、ミクを指差した。
写真の中のミクは、控えめな笑みをカナタに向けている。




