29.誘拐(4)
久丘の写真が出た。野口は息を呑みながらも、「いや、知らないな」と、なんとか声が震えないように返した。
「あっ、そうなんすね。なんかそのヒト、失踪しちゃったらしいっすよ。さっき来た刑事さんたちが、そういってました」
久丘が失踪だと!
動揺を悟られないように適当な言葉を残し、ピンク屋から出た。細い路地を歩きながら、すぐに内川に電話をかける。長いコールのあと、繋がったのは留守電だ。
そのまま早足で歩き、路地を抜けた。ここで待機しているはずなのに、内川の姿はない。辺りを少し探すが見つからない。もう一度電話をかける。またもや留守電に繋がった。
駅前のパーキングまで駆け足で戻る。BMWの陰からばっと人影が躍り出た。ヒヤリとしたが、その影はカナタだった。
「待ってたぞ、チチ。どうなった?」
「ここで待ってたのか? どうやって俺の車を見つけたんだ?」
雑居ビル裏の小さなパーキングだ。むやみに探して見つかるものではない。
「そんなことどうでもいいじゃん。それよりさあ、どうなったの? 石油王になれるエラルドに交換してもらえた?」
カナタは上目遣いで野口を見る。期待と不安が混ざりあった表情だ。
野口は車に乗り込んでエンジンをかけ、ウインドウを下ろした。
「不良品ではないらしい。手順にしたがってお願いしないと、願いは叶わないんだってよ」
「どうやるの! どうやるの! どうやるの!」
「教えてやるから、その前に駐車料金払ってきてくれ」野口はサイフから千円札を出そうとしたが、すでにカナタは精算機に走っていた。身銭を切り、やはり走って戻ってきたカナタは、「教えて、早く!」と瞳を輝かせる。
「実演してやるから、石を貸してくれ」野口が手を出すと、カナタは素直に応じた。
石を握りしめた野口は車を急発進。バックミラーから見える唖然としたカナタを尻目に、車道へ出る。状況を理解したカナタが暴言を吐きながら追ってきた。
「悪いな、カナタ。これ以上ピンク屋にかかわらせるつもりはない。マジで危険なヤマなんだ」
野口はつぶやきながら、アクセルを強く踏んだ。国道に出てから五分ばかり走ったところで、信号につかまった。スマホを取りだして確認するが、やはり内川からの返信はない。
マジでヤバいやつかもしれない……。
野口は深く長く息を吐く。倉本がいっていた刑事についても気になる。いったいどこの部署だ。いや、そもそもそいつらは本当に刑事だったのだろうか?
疑問と疑念が渦巻くなか、野口はハッと目を見開く。バックミラーに拳銃を持った目出し帽の男が映っていたのだ。銃口は野口の後頭部を向いている。
いつからそこに!? 混乱する野口をよそに、男は抑揚のない声で命令した。
「このまま真っ直ぐ行って、三つ目の信号を左折しろ」
「誰だ! 何が目的だ!?」
野口は矢継ぎ早に質問するも、男は銃口を野口のこめかみに押しあて、要求のみを告げた。
「何もしゃべるな。さっきいったとおりに運転しろ」
運転を続けながら、バックミラー越しに男をチラ見した。気負いも焦りも感じない瞳が、ただただこちらを注意深く見ている。こめかみに当てられた銃からは、微かな震えも感じない。つまり、プロだということだ。必要となれば、躊躇なく引き金を引くはずだ。
野口は唇を噛みながらも、男の指示どおりに進み、ひとけのない細い通りにあったカラオケスナックの駐車場に入った。
ずいぶん前に潰れたのか建物の汚れは酷く、駐車場には雑草が目立つ。そこにポツンと黒のアルファードが止まっており、目出し帽をかぶった男たちが出てきた。
野口はBMWから引きずり降ろされ、車の中に押し込まれた。目にはガムテープ、手はロープで縛られた。
一時間以上は走って車が止まった。その大半は山道だったようだ。
車から降ろされ、歩かされる。目をガムテープでふさがれたままなので、ここがどこかは確認できないが、錆びた鉄と草木の臭いがする。山奥の工場にでも連れてこられたのだろうか。
銃と思われるもので背中をつつかれながら進み、カンカンと音を立てながら階段を上がった。扉が開く音がし、後ろから蹴られて転んだ。そこでやっと、ガムテープが剥がされた。
三十畳ほどのプレハブ小屋のようだ。窓はふたつあるがすりガラスとなっており、外の様子はよくわからない。部屋の中には銃を持った目出し帽の男が五人、そして、内川と倉本が、同じように手を縛られたまま座らせられていた。
「内川!」
野口がいった直後に、目出し帽の男に腹を蹴られた。まだ咽せているのに、無理やり起こされてあぐらをかく体勢となった。
「こんなところに連れてきて、まさかデートってわけじゃないんでしょ。いったい、何の用なんすか?」
倉本が軽口を叩く。勇敢というよりは無謀な言動だった。案の定、近くにいた目出し帽の男に、倉本は蹴り飛ばされた。
「お前らっ」内川がなにかいいかけたが、男たちの一人が「黙れ」と銃口を向けた。
その男は銃口を内川に向けたまま近づき、一枚の写真を突きだした。




