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28.誘拐(3)

「だからさぁ、返品OKだっていってるじゃないのぉー。お金返すからエラルドを置いてとっとと帰ってよー」


大きなサングラスをかけた若者が、うんざりそうにいった。


「返品とかふざけんな! ちゃんと願いが叶うのと交換しろっていってんだよ、ボケェッ!」


「お客さんきたから、静かにしてよ」若造は苦い笑みを浮かべ、野口のほうに顔を向けた。


「あれ? なんでここに……」やっと気づいたカナタが野口に視線をやったが、すぐに若造のほうに戻した。「このひとは元刑事だ。日本の警察をなめんなよ! お前なんか『転び公妨』の罪で、死刑にしてくれる!」


いってることが無茶苦茶だ……。野口はため息を呑み込み、カナタの腕をつかんで店の外に出た。


「落ち着けよ。何がどうしたんだ?」


野口がいうと、カナタは堰を切ったように話しだした。興奮していて支離滅裂だったが要約すると、ピンク屋のダミー商品に大金をはたくも、効果がないと怒っているようなのだ。


そのダミー商品というのは、『幸せになる壺』の類似品で、『願いの叶う石』だそうだ。


そんなものに石油王になる願いを叶えてもらおうだなんて、正気の沙汰とは思えない。その石のために毎日遅くまで身を粉にして働いていたというのだから、さらに驚きだ。「いったいどんな育て方したんだ!」と、彩を問い詰めたくなった。


それをいう資格が、自分には一ミリすらないのにもかかわらず……。


「わかったから今日はもう帰れ。俺がなんとかしておくから」


「わかった、チチにまかせる。私が石油王になった暁には、あの小汚い事務所の前にチチの銅像を建ててあげるわ」


「……そうかい。ありがとよ」


野口がかろうじてそういうと、カナタはウインクをよこし、にこやかに帰っていった。


「さて」と、ため息を落としてから、店の中に戻る。


「助かりましたー。あのヒトにはほとほと困っていたんですよ」若造が笑みを見せた。


野口は改めて若造を見た。不釣り合いに大きなサングラス、ふんわりパーマのかかった茶髪、シンプルだがセンスのいいシャツの胸元には、銀のアクセサリーが光る。ホストというよりは、今どきのイケてる大学生、そんな印象だ。


店の中にも視線をめぐらせる。ショーケース兼カウンターの奥に若造がいて、さらに後ろにはスチール扉がある。その先に本当の商品があるのだろう。


「変わったもの売ってるんだな。もうかってるかい?」


野口はケースを覗きこんだ。聞いていたとおりのガラクタが高額で並んでいる。目の前にある子供のオモチャのようなハサミは、『想いを切り取るハサミ』と銘打って四百万だ。


「ぼちぼちっすね」若造が肩をすくめた。


「おニイさん、名前は?」


「クラモトです。倉庫の倉に、モトは読むほうの本です」


予想に反して、素直に応じてきた。


「倉本君ね。じゃあ倉本君、アニキの名前も教えてよ」


「アニキ?」


「この店で接客するように命令した男のことだ。ひょっとして、後ろの扉を開けたら、いたりするのかな?」


「そんなのいませんよ。第一、この店のオーナーは僕ですからね」


「おい、小僧! 俺が辞めデカだからってなめてんのか! 現役の知り合いなんて山ほどいるんだぜ!」野口は声を荒げ、ショーケースを叩いた。


「あのですね、僕って何か悪いことしましたっけ? それとも、『転び公妨』なる謎の罪で、死刑になっちゃうんですか?」


「しらばっくれるなよ! こんなガラクタを高額で売りつけやがって!」


「さっきの子のこと? 知り合いだったらいっといてよ。石を返してくれたらそっくり二十万返金するって。だいたい買う前にも、願いなんて叶わないって、何回もいったんすよ」


「なぁ、倉本君。俺は君を虐めたいわけじゃないんだ。本当の売り物はなんだい? ヤクか? それとも、奥に女の子でもいるのかい? 大丈夫。キミは悪くない。キミに店番させているヤツが悪いんだ」


「しつこいなー。売り物はこの部屋にあるのが全てだし、僕はバイトじゃなくてオーナーですって」


「あんまりなめてっと、今から現役呼んでやってもいいんだぜ!」


「どうぞ」と倉本は応じた。ずいぶんと余裕のある態度だ。


おかしい、噛み合わない。倉本がまとう空気感はマル暴関係とは違う、かといって堅気でもなさそうだが……その正体が見えてこない。


嫌な予感がする。いったん引いて内川と相談したほうがよさそうだ。


そう判断した野口だが、もう一歩踏み込んだ。


「ラジッド鮎川のサインがあるって聞いたんだけど」


「ありましたね。売れちゃったけど」


「彼は友人だったのか?」


「ただの客ですよ」


「嘘をつけ。すぐ近くに現役がいるんだ。マジで呼ぶぞ!」野口はスマホを出した。


「別にかまいませんけど。さっきも刑事さんにイロイロ聞かれたばっかりなのに、面倒だなぁ。一回で済ませてほしいんですけどねぇ」


「警察が来ただと!?」


「ええ、一時間ほど前にも来ましたよ。写真を見せられました」


「写真? 鮎川の写真か?」


「別のヒトです。結構有名人らしいんすけど、僕はそういうの疎くって」倉本はシャツのポケットから写真を取りだした。「このヒトなんすけどね。知ってます?」


野口は写真を見て息を呑んだ。写っていたのは久丘だったのだ。

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