2.運命の人(2)
「なんでよ?」
「石油王になるといっても、原油がでる土地を買う金も、掘る金も必要でしょ。だから、金持ちのボンボンをつかまえなきゃ!」
「それも、そうか!」カナタは手を打つも、すぐに考えこむ仕草をした。「いや、まてよ。ただのボンボンじゃだめだな。中東の権力者のほうが最短かもしれない。それとも、世界一の産油国であるアメリカの富豪ってのもありね」
優子は眉をよせた。中東のイメージが強いせいか、アメリカが世界最大の産油国であることを知っている日本人は、多くない。だったらバカなカナタが知っているはずがないのだ。
カナタはどこまで石油王のこと本気なんだろう? 勉強が嫌で進学したくないから、ふざけているだけだと思っていたが、母子家庭のカナタは学費の心配をしているのかもしれない。だとすれば、いくらカナタとはいえイジリ過ぎるのは可哀相なことだろうか……。
そんな優子の反省などはどこ吹く風で、カナタは元気よく拳を突き上げた。
「よし、行こう! 私を石油王にしてくれる運命の人に会いに! イケメンであれば、なおのこと良し!」カナタはカバンを持って、スキップまじりに教室を出た。
なにやらごちゃごちゃいっているが、結局は『彼氏欲しい』の照れ隠しの可能性もある。だったら存分にいじってやろう! 優子はほくそ笑みながら、カナタのあとを追う。未來は従者のように、その後ろに続いた。
カナタが大股でずんずんと進むので、普段より早く駅に着いた。『北極星の母』は帰宅方向へ鈍行で二駅のS駅にいるらしいと、優子は告げる。
「ふーん。降りたことないね。どんなとこだろう」カナタは首を傾げた。
優子もその駅では降りたことがなかった。優子とカナタの通学は急行電車で二駅だが、その間に通過する駅が沢山ある。そのうちの多くは下車したことのない、まだ知らない街なのだ。
「私も降りたことない! なんだか冒険みたいで楽しみ!」
未來がいつになく明るく砕けた口調でいったので、おやっ? と思った優子は視線をやった。未來はハッと目を開いてから、不安げな表情に変わる。怯えているようにすら見えた。優子はため息を呑みこんで、片目を閉じる。
「さっ、早く行こっ」
「はい」と未來は頷き、顔に色が戻った。
S駅に着き、構内から出た。ふーん、と呟きながら辺りを見る。低層の雑居ビルが並んで活気はあるようだが、狭くて乱雑な様相だ。行き交う人や車も忙しそうで、当然のようにクラクションも鳴っている。
優子の家があるのは閑静な住宅街で、遊びに行くのはもっとおしゃれな街だ。優子が好んでくるような街ではなさそうだが、不思議と嫌な気分にはならなかった。
「『北極星の母』はどこにいるんだ?」きょろきょろしながら、カナタがいった。
「この駅の周辺にいるみたいだよ。でも神出鬼没らしいから、よくわかんないんだよねぇ。まあ、探してたらそのうち見つかるでしょ。街ブラしよう」
「ふざけんな! 優子が探してここに連れてこい!」
「はあ? みんなで探したらいいじゃん。未來だって冒険気分だっていってんだから」
「未來は関係ない。私は優子にいったんだ! 石油王になれるっていうから、忙しいのにわざわざ来てやったのにっ!」
「バッカナタが人並に忙しいわけないでしょ!」
「バッカナタっていうな! もういい、ひとりで探す! 石油王になっても優子には1バレルもやらないからな!」カナタは身をひるがえして、ずんずんと歩きだした。
「待ってください。私が探してきます!」
未來が慌てた様子でカナタを追いかけようとしたので、優子は肩をぶつけてやった。よろめきながら振り向いた未來は、目を見開いて固まっている。顔も真っ青だ。
もし、「未來はどっちの味方だ」と詰問しようものなら、そのまま失神するのではなかろうかと、心配になるほどだ。
「いつもの痴話喧嘩。だから、そんなに頑張らない!」優子は笑顔でいったが、充分には伝わらなかったのだろう。未來の顔色はいくぶんましになったが、硬さはとれていない。「私とカナタが喧嘩みたいなやり取りしてるのはいつものことなんだから、いちいち気を使わなくていいんだよ」
優子が未來の肩に手を回してやると、未來は大きな息をはいて、頷いた。そんな仕草を見て、優子は未來と初めて会った日のことを思いだす。それは高三になってすぐのことだった。カナタが同じクラスになった未來の手を引き、連れてきた。
「私と優子は長すぎてマンネリが過ぎる。だから、清涼剤キャラをゲットした」
そう紹介された未來は、悪い意味で有名人だった。イジメの標的だったのだ。高三になるまではクラスが別だったにもかかわらず、優子が知っているぐらいなのだから、軽いイジメではなかったようだ。




