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1.運命の人(1)

「斉藤せんせー! やめてぇー! 落ちついてぇぇ!」


放課後の職員室に響いたのは、教頭の悲鳴だった。


いや、まずはお前が落ちつけよ。


そう優子は苦笑したが、まあしかたない、との同情もあった。


通称サッキーこと斉藤きっ子先生が、女子生徒の身体を肩で担ぎ上げ、顎と足をつかんで弓なりに反らせているのだ。プロレスの大技、アルゼンチン・バック・ブリーカー。教師の体罰などあってはならないこのご時世に、職員室のど真ん中でこんなスゴ技が披露されたとあっては、教頭がヒステリックな声をあげても非難はできない。


技をかけられている女子生徒は、真っ赤になった顔を優子に向け、ぐぇぐぇとえずきながらもいった。


「ゆぅ、ゆうごぉ……、だじけてぇ」


「第一志望に石油王なんて書くからよ。自業自得だ、カナタ。もう少し反省しとけば」


優子は意地の悪い笑みを浮かべてやったが、教頭はそれどころではなかったようだ。サッキーの腰にしがみつき、「やめてぇやめてぇ」と懇願する。


「邪魔するなっ! てか、尻、さわんじゃねえ!」サッキーは教頭の下腹部を蹴りとばす。


「くぽっ」という奇妙な悲鳴と共に、教頭はひっくり返った。


そこでやっと事態を呑みこんだのか、教頭の悲鳴をゴングのカンッに翻訳したのか、体育教師が次々とサッキーに飛びかかる。派手な音をたてながら、数人が塊になってもんどりうった。運がよかったのか、団子状態からするりと一番に抜け出たのは、カナタだった。


カナタは嗚咽をもらしてから、まだ数人の体育教師の下敷きになっているサッキーを見下ろし、アッカンベーをした。


「バーカ。ソバカス女!」


「んだと、ごらあっ! その軽そうな頭を叩き割るぞっ!」サッキーはチンピラのように顔を歪めて怒鳴りながら、中指を立てる。


まだ二年目の新米教師だから、などの言い訳がとおるレベルの悪態ではない。サッキー個人だけのせいではなく、この教師を採用した学校にも問題ありだ。もっといえば、サッキーに教員資格を与えた国家もどうかと思う。


一方のカナタも高校三年生だというのに、なんともバカで幼稚すぎる。石油王になりたいだなんて、嘘をつくにももっとマシなものがあるはずだ。どっちもどっちなんだよなあ。優子はため息を落とし、「未來が待ってるから」と残して職員室を出た。カナタもぶつくさいいながらついてきた。


「明日もふざけた進路希望票持ってきたら、マジでぶっ殺すぞ! わかったな! あと、誰だ! また私の尻をさわったのは!」扉の向こうでは、サッキーの怒鳴り声が響いていた。


三階の教室に戻ると未來(みく)がポツンと座っていた。


「ごめんごめん。待った? サッキーがしつこくてさぁ」カナタは悪びれるようすなく、手を上げる。


開け放たれた窓から初夏の光が差し込む。未來は目を細めながらも、慌てたようすで頭を振った。


「ていうかさぁ」優子はギロリとカナタを睨む。「石油王とかバカいってないで、適当な進路考えなよ。毎回待たされて、いい加減、迷惑!」


カナタのバカのせいで、三日連続で待たされるはめになった。大人しい未來は不満などいわないが、優子は違う。むしろカナタ相手なら遠慮なしだ。カナタとは小学校からずっと同じクラスの腐れ縁なのだ。


「そう怒るなって、優子。なにせ今日の私はリッチマンなのだ。ハハが万馬券当てて臨時ボーナスをもらったのさ」


「なに? 奢ってくれんの?」


「ファミレスぐらいならね」


ラッキー、といいかけた優子だが、寸でのところで踏みとどまる。カナタに奢らせると、あとあと面倒なのだ。カナタのバカげた行動で被害をこうむっても、「あのとき奢ったじゃん」と開き直ってしまう。今回の石油王がまさにそれだ。ここで恩を売って、このバカげた騒動をまだまだ続けるつもりなのかもしれない。


「ファミレスはいいや。それよりもさあ、お金あるなら『北極星の母』に会いにいこうよ」


「それって前に優子がいってた、滅茶苦茶よく当たるっていう占い師?」


「そうそう。本当によく当たるって噂よ。カナタも占ってもらいなよ!」


「私が!? なにを? ああ、どこを掘ったら石油が出るとか?」


「違う違う」と、優子はニヤリとする。「女子高生なんだから、占うことなんてひとつしかないでしょ。私の運命の人はどこ? これよ!」


「えー! そんなの、優子が占いなよ」カナタはわかりやすく渋い顔になった。


「私ほどの美貌があれば、彼氏なんてその気になればすぐできるのよ」優子は長い黒髪をかきあげて、さっと払う。「さらに、運動も勉強も学年トップの才女。さらにさらに、家は金持ちときたもんだ」


「本当に優子さんて凄いですよね。憧れます」未來が真剣な眼差しでいう。


いや、そういう反応されても困るのだが……。


「でも、優子、性格悪いじゃん」カナタが口を尖らせた。


そうそう、それそれ。


「なんにしろ、カナタ。石油王になるには運命の人が必要なのよ」


優子はピッと白い指を伸ばし、カナタを指す。

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