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25.僕はオトリ君(3)

奥さんは手早く数え、「確かに」といって領収書を作り、時間割や注意事項などのプリントをまとめてクリアファイルに入れた。


サッキー先生はそのクリアファイルを僕の前に置いた。


「カナタに渡しといて」


「はあ」と頷く。


サッキー先生は僕を一瞥してから、奥さんに顔を向ける。


「カナタがここに来て、お金を返せ、というかもしれませんが、返さないでください。責任は全て私が持ちます。揉めそうになったら、すぐに私に連絡をください」


「承知しました。では来月から」奥さんは頭を下げた。


「はい。よろしくお願いします」サッキー先生も深く頭を下げる。


なんとなく僕も、会釈程度には首を動かしておいた。




S駅へと戻るタクシーの中でサッキー先生がいった。


「カナタの家からだと自転車で三十分ってところか。いい運動になるわね」


「そうですね」と頷きながら、僕は思った。


今頃カナタさんはエラルドを手にいれ、喜んでいるんだろうなぁ。




駅に着いて僕はタクシーから降りたが、サッキー先生はタクシーに乗ったまま去っていった。直接自宅に帰るのであろう。


駅のホームに入り、ベンチに座った。スマホを取りだすと、ちょうどカナタさんからチャットがきた。


今いる場所を聞かれたので返信したものの、さすがに体力の限界なのか文字が霞んでいる……。



肩を叩かれ、ハッと顔を上げた。いつの間にかカナタさんが隣に座っている。


どうやら居眠りをしていたようだ。


「どうなりました?」僕が訊くと、カナタさんはピースサインを返し、味気ない茶封筒から白い石ころを取りだす。


「ほら、このとおり。正志がオトリになってくれたおかげだね。でも、まさか正志も二十万なんて大金持ってるなんて、びっくり!」


カナタさんの満面の笑みに、僕も自然と頬が緩む。実行前はスマートじゃない泥臭い案だと決めつけていたが、終わってみると、それでしかうまくいかなかったとさえ思えてきた。


一度目の遭遇では、サッキー先生に危うくカナタさんの二十万円を略奪されるところだったが、なんとか逃げだして駅前の喫茶店へ入った。


次に向かったのはコンビニだ。ATMで僕の口座から二十万円をおろした。それから、カナタさんの挑発でサッキー先生をおびきだし、僕が本命と見せかけてピンク屋に向かった。


案の定、僕はサッキー先生に捕まって、その二十万円と共に塾までいくはめになったが、カナタさんが無駄な買い物をする時間は充分に稼げたというわけだ。


「チチは甲斐性なしだけど、正志って金持ちなんだね」


「こんなこともあろうかと、僕もバイトしていたんです」


「えっ! 私のために!?」カナタさんは目を見開いた。


「そうですよ。でも気にしないでください。僕が勝手にしたことだから」


いいながら、心中で苦笑いした。似たような意図を込めたセリフを雛田さんにいわれて、ぎょっとしたことがあるのだ。


それに、カナタさんのように二十万円を全てバイトで稼ぎきったわけではない。もとからあった十万円に、無理のないバイトで稼いだ五万円。


残りは試しがてらにやってみたFXでポンッと増えた。ビギナーズラックというやつだろう。


だから、カナタさんほど苦労はしていないのだが、それを正直にいう気にはなれなかった。


僕は自分で思っていたより、ずっとあざといのかもしれない……。


「早くその塾にいって、正志の二十万を取りかえさなきゃ」


「今日はやめときましょう。もう、眠くて眠くて。僕が後日、ひとりで行って返金してもらいますから、カナタさんは気にしないでください」


僕は嘘をついた。


二十万円を取り戻すつもりはない。それをすれば、塾長の奥さんからサッキー先生に連絡がいく可能性が高いからだ。


だが、放置して誰も塾にいかなかったとしても、やはりサッキー先生に報告されてしまうだろう……。


それにもオトリ戦法が使えるだろうと踏んでいる。カナタさんの代わりに、誰かが塾に通えばいいのだ。


優子さんは絶対にやってくれないだろうが、未來さんであれば、カナタさんのためならと、了承してくれそうだ。塾にタダで行けるのだから、未來さんにとっても悪い話ではないはずだ。


「じゃ、明日にでも、ちゃんとお金は返してもらうんだよ」


踏切の音が響きだすなか、カナタさんは僕の手をつかんで、立たせてくれた。


電車が止まった。


カナタさんに手を引かれて、僕もそれに乗る。扉が閉まると同時にカナタさんは手を離した。


もう少し握っていて欲しかった、なんてことを思ってしまうとは、僕はシスコンかもしれないという疑いがいよいよ現実味を帯びてきた。


そんなことをぼんやり考えながら、動きはじめた電車から窓の外を眺めていると、見覚えのある顔を見つけた。


未來さんがホームを歩いていたのだ。


こんな時間にこんなところで、どうしたのだろう? しかも、未來さんにはふさわしくない、かなり尖った表情に見えたが……。


だがそんな疑問も、カナタさんの声で吹き飛んだ。


「正志、席空いてる! 隣、座りなよ!」

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