↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
25/43

24.僕はオトリ君(2)

「のこのこ現れたわね! カナタ!」


「ぐっ、サッキーめ! 待ち伏せなんて卑怯な!」


「卑怯もホウレンゲキョウもあるかっ!」サッキー先生がカナタさんの額にデコピンを放った。


たかがデコピンとあなどるなかれ。バチリと強烈な音が響き、カナタさんはうずくまって呻き声をもらした。


サッキー先生はほとんど無抵抗なカナタさんのジーパンのポケットに手を突っ込み、財布をだして一万円札の束を抜き取った。


カナタさんの努力の結晶である二十万円だ。


「いくら教師でも、それを取りあげるのは違うと思います」


僕がいうと、サッキー先生から鋭い視線が飛んできた。


「この金でカナタを塾に入れる。朝から近辺の塾を回って値段交渉してきたんだけど、奇跡的に二十万で受験まで面倒見てくれる塾が見つかった。そこにぶち込む」


おおっ、と僕は感動した。僕のクラスの担任も生徒想いのいい先生だが、さすがにここまでの情熱は感じない。


「正志、お金、取り返して!」


未だに額を押さえてうずくまるカナタさんが、僕を見上げる。


「いや、カナタさん。まだ七月の初めなのに、受験まで面倒見てくれて二十万円って破格ですよ! 先生にお金を渡しましょう!」


「まーさーし、裏切るのかっ!」カナタさんは僕を呪い殺すような怖い顔でいった。


「いや、でも……」


僕は後ずさりながらも、サッキー先生がお札を無防備に数えている姿が目に入った。サッキー先生に任せたほうがカナタさんのためになるのは理解している。


それでも僕は、サッキー先生から札束を奪い返して店を飛びだした。そして来た道を走る。すぐにカナタさんも店から走り出た。


「私はここにずっといるからな!」


サッキー先生の怒鳴り声が聞こえた。続けてピンク屋の声も。


「店の外でやってちょーだい!」




駅の近くまで戻り、疲労困憊の僕の提案で喫茶店に入った。


「サッキー先生、ずっといる、っていってましたね」僕は奪い返した札束をカナタさんに返した。


「あの店、夜中までやってるし、さすがにサッキーもいつかは帰るでしょ」


「僕、徹夜してるんで、そこまで遅くは待てません」


「そんなの知らないわよ。正志は勝手に帰ればいいじゃん!」


ひどいなぁ。もうちょっと、僕のことも気遣ってくれていいのに……。


薄く長い息を吐きながら、窓の外を見た。辺りは暗くなってきている。次で決着をつけよう。そう意気込んでみるも、徹夜明けの脳みそでは、たいした閃きは期待できそうにない。


しかたない、泥臭くて気は進まないが、僕がオトリとなる作戦でいくか……。



喫茶店を出てコンビニによってから、僕たちはピンク屋に向かった。例の細い路地の手前にある雑貨屋へ僕だけ入り、カナタさんはそのまま路地の中へ。


数分すると、「余計なお世話だ、ソバカス女!」とのカナタさんの声がして、雑貨屋の前を駆け抜ける。すぐあとに、「待ちやがれ!」とサッキー先生が怒声を響かせながら、やはり雑貨屋の前を走り過ぎた。


僕は店を出て路地に入り、早足でピンク屋に向かった。


「石ころください」ピンク屋に入ってすぐさま、財布から二十枚の一万円札を取りだして、ショーケースの上に重ねた。


「なるほど。さっきのはオトリってわけね」


ピンク屋はケースから石ころを取りだし、包装がわりなのか茶封筒にそれをほうり込む。受け取ろうと手を伸ばすも、「待った!」と背後からサッキー先生の声がした。


「あのバカがやけに挑発的だと思ったら、やはりこういうことね」サッキー先生は僕の手を払いのけ、ピンク屋から札束を奪い取る。


ピンク屋にとっても営業妨害のはずだが、なにもいわずに石ころをケースの中に戻した。


「あのー、カナタさんは?」


「今回はデコピンじゃなくてビンタ喰らわせてやったから、道の隅でのびてる」


サッキー先生はただの熱血教師ではないようだ。カナタさんの学校のコンプライアンス的なものはどうなっているのだろうか?


「あのー、お金返してください」


「ダメよ。カナタに持たせるとろくなことにならない。このお金であのバカを塾に入れる」


「そんなこといって、本当は自分のものにしませんか?」


「今から一緒にその塾に行きましょう。あのバカにはキミから塾の名前や場所を教えてあげて」


少しの沈黙のあと、僕は頷いた。




サッキー先生と大通りに出て、タクシーに乗った。


十分ほどで着いた国道沿いの雑居ビル、そのワンフロアーが吉永塾だった。きっちり髪をセットした五十代であろう女性が事務室に通してくれた。


「奥さん。ありがとうございます。こんなに安くしていただいて」サッキー先生が頭を下げる。


「まあ、夫も……失礼、塾長の吉永もお金よりもまずは教育でして。それにしても驚きです。まさか現役の先生から、月謝の値段交渉があるなんて……」


うふふと、彼女は笑う。どうやら塾長の奥さんのようだ。


「すでに願書はだしていますので、今日はこれを」


サッキー先生は、僕から奪った二十万円を奥さんに手渡した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。