23.僕はオトリ君(1)
カナタさんから電話があったのは土曜の夜だった。
「明日、ひま?」なんの前置きもなしに、カナタさんはいう。
正直、予定がある。先日ドタキャンしてしまったクラスメートの雛田さんと、今度こそはと水族館に行く約束なのだ。
「すいません。明日は予定が……」さすがに、連続でドタキャンは申し訳ない。
「ならしかたない」
あっさり電話は切れた。ため息のあと、かけなおす。
「ん? どうした?」
「いきなり切らなくてもいいじゃないですか。どうしたんですか?」
「ボディーガードしてほしかったんだけど、予定あるんだよね?」
「ボディーガード?」
「お金用意できたから、明日、ピンク屋に行くんだ」
やはりカナタさんは、あの石ころを二十万で買うつもりのようだ。
「そうですか……。たしかに、大金を持ち歩くのは不安ですよね」
「うーん、そういうのじゃなくて、ちょっと気になることがあってね……」
「なんですか? 気になることって」
ピンク屋に向かう細い路地で気絶させられたことを思いだし、心音が早まる。
「いいよ、いいよ、気にしないで。明日は正志の予定を優先してね」
電話が切れた。すぐにかけなおす。電源が切れているか電波の届かないところにいる、とのメッセージが流れた。くじけず何回もかけたが、やはり繋がらない。
「くそっ! 心配ばかりかけやがって!」
数回深呼吸してから、雛田さんに電話をかけた。明日がダメになったと告げると、彼女は涙声で「わかりました」と答えて、すぐに電話を切ってしまった。
さすがに申し訳ないと、部屋着だった僕は下だけジーパンに履き替えて外に出た。自転車に乗り、雛田さんの家に向かって走る。ずいぶん飛ばしたが、それでも雛田さんの家までは三十分かかった。
GWに彼女の誕生日パーティーに招かれたので、来るのは二度目となる。閑静な住宅街の中でも、群を抜いて大きな家だ。立派な門の前で、雛田さんに電話をかける。彼女にしては珍しく、何コールか待つことになった。
「どうしたの、野口君」
「あの、本当にゴメン」
「ううん、いいの」
「明日の埋め合わせは必ずするけど、今日はとりあえず直接お詫びをいいたくて」
「直接?」
「今、雛田さんの家の前にいるんだ」
電話は繋がったまま、慌ただしい音がして三階の窓が開いた。
「野口君!」叫ぶように彼女がいった。
「本当にごめん!」そう残して、僕は自転車を全力で漕いだ。
同じく三十分後に家につき、息を切らしながらもカナタさんに電話をかける。やはり、繋がらなかった。
明日だとはいっていたが……いったい何時だろう。明日という意味では、深夜〇時だってそうだ。まさかとは思うのだが、カナタさんは僕の想定内でおさまってくれるヒトではない。
少し迷ったが、今からピンク屋の最寄り駅となるS駅に向かうことにした。
S駅のホームに着いたのは、夜の十時を過ぎていた。
終電は十二時半なので、そこまではホームにいる覚悟を決めた。終電のあとは、駅の近くにある二十四時間営業のファミレスで過ごす予定だ。そして、始発の五時にはまた戻ってくる。この計画なら、カナタさんに出し抜かれることもないだろう。僕はホームのベンチに、足を投げ出して座った。
そして、カナタさんが電車から出てホームに降り立ったのは六時だった。朝ではない、夕方の六時だ。僕はベンチから立ち上がった。さすがに寝不足でふらふらする。
「正志? どうしたの?」カナタさんは珍しい虫でも見たような顔をしていた。
「ボディーガードするために来ました」
「用事はもう終わった? あれ? そういえば、なんでこの時間に私が来るってわかったの?」
「昨日の夜から待っていました。ずーっとずーっと、待っていました」
僕が勝手に待っていたのだから、カナタさんに非があるわけでもない。それでも、恨みがましい言葉を吐かずにはいられなかった。
「昨日の夜?」
「そうです」
「正志って……バカなの?」
あのカナタさんにバカ呼ばわりされた!
それもショックだが、勝手にやったこととはいえ、なにか労いの言葉なり謝罪なりはないのだろうか!?
いや、それもいうまい。二十時間も姉を待ち伏せしたキモい弟と、引かれなかっただけでも良しとしておこう。
「バカで結構です。それよりも、何かしら不安なことがあったから、僕にボディーガードを頼もうとしたんでしょ。何があったか教えてください」
「敵に狙われてるの」
「敵! 正体はわかっているんですか!?」
ピンク屋に向かう路地で、僕を気絶させたヤツと関連はあるのだろうか?
「敵は私のクラスの担任、通称サッキー。そのサッキーになぜかエラルドのことがばれちゃってね。そんなもの買わせないって、怒りだしたの。昨日も駅で待ちかまえていて、立ちっぱなしで一時間も説教されたわ」
「そのサッキー先生は敵ではなく、きっと味方ですよ」
「はぁ!?」カナタさんは目を剥いた。
「……なんでもありません」僕は首を振った。
それにしても……どうしよう、ボディーガードをするために徹夜までしたというのに、その先生が現れたら、カナタさんを裏切って先生を応援してしまいそうだ。カナタさんの努力の結晶である二十万円は、もっと有意義に使って欲しいと思うのだ。
だが結局、誰からも邪魔されることなくピンク屋へと続く路地に入った。そして、例の毒々しい看板が見えてきた。
先生が現れなかったのは残念だったが、同時に安堵していた。僕が裏切り者にならずにすんだからだ。
ピンク屋の扉を勢いよく開けたカナタさんは、「うわっ!」と声をあげた。中ではスーツ姿で高身長の女性が、腕を組んでいた。
「のこのこ現れたわね! カナタ!」
怒気をはらんだ声で彼女はいう。どうやらこのヒトがサッキー先生のようだ。




