22.母の怒り(4)
「嘘……じゃあないのよね、優子」彩はすがるような表情をしていた。
罪悪感を抱えながらも、ハイと頷こうとした直前、正志が割り込んだ。
「本当のことをいいましょう、優子さん。今は誤魔化せても、今回と似たようなことがまた起こります。きっと」
「なんなのっ!? やっぱり父親はお前か!」
彩の目が一気に鋭くなって、正志に手を伸ばした。
「父親というか……弟です。母親は別ですけど」
「お……弟……」彩はぽかんと口を開けた。
あーあ、と優子は肩を落としたが、どこかすっきりした気持ちにもなった。
「中で詳しく聞かせてちょうだい」と彩がもちかけると、正志は「もちろんです」と答えた。お茶がでてくるような雰囲気ではないまま、正志はすぐに語りだした。
父親が偶然にもカナタに出会ったこと。それからは自身も父親も、カナタとは幾度か会っていること。母親は未だにカナタの存在を知らないこと。
そして誤解が生じた一件、父親がカナタを認知したいと申しでたが、「母親に知られて離婚にでもなったら正志がかわいそうだ」と、カナタは頑として断ったこと。
「わかった。教えてくれてありがとう」彩は憑き物が落ちたような表情で頷き、「あら、お茶もだしてなかった」と、キッチンに向かった。
「おかまいなく」と正志はいう。
「いいのよ、おかまいさせて。あと、安心してね。正志君の家庭に干渉するなんて、断じてないからね」
鼻歌混じりで彩が持ってきたのは、コーヒーと有名店のショートケーキだ。これにて一件落着な雰囲気に、面白くないと優子は思いはじめた。
もう一波乱あってもいいだろう。そんな不謹慎なことを考えていると、ベランダに続く掃き出し窓から、「ギャー」という悲鳴とともにガラスを突き破ってふたつの人影が侵入してきた。
その人物は馬の被り物をしていて顔は見えないが、体型と服装でいうとカナタと未來だ。そしてカナタは、唖然としている正志の腕をつかみ、そのまま玄関へ駆ける。未來は腰が抜けたのか、「ひいぃぃ」と情けない声とともに、カナタを追うように四つん這いのまま逃げていった。
しばし唖然としていた優子だが、あたりのようすを見て薄く息を吐く。
未來が腰を抜かすのもしかたないことだ。ガラスの破片が散乱するリビングからベランダのほうに目をやると、上方からカーテンらしきモノが伸びている。
つまりカナタと未來は、上の階からカーテンをロープ代わりに飛び降りてきたことになる。ここは十二階だ。なにかの手違いがあれば死んでいた。
あのとき逃げだしたカナタは、その後、正志が彩に責めたてられていると思ったのだろう。だから無茶したのだろうが、未來まで巻き込んで命綱なしのサーカスに身を投じるなんて、正気とは思えない。
まったく、なんてバカなことをしているのだ!
そう憤りながら、彩のほうを見た。魂が抜けたかのような表情だった。かける言葉を探しているうちに、インターホンが鳴った。ふらふらと玄関に向かう彩の後ろにつく。玄関にいたのは年配の女性だった。
「先ほど、女の子ふたりがベランダから侵入しませんでした!? 警察呼びましょうか?」
「いや……その……。そのうちのひとりは娘でして」
「あら、そうなの!?」年配の女が、両眉を上げる。「じつはウチのカーテンをロープ代わりに使って……。その、破けてはいないようなのですが……」
「弁償させていただきます」
「あら、そう」年配の女は頷く。「あと、人助けなどとわめいてらっしゃいましたけど、他人の家にズカズカ上がって、このようなコトをするのもどうかと……」
「私がいたらぬばかりに、ご迷惑をおかけして申しわけありません。厳しくいいきかせます。また、あらためて謝罪にお伺いさせていただきます」
彩の腰は低く、そのまま土下座しかねない勢いだった。
「わかっていただければいいのです」女は満足そうにいい、去っていった。
「優子……」しばらくしてから、彩が口を開く。「カナタを連れてきて。今すぐ」
「アイアイサー!」とニヤケながらいった優子は彩の顔を見てギョッとした。地獄の使者かと思った。
ダメだ……カナタが殺される……。
そんなありえないことに身震いするほど、彩の表情は怒りに染まっていたのだ。
今回はそれなりに楽しませてもらったし、ひと晩ぐらいならかくまってやってもいいだろう。優子は心中でぼやきながら、私って友達想いだなぁ、と自画自賛した。




