18.面談(5)
なるほど。石油王などとバカげた話が気性の荒い彩の耳に入ったら、凄まじい説教が待っているのだろう。だから、代わりに父親を引っぱりだしたというわけだ。
カナタの将来を考えると、きっ子の提案にのるべきだとわかっているのだが、カナタの援護をすると野口は決めた。娘に嫌われたくないという、ただの保身だ。
「先生。やっぱり母親には、私が連絡します」
「先ほどは、それを『できない』とおっしゃったはずですが」
「そうですが、やはり私が連絡すべきだと考え直しまして」
「いえ、私がお母さんに連絡いたします」きっ子はきっぱりといった。
机の下で、カナタに太腿を強くつねられた。
「そこをなんとか、私に任せていただけませんか?」
「何故でしょうか? 私がお母さんに伝えた方が、よりよく伝わると思いますが」
「そうだとしても、やはり私が伝えるべきなのです」
「理由をおっしゃってください!」きっ子は眉間に深いしわを刻んだ。
さてどうしたものか……。野口は額に手を当て、ちらりとカナタに目をやった。分が悪いのが不服なのだろう。不機嫌そうに肘をついている。
俺の娘か……。
今の家族を手放すつもりなど毛頭ないが、あのとき彩と別れなかったら、どんな未来があったのだろうか? カナタに会ってからそのような妄想をしたのは、一度や二度ではない。それまでは彩なんて人物はもう遠い過去のヒトで、思いだすことなどなかったというのに……。
「お恥ずかしい話なのですが、私とカナタが会っていることを、カナタの母はまだ知りません。これを機に、その母と……連絡を取ろうと思いまして……」
「そうですか……。わかりました。では、お任せします」納得した表情ではなかったが、きっ子のほうが折れた。「お手間をとらせました、お父さん。ありがとうございます」
野口は立ち上がり、「今後も娘をよろしくお願いします」と頭を垂れてから、進路指導室を出た。階段を下りながら、カナタが覗き込むように野口を見た。
「まさか本当に、ハハに告げ口するんじゃないよね?」
「当たり前だ」
「りょうかーい!」カナタは満足げに頷く。
「だがなぁ、カナタ。お前が改心しない限り、俺が彩に伝えなかったというのは、すぐばれるぞ。ただの時間稼ぎだ」
「その時間稼ぎが私には重要なの! 予定では二週間ちょっとで、石油王になる準備が整うのだから」イヒヒとカナタは笑った。「とりあえず腹減ったからどっか行こうよ。今日のチチはしっかり役にたったから、おごってあげるよ!」
野口はコーヒーでいいといったので、カナタに連れてこられたのは全国展開のコーヒーショップだ。駅前だったので、車を停めたパーキングにも近い。
野口はアイスコーヒーだけだが、カナタは大盛りのナポリタンを注文していた。するすると飲むように平らげていく。
コーヒーを口にしながら、野口は目を細めた。カナタの輪郭や目尻には彩の面影があったが、野口と重なるものは見当たらない。また、本人が娘だと名乗ったものの、それを証明するものは一切ない。
これ以上、関係を先に進めるつもりなどなかったので、本当の親子かどうかなんてさほどは気にしていなかった野口だが、今はひどく不安になっていた。
赤の他人であるきっ子に親子と認められた高揚感が、トリガーになったのだろう。「ちゃんとDNA鑑定しないか?」などと、思わずいってしまった。
「なに寝ぼけたこといってんの?」大盛ナポリタンを食べ終えて満足げだったカナタの表情が豹変する。
それでも野口は止まらない。急に溢れだした感情をコントロールできなかった。
「疑っているわけではないんだが、はっきりさせよう」
「はっきりさせて、それがなんだっていうの!」
「本当に親子だと証明されれば、認知する」
「ふざけないでよ!」カナタは机を叩いて立ち上がった。「そんなことして、アンタの家族はどうなるのよ? 前もいったけど、私はアンタの家族を壊すつもりはない!」
多くの視線が集まるのを感じた。
「わかったから、落ち着いてくれ」野口は慌てていう。
カナタはふんっと鼻を鳴らして、口を尖らせるが、やがてふてくされた表情で口を開いた。
「家まで送ってよ。どうせ暇なんでしょ」
「ああ。出よう」野口は頷き、立ち上がった。




