16.面談(3)
「さて、用は済んだし帰るかな」カナタが立ち上がる。
「電車はもうないだろ。車で送る」タバコを消して、野口もソファーから腰を上げた。
歩いてすぐの月極駐車場に野口のBMWが停めてあった。「高級外車は尾行には向かないが、警察とは思われないから重宝する」という矢崎の言葉に感化されて購入した中古車だ。今となっては税金も車検も高くつくだけなので、買い替えを検討していたが、まさか娘に見栄をはるために役立つ日がくるとは、人生何があるかわからない。
三十分ほどでカナタが住むマンションに着いた。ベッドタウンの駅近だけあって、立派なマンションだ。安堵と自責の念が絡んだため息を落とし、エンジンをかけたまま車から降りた。
カナタも車を降り、「じゃあ、明日」と手を振りエントランスのほうに進んでいく。
「俺のことは母親にいったのか?」
「まだ」カナタは振り返る。「っていうか、いうつもりはない」
「そうか……」
「あっ! それよりも、そのくたびれたスーツと、ボサボサの髪をなんとかしてよね!」
「似たようなスーツしかないな」
「はぁ……」カナタは大げさに息を吐いてから野口のもとまで戻り、一万円札を差しだした。「めぐんであげるから、せめて美容室ぐらいは行ってちょうだい」
「バカにしてんのか!」そう一喝してから、野口は車に戻った。
妻、由紀恵の朝は忙しい。掃除洗濯が終わればすぐに出勤の準備だ。野口は何度も機会をうかがい、やっとのことで「一万でいいから貸してくれ」
由紀恵は何度かのため息と舌打ちの後に、財布から一万円札をだした。
事務所によって時間を潰し、昼過ぎに美容室へ向かった。ここ数年は安い床屋ですましているが、それまでは行きつけだった店だ。
「あら、お久しぶり」店主の良子が目を丸くした。接客中の娘も軽く頭を下げる。
「予約してないけど大丈夫か?」
「ええ、いいけど……ずいぶんと荒れてるわね。どんな感じにするの?」
「まかせる」
「じゃあ、昔と同じにするね」
流れるような手捌きで、ボサボサだった髪は短くなり、あっというまに以前と同じ髪型になった。……いや、前髪が短くなっているだろうか?
「年相応に、少し落ち着かせたよ」
「なるほど、ありがとう」
まじまじと鏡を見た。自分でいうのもなんだが、なかなかのもんだ。学生時代は女に窮することはなかったし、刑事になっても顔がいいのは便利なことが多かった。
次に野口は、小料理屋をやっている笠間という男のもとに向かった。夕方からしか開かないので、今は仕込み中のはずだ。笠間は準構成員だった。組を辞めるさいにトラブルになったところ、野口が間に入ってやった。
駅から離れた住宅街のど真ん中で、「邪魔するぜ」とまだ暖簾の掛かっていない引き戸を開ける。笠間は一瞬怪訝な顔をしたが、こちらに気づいて笑顔に変わった。
「お久しぶりです! 今までどうしてたんですか?」
世間話が始まりそうだったので、すぐに用件をいった。
「すまんが、スーツを貸してくれないか?」
笠間はスーツが趣味で、うん十万のを何着も持っており、体型は野口とよく似ている。
「もちろんです。俺より野口さんのほうがよっぽど似合いますよ」笠間はいってから店の奥の階段を上がり、三着持って降りてきた。
「堅い場だから、落ち着いたやつがいいな」
「だったらこれです」笠間が差しだしたのはチャコールのスーツだ。
その場でさっと着替えた。身体に吸いつくようで何ともいえないフィット感がある。笠間が姿見を持ってきたので全身も確認した。
うん、悪くない。
「これにする。いきなり来たのに、恩に着る。いくらだ?」野口は財布をだす仕草をした。
「待って下さい! 金なんかいりません!」笠間は怒りを示す口調でいう。
「そうか、わかった。また店のほうにもよらせてもらうぜ」
そう残して外に出てから、野口は安堵の息を落とした。財布には千円札が三枚しかなかったのだ。
「三千でいいか?」なんて恥ずかしくていえやしない……。
カナタが通う高校の正門に着いたのは、三者面談の五分前だ。電話で到着を伝えると、すぐにカナタはやって来た。




