12.僕は食後のケーキ君(5)
「明日は日曜日ですけど、『北極星の母』はまだ探すのですか?」
そう僕が訊くと、カナタさんは首をふった。
「行かない行かない。こんなに探していないんだもん。もう、あきらめた」
それが嘘だとすぐにわかった。これ以上僕を巻き込みたくないだけだ。きっとカナタさんは、ピンク屋とかいう怪しい店に入り、『北極星の母』はどこにいったのかと、しつこく問い詰めるはずなのだ。
「わかりました」と頷きながらも、すでに心に決めていた。カナタさんはひとりで明日も『北極星の母』を探す。今度は探偵ではなく、ボディーガードとして、僕の力が必要なはずだ。
家に着いた。父さんは無職と大差ないというのに、我が家はまだまだローンが残っている。自室のベッドに転がり、時間を確認した。午後五時前、夕飯までには少し時間がある。僕はクラスメートの雛田さんに電話をかけた。
明日、雛田さんと水族館に行く約束をしていたのだ。急用ができて水族館には行けないことを謝罪した。直前の連絡になってしまったことは、特に念入りに謝った。
「うん、いいの。でも、どうせキャンセルになるなら、もっと直前、明日に連絡してほしかったな。それなら、今日の夜は幸せな気分でいれたのに……」
僕は鈍いほうではないので、雛田さんの好意には気づいていたが、さすがに今の一言はズシリときた。ほどよい返しも考えつかずに、「本当にごめん。埋め合わせはするから」と残して逃げるように電話を切った。
次の日の朝七時、僕は『北極星の母』を探したS駅のホームで、カナタさんを待った。
昨日はカナタさんの遅刻もあって、S駅に着いたのは十一時前だった。それに比べると七時は早すぎるように思えるが、カナタさんの行動は予想がつかない。カナタさんの言葉どおり、もうこない可能性だってあるが、一日待ちぼうけになってもかまわないとすら思っている。
僕は昨日、おそらくスタンガンで気絶させられた。財布は盗まれていないので、愉快犯だとか変質者だとかのたぐいだと考えられる。
そんなヤカラがこの街をうろついているのだ。腹違いとはいえ、カナタさんはこの世でたったひとりの姉。守りたいと思うのは当然のことだ。
七時半。電車から降りるカナタさんを見つけ、「予感的中!」と指を鳴らした。
僕がいることに気づいたカナタさんは、「あれ、正志? どったの?」と眉を上げる。
「乗りかかった船ですし、今日は朝から暇だったので……。お供していいですか?」
「あっそう。別にいいけど、邪魔しないでね」
カナタさんは、つっけんどんにいった。感謝の言葉など期待してはいなかったが、こんなにぞんざいな扱いも予想していなかった。
だからといって、決意が鈍ることはないが。
足早に駅を出たカナタさんは、寄り道どころか脇見もせずに、ずんずん進んだ。
まだ街は目覚めきっていない。開いている店はなく、ヒトどおりもまばらだ。それでも僕は用心しながら、カナタさんの後ろに続いた。
くだんの路地に着いた。僕は早口で、「先に行きます」といって中に入り、最大限警戒しながら慎重に進んだ。
後ろからは、「遅い!」だの、「邪魔だ!」だのと罵声を浴びせられたが、警戒は緩めなかった。
何事も起こらないまま、ピンク屋の看板の前に着いた。電飾が光っている。早朝にもかかわらず営業しているようだ。
「得体の知れない怪しい店です。僕が先に入ります」
「だから、邪魔するなって、いってるでしょ!」
カナタさんは僕を突き飛ばし、ピンク屋の中に入ってしまった。慌てて僕も追いかける。
四畳ほどの小さい部屋を分断するようにカウンターショーケースが並んでおり、その奥には大きなサングラスをかけた若い男が、パーマのかかった茶髪をいじっていた。
昨日、ピンク屋の前で僕が倒れているにもかかわらず、からかうような文句を飛ばしてきたあの男だ。
ショーケースの中はインテリア雑貨のようで、ケースの上には『高額買取!』と書かれたポップが置いてある。
毒々しい看板のわりには、ピンク屋はただの質屋なのだろうか? いや、それはカモフラージュで、非合法な品物を扱っている可能性は充分ある。
「なんだ、キミ。また来たの?」ピンク屋の男は大げさに肩をすくめた。
「えっ!? また来たって、今が初めてじゃないんですか?」
僕はカナタさんを見たが、「そうだよ」と答えたのはピンク屋の男だった。ピンク屋はお手上げとばかりに、もろ手を上げた。
「昨日の夜、八時頃だっけな。その子がここに来て、『北極星の母』は知らないかと、問い詰められたんだよ。知らないっていってるのにさぁ、しつこいことしつこいこと」
僕は唖然とした。次の日の朝どころか、その日の夜にはカナタさんは動いていた。
僕の常識や想定などは、全く意味をなさないらしい。




